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米中冷戦、悪いのはアメリカだ

ニューズウィーク日本版 2018年11月5日 19時30分

<アメリカが、中国を敵のように扱い続ければ、今は自制している中国を本当の敵にしてしまいかねない>

ここ数年、徐々に悪化していた米中関係が、さらに悪い方向に向かって動き出したようだ。

米中関係が本質的に改善よりも緊張に向かっていることがあらゆる状況からうかがえる中、新たな冷戦の始まりを指摘する声がよく聞かれる。だがもし本当に冷戦が始まるとすれば、それは一方的にアメリカが「開戦」を決断した場合だろう。ドナルド・トランプ米大統領はありもしない偉大な過去を復活させるつもりになっており、国家安全保障を担うアメリカの官僚たちは「敵」の存在を強く欲している。

アメリカの敵対戦略は不必要なばかりか、アメリカを強くもしないし、中国の長期的な勢いが変わることもない。新冷戦は何も解決策しないどころか、多くの問題を作り出してしまうだろう。

マイク・ペンス米副大統領は10月4日に行った演説で中国政府を痛烈に批判した。この演説は将来、米ソ冷戦の始まりを告げたウィンストン・チャーチル英首相の「鉄のカーテン」演説(1946年)と並び称されることになるかも知れない。ペンスは中国を独裁的で拡張主義的な監視国家だと決めつけるとともに、「政治的・経済的・軍事的ツールやプロパガンダを用い、政府一体のアプローチで影響力を拡大しようとしている」と非難。中国をおだてたりなだめすかして国際ルールを守らせようとする対中融和の時代は終わり、トランプ政権は「強力かつ迅速な行動」で中国のルール違反を罰すると強調した。

対中ネガティブキャンペーン

トランプ政権の新たな行動主義を最も明確に示したのは関税政策だ。まずこの春、中国も含む多くの国に対して鉄鋼とアルミニウム製品の関税を引き上げた。次に9月、2000億ドル分の中国製品に追加関税をかけ、同じく9月には中国軍がロシアから兵器を購入したことを理由に関係者の米国内の資産凍結などの制裁も発動した。トランプ政権によれば制裁の最大の標的はロシアだったが、中国側はそうは受け取らなかった。

中国に対するネガティブな報道も増えている。中国の下請け企業が米テクノロジー企業向けの部品に小さなチップを隠してハッキングを仕掛けていたとするブルームバーグ・ビジネスウィークの記事がいい例だ。実名を挙げられたアマゾンやアップルなどのテクノロジー大手は記事の内容を否定。中国への圧力を高めるために米政府が流した情報なのでは、と疑う声も上がっている。



これらに対し中国政府は報復関税で応じるとともに、脅しに屈して譲歩することはないと警告した。だが特筆すべきことに、もっと重大で戦略的な問題(たとえば南シナ海の領有権問題)については発言を控えた。アメリカの要求に応じるつもりはさらさらないにも関わらず、習近平(シー・チンピン)国家主席の厳しい統制の下、火に油を注がないよう中国政府が気を配ったのだ。

ここでアメリカが中国を完全に利害が相容れない敵として扱い、中国の長期的な野望は必ずアメリカの犠牲を伴うかのように言うのは大きな間違いだ。そんな言い方をすれば、中国の台頭とアメリカの凋落は表裏一体で、生き残れるのはどちらか一方であるかのような印象を与える。アメリカとの敵対関係を望んでいる様子などほとんど見せていない中国を、敵対の方向へと追い込んでしまいかねない。

中国が近年、覇権拡大に動いているのは事実だ。天然資源と新市場へのアクセス確保のために、アフリカやアジア、中南米に巨大投資を行っているのがいい例だ。中国軍も、南シナ海やその先の海域にまで進出して力を誇示している。

中国の台頭は世界にプラスだった

テクノロジー面では、中国の半ば閉ざされた経済システムは、アメリカをはじめとする外国の多くの企業の進出を阻んできた。特に通信やインターネットの分野ではそれが顕著だが、それはアメリカが自国の機密に関わる産業を守っているのと変わらない。

これまで長年、米企業は中国で事業を行う対価として、世界貿易機関(WTO)の精神やルールに違反するようなやり方で技術移転を求められてきた。東アジアに駐留する米軍や中国に進出した一部の米企業は明らかに中国政府に歓迎されていない。だがだからといって冷戦のような敵対姿勢をとることが優れた政策だということにはならない。

中国に対する長年の外交的な働きかけや投資にも関わらず、中国共産党はアメリカの思い通りにならなかった、だから中国への敵意は正当化されるという主張も最近よく聞かれるが、これは的外れだ。中国の経済的台頭は世界の安定に寄与してきた。ナイキからスターバックス、アップルに至るまで数多くの米大企業には新たな市場をもたらし、アメリカの消費者も中国からの安い輸入品という恩恵を手にした。



そうした利益よりも重大なのは、米中両国が互いに依存し合っているという事実だ(数年前より依存度は落ちているが)。最近の両国関係の冷え込みにも関わらず、米中間の貿易はいまだに7000億ドルを超えている。

今年、トランプ政権が追加関税を繰り出す以前は、アメリカの製品やサービスにとって中国は世界で最も急成長している市場だった。中国が民主主義国家にならなかったといって、その事実は変わらない。

新冷戦に経済的な妥当性がないとすれば、戦略的にはどうだろう。

やっかいなことに、アメリカは強い敵を必要としているようだ。

かつての米ソ冷戦についても、あれは果たして不可避だったのか、それともどちらか一方のせいだったのかは、これまで延々と議論されてきたテーマだ。

あまり議論されることはないが、アメリカの国家安全保障を担う官僚システムは旧ソ連が象徴する軍事的・イデオロギー的困難に立ち向かうために構築され、進化してきた。そのシステムは9・11テロ以降、イスラム原理主義を敵として再構築されたが、アフガニスタンやイラク戦争後の国家再建や対反乱作戦も含めて、取って付けたものに過ぎなかった。

名ばかりの共産主義と巨大で拡大しつつある軍隊、強引な外交政策と経済慣行を併せ持つ中国。ある意味、ソ連に続く冷戦の相手としては、イスラム原理主義よりずっと与しやすいのかも知れない。

競争相手であって敵ではない

そうだとしても、中国と敵対する必要はまったくない。中国は、アメリカと衝突してもいいという意思を見せていない。中国が武力を誇示しているのはあくまで中国の勢力圏内であって、そのアジアでさえ、日本やタイ、ベトナムなどの激しい抗議を受けているる。

中国は、19世紀前半のアメリカとよく似ている。自国で高い成長を遂げ、近隣諸国に軍事的な影響を広げ、先進国から貪欲に金を借り、技術を盗み、真似をした。そんな中国は、競争相手であって敵ではない。

中国を敵にしたい欲求がアメリカの一部にあるのは事実だが、中国との冷戦によってアメリカがどう豊かになり、どう安全になるのか、その道筋は見えない。

幸い、アメリカはまだ新冷戦の方向に大きく足を踏み出したわけではない。中国と対決するために資源を割いたわけではなく、何か大事が起こったわけでも、どちらか一方が態度を固めたわけでもない。これから新たな道筋を描くことも容易だし、アメリカはそうするべきだ。

いかに敵が欲しくても、それはアメリカのためにならない。中国と対立すれば、アメリカにとって重要な経済関係を危機にさらし、誰も得をしない軍事衝突の危険を高めるだけだ。アメリカは長い間、先制攻撃を自らに禁じてきた(よほどの場合を除いて)。中国に対してもそうであるべきだ。不必要な戦いから撤退するのは恥ではない、とくに今度のように、アメリカから始めた場合は。

(翻訳:村井裕美)

From Foreign Policy Magazine



※11月6日号は「記者殺害事件 サウジ、血の代償」特集。世界を震撼させたジャーナリスト惨殺事件――。「改革」の仮面に隠されたムハンマド皇太子の冷酷すぎる素顔とは? 本誌独占ジャマル・カショギ殺害直前インタビューも掲載。

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ザカリー・カラベル(米調査会社リバー・トワイス・リサーチ社社長)

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