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女性蔑視のトランプを支える「トランプの女たち」のナゾ

ニューズウィーク日本版 2018年11月27日 17時0分

<なぜあんな男を? 女性蔑視の男を女性が支える不可解なメカニズムを最も身近な存在から探ってみると>

それは秋深き夜の悪夢だった。16年11月9日、米大統領選の開票がほぼ終わり、ヒラリー・クリントンがアメリカ初の女性大統領となる夢が絶たれた後のこと。ニューヨークはマンハッタンのヒルトンホテルに現れた勝者ドナルド・トランプは、例によって美女軍団を引き連れていた。

それはアメリカ女性がホワイトハウスを目指す同性のロールモデルを失った瞬間であり、壇上には男にかしずく女たちが整列していた。その男と女たちの関係は、いわば「取引」。フェミニストたちが捨て去ろうとしていた過去の遺物のような男女の関係だ。

トランプと一緒に登場した女性たちは、彼が所有するニューヨークの高層ビル群と同じく「トランプ」という名のブランドを背負っていた。現夫人のメラニアや、娘のイバンカやティファニーの姿を見て、多くの人が思ったはずだ。女性をバカにし、モノ扱いする粗野な男に、彼女たちは本心から寄り添っているのだろうかと。

一流校で教育を受けたイバンカにはリベラル派や文化人の友人が多い。だから保守的な父親の衝動的な言動を、うまく手なずけられる唯一の人物と期待された時期もある。しかし彼女がホワイトハウス入りして数カ月で、期待は裏切られた。彼女は以前よりも父親に同調しているように見えた。

妻のメラニアはもう少し分かりにくい。ホワイトハウスへ引っ越しするまでに何カ月もかけたし、ファーストレディーの役割に乗り気でないように見えた。ネット上には、いら立って夫の手を払いのける映像や、初めての単独アフリカ訪問でリラックスし、ピラミッドの前で女優のようにポーズを取る写真が出回っている。大統領選前には「離婚が近い」との噂が出回っていたが、今も息子バロンの父であるトランプとの結婚生活を続けている。

メラニアであれ、他のどの女性であれ、なぜトランプのようないばりくさった女好きの男を支え続けるのか。

娘の場合は事情が違う。父娘の心理的関係は特別だし、巨額な財産の相続も絡む。そんなイバンカでさえ、父親からの辱めを我慢しなければならない。「人生は取引」の男にとって、女はビジネスの道具。消費したり、所有したりする対象だ。女性側には抵抗がないのだろうか。

そんな疑問に答えたくて、筆者は『黄金の手錠――トランプの女たちの秘めた歴史』を書いた。結論を先取りして言えば、彼女たちはトランプの富や名声、権力を利用するために発言や行動の自由を放棄し、進んで彼のアクセサリーになった。そしてトランプに「愛される」ために服従し、彼のブランドの一部になっている。



イバナ・ツェルニチコバ

チェコスロバキア(当時)生まれのイバナがニューヨークにやって来たのは1976年。その頃アメリカのテレビで盛んに流れていた香水のCMでは、会社で懸命に働いた女性が退社時に香水を一吹きし、晴れやかな顔で帰宅する姿が描かれていた。

80年代に入ると仕事を持つ女性は珍しくなくなったが、男と同じように働くことを求められた。トランプは性差別者だが女性の社会進出を拒まず、巧みに利用した。彼は女性を雇った。当時としては珍しいことだが、トランプ・タワーの建設に女性エンジニアを起用している。

トランプと最初の妻イバナは77年に結婚。2人の派手なライフスタイルやイバナの派手で大きなヘアスタイルはメディアで盛んに報じられた。イバナはキャリアを築こうとし、トランプ・タワーをはじめとする夫の主要な建物のインテリアデザインを手掛けた。88年にはニューヨーク・ポスト紙が、イバナは「あの男の後ろではなく、横にいる女性だ」と書いた。

本人はこの虚像を信じたかったのだろう。「妻が働きもせず、何の寄与もしなかったら、ドナルドは遠からず彼女の元を去るはず」だと、タイム誌に語っている。しかし現実のイバナは仕事と家庭生活をこなすのに必死で、燃え尽きる寸前だった。

トランプとの間に3人の子を儲け、カジノやホテルの経営を任されたイバナは離婚後も実業家として成功 Ron Galella-Wireimage/GETTY IMAGES

イバナは夫と対等な関係になれると考えていた。「イバナはトロフィーワイフ(見せびらかすための美人妻)ではなかった。(トランプ)帝国を築き上げたパートナーだった」と、彼女の友人は言う。しかし夫は、そうは思っていなかった。妻を励ましたが、見下してもいた。「妻に払う給料は年に1ドルだが、ドレスは好きなだけ買ってやる」。88年にイバナをプラザ・ホテルの社長に就けた際、トランプはジョークのつもりでそう言っている。

夫婦でオプラ・ウィンフリー・ショーに出演したときは「意見の相違はそれほどない。イバナは最終的に私の言うことを聞くから」と言った。イバナは「男性優位主義者ね」と夫をからかい、観客と一緒になって笑った。

しかし内心では笑っていなかった。ある日、女性エンジニアのバーバラ・レスがイバナに、トランプとはやっていけないと訴えたときのこと。驚くことにイバナは泣き出した。「私の気持ち、あなたには分からないでしょうけど、私は24時間、彼と一緒にいなければいけないのよ」。イバナはそう言ったと、レスは言う。「それで彼女がとても気の毒になった」

イバナはトランプがマーラ・メイプルズと浮気しているのを知って、90年に離婚の申し立てをした。泥沼の法廷闘争を経て、92年に離婚が成立。イバナは1400万ドルの現金、コネティカット州にある45室の豪邸、トランプ・タワーのアパート(ここで子供3人を育てた)、年間65万ドル以上の養育費と生活費を手に入れた。

イバナは働く女性だが、フェミニズムの旗手ではなかった。トランプの女性版だった。共産圏で育ったイバナは貪欲な実業家に変身し、トランプとの離婚後は小説や自己啓発本を書く傍ら、衣料品やジュエリー、化粧品などの事業を手掛けた。



イバンカ・トランプ

あなたもきっとああいう写真を見たことがあるだろう。ない? それなら「creepy pictures of Trump and Ivanka」(トランプとイバンカのキモい写真)で検索してみるといい。

トランプ嫌いの人は、彼の手が何かに触れているのを想像しただけでぞっとする。ホワイトハウスのドアノブでも、ミス・ティーンUSAの王冠でも、娘のイバンカでも。思春期のイバンカがパパといっしょにイタリア製スポーツカーに乗り込む写真や、パパの膝に座った写真などを見ると、いろいろ余計なことを考えてしまう。

ピグマリオンの伝説は、彫刻家が完璧な女性を作り出そうとして、自らの作品に恋してしまう物語だった。トランプも娘のイバンカを自分の最高の作品と思い込んでいる。公の場で、イバンカは父を「私の父(マイ・ファーザー)」と言い、孝行娘らしい態度を取る。私的な場では「ダディー」と呼ぶが、トランプはそう呼ばれるのがうれしいようだ。

イバンカの子供時代も楽ではなかった。ほんの9歳のときに路上で記者たちから、「お父さんはベッドの上では上手?」と質問されたことがある。そんな経験をしたら、二度と立ち直れないか、うまい言い返し方を身に付けるか、どちらかしかないだろう。

13年のインタビュー番組で、父と娘に共通している点は何かと質問されると、トランプは「セックス」と答え、思わせぶりにちょっと沈黙した後、「いや、ゴルフと不動産だ」と言った。スタジオ内の観衆は不快の声を上げたが、イバンカは髪の毛をかき上げて忍び笑いをすると「まあ、悪い子ね」とでもいうように、母性愛に満ちたまなざしを父親に投げ掛けた。

長女イバンカは父親トランプの理想だ。父娘がべったりくっついた写真を見て不快に感じる人は多い Ron Galella-Wireimage/GETTY IMAGES

彼女は11年に「イバンカ・トランプ」ブランドを立ち上げた。夫ジャレッド・クシュナーとの間に3人の子を儲け、ワーキング・マザーのイメージを売り込む。しかしアメリカのフェミニストたちは、彼女のことをベルサイユ宮殿に偽の農家を建てさせ、乳しぼりの娘の服装で田舎気分を楽しんだ王妃マリー・アントワネットのようだと思っている。

トランプが大統領に就任して、マスコミが一家のビジネスについて調査を始めると、イバンカがニューヨークからパナマに至る各地の怪しげなビジネスマンと取引している事実が明るみに出た。洗練されたイバンカの存在は、それまで父親の怪しい経歴を覆い隠してくれていた。

彼女が自ら現金の詰まった袋を受け取ることはない。きれいにマニキュアした彼女の手はいつだってクリーンだ。14年にアゼルバイジャンの悪名高いママドフ財閥とホテルのライセンス契約を結んだときは、ホテルが完成して「イバンカ」ブランドのスパに行くのが待ち切れない、「とても大きなスパなの」と話していた。

イバンカは大統領補佐官としてホワイトハウス入りした。彼女の立場はキャロライン・ケネディやチェルシー・クリントンといった歴代米大統領の娘たちよりもむしろ、アンゴラのイザベル・ドスサントスやアゼルバイジャンのレイラ・アリエバといった途上国の政治家の娘に似ている。「アゼルバイジャンのアリエフ家と同様、トランプ家もいずれビジネスの世界に戻る。民主主義にはふさわしくない」と、ビジネス倫理分析機関TRACEインターナショナルの創立者アレクサンドラ・ラゲは言う。



トランプが大統領に就任して日がたつにつれ、イバンカのブランドは非難を浴びるようになった。トランプは国民に「アメリカ製品を買おう」と呼び掛けていたが、イバンカの会社は中国の労働者を中国の最低賃金より低い給料で働かせていた。今年7月、彼女は会社を閉鎖し、「ワシントンでの仕事に集中したい」と釈明した。

イバンカは中小企業庁などの舞台裏で活動し、少なくとも一つ、有意義な仕事をした。途上国の女性起業家のための基金の設立を助けたことで、これは各方面から称賛されている。

メラニアとは違い、イバンカは権力を理解し、愛している。トランプ・ブランド大使として振る舞い、「女性の活躍推進」の旗印の下に世界のトップレベルの人々と人脈を築いている。ただし父親の政権が「女性の活躍推進」に取り組んでいるようには見えない。

かつて彼女のファンだったメディア界の大物バリー・ディラーに批判されても、中国、インド、EUの指導者と親しくなったイバンカは平気だ。ディラーは今春、こう言っている。「あんな悪人からどうしてこんなに礼儀正しく、親切な娘が生まれたのかと思ったものだ。今ではそう思わないがね」

イバンカは究極の「トランプ」ブランドだ。そのロゴを引きちぎり、独り立ちする日は来るのだろうか。

マーラ・メイプルズ

イバナと結婚していた頃から、女優マーラ・メイプルズとの仲は公然の秘密だった。またトランプが『プレイボーイ』のヌードモデルやラスベガスのショーガールのような「理想の美女」に仕立て上げようとした女性は、おそらくメイプルズが最初だ。

トランプはお抱えのパブリシストやスタイリスト、ジャーナリストを総動員して彼女のブランド化を図った。一冊丸ごとトランプを取り上げた雑誌『本物のトランプ』の表紙に、メイプルズを載せた。プロレス団体WWE(ワールド・レスリング・エンターテインメント)のイベントでインタビュアーをやらせ、美人コンテストでは司会を任せた。人気ドラマ『ベルエアのフレッシュ・プリンス』に、2人で一緒にカメオ出演したこともある。

1000人の参列者に祝福され2人目の妻になった女優メイプルズは、トランプの「理想の女」になるのを最後は拒否 Ron Galella-Wireimage/GETTY IMAGES

メイプルズは93年秋に娘ティファニーを出産。同年12月にはニューヨークのプラザ・ホテルで盛大な結婚披露宴を催した。だが女優としての盛りは過ぎていた。92年に出演したブロードウエイミュージカル『ウィル・ロジャーズ・フォリーズ』は好評だったが、妊娠のため降板した。

やがて、メイプルズはトランプ色に染められることにうんざりした。「メイクなしで出掛けたいタイプの私を、(トランプは)別人に、モノに......強欲のシンボルに変えようとした」

2人は99年に離婚。メイプルズはボディーガードとの不倫を報じられたが、養育費と100万ドルの慰謝料を得た。



メラニア・トランプ(旧姓ナウス)

「いい契約を取ってやった」。02年5月、トランプはラジオ番組で豪語した。契約とは、新しい恋人メラニア・ナウスをタバコの「キャメル」の広告塔に据えたこと。タイムズスクエアにメラニアの巨大な広告が出現した。

当時のメラニアは28歳。モデルとしてはピークを過ぎ、何らかの後ろ盾を必要としていた。

ユーゴスラビア(現スロベニア)出身のメラニアがモデル業界に入ったのは、東欧女性の人身売買が国際的に問題となり、広く報道されていた頃だった。彼女が苗字のつづりをドイツ風に変え、一時期、オーストリア生まれだと主張したのはそのせいかもしれない。だが強いスロベニアなまりの英語を話すメラニアは、人身売買の犠牲となる女性のイメージから今も逃れられない。

昨年、フィンランドの小説家・劇作家のソフィ・オクサネンは公開書簡で、女を蔑視する夫の言動を表立って批判しないメラニアを非難した。「あなたはファーストレディーだが、テレビであなたに似たアクセントを聞くたび、画面に映るのは娼婦かストリッパーかメールオーダー花嫁だ」とオクサネンは書いた。「あなたの屈辱的な結婚が記事になるたび、男たちは買春目当てで東欧に押し寄せ、東欧女性とのデートアプリに群がる。あなたの沈黙はあなた1人の問題ではない。無数の女たちの人生を左右するのだ」

トランプがメラニアに引かれた理由は一目瞭然。24歳年下の無口な美女は、衰えかけたトランプ・ブランドへのカンフル剤だ。だが少なくとも最初のうち、交際から大きな恩恵を受けていたのはメラニアだった。トランプと付き合う前のメラニアは、セレブに憧れるその他大勢の1人でしかなかった。

2人は05年1月、フロリダにある金ピカの別荘マールアラーゴで挙式。披露宴にはビルとヒラリーのクリントン夫妻も出席した。息子バロンの出産は06年3月だった。

結婚後の彼女はイバナ、イバンカと同じようにトランプ印の小売業に進出し、化粧品やジュエリーを扱うメラニア・マークス・アクセサリーズのCEOに就任。16年夏にはドゥジュール誌が「テレビショッピングの番組で紹介されたメラニアのジュエリーは45分で完売した」と書いた。

メラニアは注目を浴びるのが苦手だ。彼女を発掘した母国の写真家スタネ・イエルコによれば、若い頃からその性格は変わらない。大統領夫人として世界に注視されるメラニアが、いつもぴりぴりして見えるのも当然だ。

夫とポルノ女優の不倫騒動が泥沼化し、悲しい顔をした自分の写真がネットに出回り、メディアに一挙手一投足を分析される日々はさぞかし地獄だろう。10月、ケニアを訪問中のメラニアはABCのニュース番組で「(私は)世界で一番いじめられている人間」だと愚痴った。

「みんな心配している」と、ある友人は語る。大統領夫人になって最初の1年、メラニアは夫の所有するニューヨークやフロリダの家とホワイトハウスを転々とし、今年の5~6月には24日間も雲隠れした。メキシコとの国境に何度も(少なくとも1度はホワイトハウスに無断で)足を運び、10月には1人でアフリカ4カ国を歴訪した。

覚悟も素養もないままアメリカ大統領夫人の大役を任されたメラニアだが、皮肉なもので、今のところは彼女が誰よりも「トランプ離れ」に成功しているようだ。

(本稿は『黄金の手錠』からの抜粋)

<本誌2018年11月27日号掲載>



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ニーナ・バーリー(ジャーナリスト)

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