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日産「クーデター」をめぐる3つの疑問点 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年11月22日 15時0分

<ゴーン氏は捜査に徹底抗戦するのか、日産はルノーの傘下から抜け出せるのか、グループ全体の経営は改善するのか――事件の今後の成り行きには様々な疑問が浮かぶ>

ルノー・日産のカルロス・ゴーン会長の逮捕劇については、「日産本社」「ルノー本社」「フランス当局」「日本の当局」「ゴーン氏本人」という当事者から、十分な情報開示が行われていません。ですから、真相に関しては断片的な報道を頼りに推測するしかありません。

この事件については、アメリカでは依然として報道が極端に少ない状況が続いています。感謝祭休暇で社会がスローダウンしているということもありますが、やはり日産もルノーもADR(米国預託証券)方式で米国で上場している以上、情報開示が少な過ぎる中では、株価への影響を考えると論評のしようがないということだと思います。

しかし現時点までの動向を見ていると、どうやら今回の強制捜査においては「日仏の当局には連携があるらしい」「日仏当局としてルノー・日産・三菱自の連合を解体再編する意図もあるらしい」というストーリーも考えられるように思われます。

仮にそうだとすると、日本の当局には日産と(おそらくは)三菱自を「外資系」ではなく、改めて「民族系」の企業体に「取り戻したい」という意図があり、フランスの当局にはルノー・グループとして「グローバルな最適解経営」ではなく、フランスにおける雇用創出など「経済ナショナリズム」の考え方に合致した経営に変えたいという意図がある、そのような推測ができます。

ここからはあくまで仮説ですが、仮に以上のようなことを前提として考える場合に、3つの疑問点は避けて通ることはできません。

1つ目は、ゴーン氏側が徹底抗戦してくる可能性です。ゴーン氏は、恐らく巨額の私財を投げ打って優秀な弁護団を編成し、各国の法律の枠組みを使って強力な防戦を仕掛けてくるでしょう。何しろ自分の人生全体への名誉がかかった戦いですから、簡単には引き下がらないと思います。

例えば「報酬隠しは株主を裏切るためではなく、左翼メディアや反社会勢力などが株主総会に介入するローカルな事情への対策に過ぎず、社内からそのようなアドバイスがあった」というような理論武装をしてくるかもしれません。

さらには、「自分の意向を過大に忖度して善管注意義務を怠った取締役の民事責任は司法取引では消えない」という種類の反論、「一方的な告発と捜査によって巨大な時価総額が消滅し株主の利益が毀損された」という告発、これに加えて、日本やフランスではなく、米英法を使った訴訟戦術など、いくらでも反撃の作戦は立てられるでしょう。

果たして、日産本社にしても、検察や安倍政権にしても、あるいはマクロン政権にしても、十分な勝算があるのでしょうか? 一抹の不安を覚えます。



2つ目は、仮にすったもんだの結果として、ルノーの日産へ出資比率が下がるとか、日産がルノー傘下から脱する可能性が出てきた場合ですが、その場合に日本には日産(とその子会社の三菱自)を「取り戻す」だけの資金力があるのかという問題です。

日産自体が増資して国際市場から調達する可能性もありますが、そうなると第三国、例えばアメリカ資本などが入ってきて、結局は「民族資本」の達成は難しくなるかもしれません。

3番目として、一番懸念されるのは経営効率が低下する問題です。ゴーン氏が仮に「ルノーと日産の経営統合」を考えていたとしたら、それは日本側から見れば「日産がほぼ外資の軍門に下る」イメージになるかもしれません。ですが、もしかしたらそうではなくて、ゴーン流の経営統合というのは、フランス政府の影響力も排除する方向性も持っていける、つまりグループの経営効率を徹底的に高め、グローバル経済により深く適合させる指向性を持っていたかもしれません。

例えば、よりグローバルな車台や基本部品の共通化を進め、最も低コストで生産できるロケーションに生産拠点を集約するとか、本社間接部門は統合して思い切り効率化するといったビジョンです。

これはゴーン氏の肩を持ちすぎる見方かもしれませんが、EV化と自動運転化という産業全体の革命への準備をするために、ギリギリまで効率を高めていく、そんな危機意識もあった可能性があります。但し、そこはゴーン氏ですから、効率化して出た利益の一部は、自分への報酬として払われて当然、そんな発想法があったことも想像できます。

問題は、そのゴーン流の効率化を外して、例えばルノーがフランスの国内における雇用創出をしていく、日産の方も場合によってはフランス政府の雇用創出に協力するというようなことを過剰にやってれば、グループ全体の収益力は低下してしまうということです。

最終的に、株主にとって、あるいは日本経済にとっても、ゴーン体制の方が良かったというような結果になっては困ります。もっと言えば、この問題がずるずると長期化して、ルノー・日産の新しい経営体制の確立に時間がかかるようですと、自動車業界全体の変革の嵐の中で、大きく遅れをとる心配も出てきます。

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