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「政権打倒は叫ばない」ジャマル・カショギ独占インタビュー

ニューズウィーク日本版 2018年11月1日 18時45分

<殺害直前の本誌独占インタビューで、ジャマル・カショギが語った祖国の現在と未来。サウジ王室に近過ぎたジャーナリストの「遺言」>



※本誌11/6号(10/30発売)は「記者殺害事件 サウジ、血の代償」特集。世界を震撼させたジャーナリスト惨殺事件――。「改革」の仮面に隠されたムハンマド皇太子の冷酷すぎる素顔とは? 本誌独占ジャマル・カショギ殺害直前インタビューも掲載。
(この記事は本誌「記者殺害事件 サウジ、血の代償」特集収録の独占インタビューの冒頭を抜粋したもの)

命の危険を感じている。ジャマル・カショギは私にそう言った。

サウジアラビアについて記事を執筆していた私は、彼と内々に話をした。オフレコという約束は、今までこの原稿を発表しなかった理由の1つだ。そして、もう1つの理由は、彼がまだ生きているというはかない望みを捨て切れなかったことだ。

サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子と政府の残虐な行為を示す材料はたくさんあるが、それでも私は、こんなに早くジャマルの死について語りたくなかった。

ジャマルは冷静に、思慮深く、サウジアラビアの現在と未来を語った。「自分を反体制派とは思っていない」と、彼は言う。改革を、「よりよいサウジアラビア」を、望んでいただけだ。

何とかして「昔ながらの部族の長」であるムハンマドを理性的な方向に導けるのではないかと、かすかな希望を彼は持ち続けていた。しかし一方で、ムハンマドの「暴力的な」取り巻きについては、「彼らに盾突けば牢屋に入れられるかもしれない」と率直に語っていた。

長年の間サウジ王室の内部関係者だったジャマルは、改革に限界があることを本能的に理解していた。消息を絶ってから数週間、彼は「反体制派」と呼ばれ続けている。しかし、つい1年半前までは、外交や宗教など主要な問題に関して、彼はサウジ政府の公式見解を忠実に支持していた。

しかし、その忠誠心も、残酷な運命から逃れることはできなかった。

ジャマルはアラビア語の大手紙アル・ハヤトに執筆した記事で、サウジアラビアには複数政党制が必要だと訴えた。当時、ムハンマドは欧米歴訪を控えており、改革を率いる開放の旗手を自任していた。

王室に近かったジャマルが「アラブの春」から6年以上がたってその精神を受け入れた頃には、サウジアラビアとその同盟国は既に、エジプトやバーレーンなどアラブ各地で独裁体制を復活させていた。にもかかわらず、ジャマルのような存在がさらなる自由と民主主義を主張すると、サウジ政府は動揺した。

アラブ世界の民主化運動のうち、どれを味方に付けて、どれをアメリカの敵と見なすべきかという選択を、米政府はサウジアラビアに委ねているのだから、あまりに皮肉な話だ。アメリカは石油中毒であり、軍需産業の最大の顧客はサウジアラビアだ。だからアメリカは、明らかな事実も無視し続ける。

アメリカは数十年の間、サウジアラビア国内の弁護士やリベラルな知識人、イスラム教シーア派の活動家、女性の権利活動家、ジャーナリストなど、サウジ政府の被害者の声に耳を傾けようとしなかった。米政界の多くの人が、若き皇太子が売り込む寓話に浮かれていることを、ジャマルは見抜いていた。



著名なジャーナリストが自分の意見を語ったという「罪」で残忍な処刑を受けた後も、アメリカではサウジ政府の責任論を回避しようとする動きが根強い。しかし、国際会議をキャンセルしたり、武器輸出の契約をいくつか停止するだけでは不十分だ。

米財務省はサウジアラビアに広範な制裁を科すべきだ。ムハンマドを政権から去らせるべきだ。ムハンマドだけでなく、彼が最たる象徴である君主制の暴政そのものを終わりにするべきだ。

国際社会がムハンマドに圧力をかけて、無慈悲な指導者からサウジ国民を守ることができるだろうか。そう尋ねるとジャマルは言った。

それが唯一の希望だ、と。

全ての人に今、彼が語る希望に耳を傾けてほしい。

◇ ◇ ◇

――ムハンマドが主張する改革とは何か。彼はイスラム教そのものを改革しようとしているのだろうか。

目新しいことを言っているわけではない。映画館を建てるか、あるいは霊廟の礼拝を解禁したいとムハンマドが言えば、イスラム法学者はまず前者を選ぶ。後者は(サウジアラビアが国教とする復古主義の)ワッハーブ派にとってあり得ないことだ。

ムハンマドの改革はワッハーブ派の改革であって、イスラムの改革ではない。その区別は重要だ。

――本当にワッハーブ派を改革しようとしているのか、見掛けだけの改革にすぎないのだろうか。

彼は本気だ。宗教警察の権限の縮小はまさに改革で、筋金入りのワッハーブ派には受け入れ難い。映画館やエンターテインメント、音楽、女性のベールなど、ムハンマドは社会で生きる人々に直結する問題に取り組んでいる。

司法制度は重要な改革であり、社会と貿易もその恩恵を受けるだろう。イスラム思想の多様性と司法は、どちらも重要な改革だ。この2つを実行できるなら、私は彼を改革者と認めよう。

――もし彼が司法改革を行い、イスラムの多様性を認めたら......。

イスラムは多様な宗教だ。そこは重要だ。ワッハーブ派の核心を成す原則は多様性を認めないこと。ワッハーブ派は真理の所有者、唯一の所有者を自任している。そのために他のあらゆる宗派と対立することになる。

――サウジアラビアでは女性はさまざまな法律で男性の保護下に置かれているが、これらの法律を撤廃する真の司法改革が必要ではないか。これらの法律はイスラム法に基づくものではない。イスラム法では自分の意思で結婚するなど女性の権利が認められている。

女性の問題はもちろん重要だが、司法改革をそれだけに矮小化してはいけない。建国の父アブドル・アジズの時代からサウド家は成文法の制定を拒んできた。成文法は世俗的だと。私の言う改革は成文法の制定だ。手続きを踏んだ裁判が行われ、(成文法に基づいて)裁判官が判決を下すようにする......それこそが必要な改革だ。



――ムハンマドは王族など多数の有力者を逮捕し、リッツ・カールトンに監禁した。汚職容疑が事実なら逮捕は当然だが、まともな司法手続きは取られず、証拠もなく、透明性はゼロだ。

ムハンマドにはそんな発想はないだろう。彼は今でも......心の奥深くでは、昔ながらの部族の長なのだ。例えばクウェートは湾岸諸国の仲間であり、社会はサウジアラビアとよく似ているが、司法制度ははるかに進んでいる。はるかに透明性が高い。

ムハンマドはなぜ司法改革の必要性を認めないか。それをやれば、彼の専制支配が制限されるからだ。私は時々感じるのだが......彼は先進国の豊かさや高度な技術、シリコンバレーや映画館といったものを享受しつつ、その一方で祖父と同じやり方で国を治めたいと思っているのではないか。

――その2つは両立しないのでは?

彼は両立させたいと思っている。

――そこが分からない。両立するのか。

まず言えるのは、サウジアラビアには彼に圧力をかけるような政治運動が全くないこと。それが第1だ。加えて、世界は彼に満足している。アメリカでは、バーニー・サンダース(上院議員)を除いて、ムハンマドに圧力をかけろと言っている政治家がいるだろうか。誰もいない。

――でも、ジャマル、思い出してほしい。2004年にも改革者と呼ばれる人がいた。それはバシャル・アサド。84年にもいた。サダム・フセイン。ちなみに彼らを改革者と呼んでいたのはアメリカ人だ。

そのとおり。だがアメリカ人が気に掛けるだろうか......リッツ・カールトンにいる150人か400人のサウジ人がどんな扱いを受けようと。これは断言できる。サウジアラビアで真の危機が起きない限り、アメリカ人はムハンマドに圧力をかけないだろう。

――あるいはアメリカで9・11テロのような危機が起きない限り?

そう。ああいった危機だ。そうなればアメリカもサウジアラビアに目を向けるだろう。

――トランプ政権下ではそうであっても、アメリカは短期間で変わる。特に若い世代はサウジアラビアが実施する政策を注意深く見守っている。ムハンマドの政策がどこかでつまずけば、アメリカの姿勢は変わるのではないか。アメリカ人はムハンマドの正体を見極めているのか。全面的に支持してもいい人間なのか。

確かに......裏目に出る可能性はある。彼は自分に絶大な自信を持っている。自分以外の人間を全く信用しない。まともな顧問もいない。自分の望むサウジアラビアに、自分の構想どおりの国にしようとしている。

【参考記事】カショギ惨殺事件がワシントンの話題を独占する4つの理由

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ルーラ・ジュブリアル(ジャーナリスト)

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