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起業家けんすうが10年以上勧めてきた1冊の本

ニューズウィーク日本版 2018年11月26日 16時0分

<「アイデアをマニュアルにまで落としている」とロングセラービジネス書『考具』を評する古川健介氏。インタビューはアイデアの生み出し方から、AI時代に求められる働き方――「旗を立てる仕事」――にまで及んだ>

若き実業家、いわゆるアントレプレナー(連続起業家)であり、ツイッターで15万人以上のフォロワーを抱えるインフルエンサーでもある古川健介さん(通称「けんすう」)。

19歳で学生向け情報交換サイト「ミルクカフェ」を立ち上げ、大学時代に掲示板「したらばJBBS」を運営する会社の社長となった。その後はリクルート社を経てハウツーサイトの「nanapi」をリリースするなど、ウェブ上の「楽しい」「便利」を次々と生み出している。

現在はKDDIグループのデータテクノロジー企業、Supership株式会社の取締役も務めるけんすうさんは、ツイッター上でPeing(ペイング)という匿名質問サービスを活用し、フォロワーからの質問に答えている。「メリットもないし楽しいわけでもないので、嫌だなあって思いながらやってます(笑)」と言うが、多いときには1カ月あたり3000件もの質問に答えたそうだ。

あるとき、「趣味でプログラミングの勉強を始めたが、作りたいものがこれと言って思い浮かばない。作りたいものってどうやったら思い浮かびますか」という質問が届いた際、けんすうさんはこう答えている。

「考具、って本が良かったです」

『考具』(CCCメディアハウス)は2003年に出版され、現在15万部・39刷を重ねているロングセラーのビジネス書だ。著者の加藤昌治さんは大手広告会社に勤務し、「新商品発売機の情報戦略立案から、着ぐるみショーの台本まで、およそ情報に関する企画ならなんでも来いの状況」をこなしてきた。

そんな加藤さんがアイデアを生み出すための道具、つまり「考具」についてまとめた同書を、けんすうさんは10年以上もの間、誰かに勧め続けてきたという。

この本の何がけんすうさんに響いたのか。そして、『考具』刊行から15年たち「AI(人工知能)時代」ともなった現在、アイデアを生み出すこと、働くことについて、どう考えているのか。

けんすうさんに話を聞いた。まず、手に取ったきっかけは何だったのだろうか?

それが覚えてないんです。大学2、3年ぐらいか社会人になったばかりの頃だと思うんですけど、アイデア系の本を読んでいた時期に手に取りました。当時は常に「何か面白いアイデアはないかな」って探していたので。この本のようにアイデアをツールというか、マニュアルにまで落としているのが珍しいなと思った記憶はありますね。それまでのアイデアの本って「周りをよく観察しましょう」とか、抽象度が高いものが多かったのですが、『考具』は「今日は赤色と決めて、赤色のものを探して観察しましょう(※)」みたいに具体性を持たせたアイデアの発想法が多くて、そこがいいなと思ったんです(※今日のラッキーカラーを決め、「見えるから見る」に意識を変えていく手法「カラーバス」を指す)。



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アイデアを生み出すのに必要なのは「量」

けんすうさんは、アイデアは考えていれば浮かぶものではなく、生み出すためにはとにかく、何本もの企画を考えることが大事だと考えている。そのために必要なのはマニュアルで、『考具』はそのマニュアルが凝縮されていると語る。

アイデアって多くの人が、考えれば出るものだって思っているけど実は考えても出ない。それは料理と同じで、マニュアルを覚える必要があるんです。だって料理をやったことがない人が「今日はハンバーグを作ろう」と思っても、何も見ずに作れることはほとんどないですよね。アイデアも同じなのに、マニュアルを知らないままで生み出そうとしている人が多いので、「どうしたらアイデアが生まれますか?」と聞かれたら『考具』を勧めています。でもマニュアルが必要なのはアイデア初心者のうちで、量をこなしていって何百ものアイデアを生み出せるようになれば、「これは面白い」と認められるものが出てくるようになります。だから良いアイデアを生むためには、自分が良いと思うものを1つだけ考えるのではなく、量の提示が大事だと思うんです。(『考具』は)その量を生むための方法論が書いてある感じですね。

2003年に発行されているため、「オフィスのパソコンに来たメールを携帯電話に転送できれば、行動の自由度が一気に高まります」など、今では当たり前になったことも書かれている。一方で今でも十分に活用できる・活用したい項目はあるのだろうか。

いろいろありますけど、モックアップの作り方(※)は参考になります。今ならリアルな模型を作るのではなく、たとえばビジネスマン向けのサービスだったら申し込みページを実際に作って「事前登録を受け付けます」と書き、小さく広告を打ってしまう。それで反応が良かったら本格的に作り、反応が悪かったら作らなくていい(※モックアップに関しては、「ビジュアライズ」という手法の一端として紹介されている)。このようにウェブ上におけるモックアップを作ってみるのは、外さないアイデアの検証方法ですね。だって誰も反応しなかったら実際のものを作らなくても、誰からも怒られないから。企画書は企画に過ぎないけれど、ページがあれば視覚的にもピンとくるというか、そのアイデアの形が分かるんです。

「旗を立てる仕事」なら、AIに奪われない

この先、ロボットやAIにビジネスを奪われるのではないかと怯える声もある。それについてけんすうさんは、どう見ているのだろうか。

ものにもよると思うんですけど、AIって論理的な発想が苦手で、直感的なもののほうが得意という話を聞いたことがあって。実はライティングや絵を描くとかお笑いをやるとかは、AIの得意分野だとか。だから論理的な仕事や、感情に寄りそうといった人間であることに価値がある仕事は残っていくと思うんですよね。



その一方で、ただ「残っていく」仕事ではなく、これから求められていく仕事があるなら、それは何なのだろう。

最近よく言われているのが「旗を立てる仕事」というものです。「こういう世界を作るんだ」「こういうものを作るんだ」っていう旗を立てるのが、今求められているものではないか。それを目に見える形にしているのが、キングコングの西野亮廣さんだと思うんです。西野さんは自身が描いた『えんとつ町のプペル』(幻冬舎)と同じ世界観の美術館を作ると決めて土地を買い、クラウドファンディングのプラットフォームを立ち上げ、クラウドファンディングを始めました(2018年10月下旬現在、約4400万円が集まっている)。美術館という明確な旗を立てたから資金が集まるわけだし、建設予定地に入って建設過程を見ることができるという、一緒に美術館を作っていくリターンも支持されている。アイデアって「どうやるの?」のHowで捉えられがちですが、最近はこのような「なぜそれをやりたいのか」の、Whyのほうが大事なんじゃないかと思ってます。

けんすうさんは「自分でやりたいわけではないけれど」と前置きしながらも、VR(仮想現実)を活用したコミュニケーションに今、興味があるという。

この数年でVRが一般に普及していくと思っています。そうなるとVRを介して、多数の人格が生まれると思うんです。SNSのサブアカ(サブアカウント)を想像すると分かりやすいんですが、日本では1人がアカウントを5、6個持っていて、それぞれキャラや発言を使い分けていますよね。でもアメリカでは1人1個で、使い分けはしていない。日本をはじめ東洋人の傾向なのかもしれませんが、これって面白いなと思っていて。自分の意見を他者に語らせるというか、他の人格に乗り移って発言するっていうのが東洋型のコミュニケーションだと思うんです。だからVRの世界では、たくさんの人格を皆でシェアするというか、誰かに乗り移る形のコミュニケーションが生まれていくのではないか。そうなっていくと自分と他人の境目がなくなって、めちゃくちゃ楽しくなりそうだなって。でもその「バーチャル人格のシェア」によってどんなビジネスが生まれるかは、今は全然分からないですけど(笑)。

5、6回チャレンジし続ければ大抵が当たる

多くの人が、働くこと=お金を稼ぐことであり、それは決して好きなことでも楽でもないと考えている。どうしたら好きなことをしながら、苦しむことなくお金を稼げるようになるのだろうか。

起業して成功する確率って日本でもアメリカでも15%程度と言われているので、これはもう運だけだと思います。新規事業が5回か6回に1回ぐらいしか当たらないということは、5、6回チャレンジしてようやく当たるかどうか。周りの起業家を見ていてそれは実感します。逆に失敗する起業家って、1回のチャレンジでうまくいかないとそこでやめてしまうんです。でも人生って紙に書かれた迷路と同じで、一筆書きのように一気にゴールに辿り着くのは至難の業です。迷路が行き止まりだと気づいたら、戻って違う道を探せばいいのと同じで、人生もぶつかったときに失敗だと思ってチャレンジをやめたら、永遠にゴールできない。戻ることには実害はないのに、行き止まりを障害だと思って迷路をやめてしまう人が多いので、それはもったいないなと思うんです。



とはいえ1度の失敗で心が折れてしまい、再チャレンジできなくなってしまう人も多い。

失敗は僕も嫌ですけど、実害のある失敗をしたことがある人ってほとんどいないと思うんです。それに「あいつはあんな失敗をした」とか、他人の失敗を何年も覚えてる人っていませんよね? だから失敗しないことよりも、チャレンジをやめて日々快適に楽しく過ごせないことのほうがリスクが大きいと思います。誰もが体の健康を気にするけど、心って一度病んだだけで何年もダメージを食らうので、体の健康以上にリスクが高いんです。だから毎日嫌な会社に行って嫌な仕事をして心を病むぐらいなら、少しぐらいの不安があっても嫌なら辞めてもいいと思うし。

「会社を辞めても何をしていいか分からない」という人も多いが、けんすうさんなら彼らに、どんな言葉をかけるのだろうか。

よく僕が例に出す「数えるブログ」っていうのがかつてあったんですけど、これは「あの自販機のジュースの本数は42本です」とか、あらゆるものを数えるだけのブログで。何のリソースもなくてもできるのに、誰もやってこなかったことを形にしたので、当時ちょっとだけ人気があったんですよ。アイデアってこういう、すぐ近くにあるけれどそれまで見えていなかったものにいかに気づけるかだと思うんです。もし今僕がブラック企業に勤めていたら、上司との会話を録音しまくって公開して、それで稼ぐと思いますし(笑)。あとは今40代、50代であったとしても、20代より劣っているということは決してありません。集中力は40代、言語能力は50代がピークといったように、年齢によってピークの能力がある。そのときの自分に合わせた形で新しいことをやればいい。知恵や知識も確かに大切だけど、実際に動くことができればうまくいく。でもほとんどの人が分かっていても動かない。だから「『動く』ってハードルさえ乗り越えれば、あとはチョロい」って言いたいですね。

「お金と幸せは直結しないし、やりがいのない仕事はAIが解決するから、これからは好きなことを仕事にしないときつい時代になる」と、けんすうさんは未来予想をする。

その「好きなことを仕事にする」ためのツールとしても、『考具』はきっと役に立ってくれることだろう。


『考具』
 加藤昌治 著
 CCCメディアハウス



今井順梨

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