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【ウクライナ】ロシアとの戦争を避けるため、欧米はアゾフ海で「航行の自由作戦」を実施せよ──スウェーデン元首相

ニューズウィーク日本版 2018年11月29日 19時50分

<ロシアからケルチ海峡の航行の自由を守り、ウクライナ東部を「兵糧攻め」から救うために、欧米は何をすべきか>

「次はクリミアかウクライナかモルドバか」──2008年8月末、ロシア軍が南オセチアを支配下に置くと、当時のベルナール・クシュネル仏外相は、ロシアが次に占領しそうな標的を挙げて懸念を表明した。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相はこれを「病的な妄想」と切って捨てたが、今にして思えば、とても病的では済まされない。

11月25日、ロシアの監視船がウクライナ海軍の艦船に発砲、ウクライナの曳航艇に衝突し、この曳航艇と2隻の小型砲艦を拿捕した。3隻は黒海に臨むウクライナのオデッサ港を出航し、ロシア支配下のクリミア半島とロシア本土に挟まれたケルチ海峡を通過して、アゾフ海に面したウクライナの港湾マリウポリに向かうところだった。今回の事態で、クリミア半島と東部のドンバス地域に続いて、アゾフ海が第3の前線となり、ウクライナ紛争は新たな局面に突入する可能性がある。そうなればヨーロッパは今後何年も対応に追われることになる。

私たちは今月、ウクライナ政府軍と親ロシア派武装勢力が睨み合うウクライナ東部の町や村を見て回った。陸上は比較的平穏だったが、ウクライナ側もロシア側も塹壕を築き、前線の守りを強固に固めていた。地上戦では、どちらも膨大な人的損失を覚悟しなければ敵陣を突破できないだろう。

東部の窮乏は深刻化

しかし海上では事情は大きく異なる。そのために、ヨーロッパの安全保障を脅かす2つの新たな危機がにわかに現実味を帯びてきた。1つは航行の自由の危機。もう1つはウクライナ東部が「兵糧攻め」にされる危機だ。

ロシアは2014年にウクライナのクリミアを併合し、本土とクリミアを結ぶ橋を建設。今やケルチ海峡の両岸はロシア支配下にある。ロシアは、アゾフ海に臨むウクライナの港湾に向かう全ての艦船の航行の自由を妨げるべく、ここ数カ月ひそかに準備を進めてきた。今回の「攻撃」もその一環だ。EU諸国にとって、ロシアがアゾフ海に出てきたというのは、アジアでは南シナ海に中国が出てきたのと同じようなものだ。

一方、経済安全保障について言えば、ウクライナ東部の経済はアゾフ海に面した港湾を経由する貿易に大きく依存している。黒海の港湾は東部の都市からは遠く、輸送費が高くつくし、積み出し施設などのインフラもお粗末だ。既に東部は深刻な経済危機に直面している。内戦でインフラやサプライチェーンが部分的に破壊され、マリウポリ経由の輸出はここ数年で58%減った。先月だけでもマリウポリ周辺で1万3500件の休戦違反が報告され、外国企業はすべて撤退した。



「航行の自由作戦」決行を

ロシアはここ何カ月、アゾフ海に出入りするウクライナの商業船舶の航行の自由をじわじわと締め付けてきた。今年に入り、ロシアの沿岸警備隊がウクライナの港湾に向かう商船を止めて、立ち入り検査を行うようになった。航海が1日遅れれば、最高で1万〜1万2000ドルの損失が生じる。ただでさえ内戦で大量の国内難民が発生し、ウクライナ東部の経済は疲弊しきっているのに、ロシアの臨検で輸出競争力はさらに低下し、輸入製品の価格は上昇、消費者は困窮に追いやられている。

ケルチ海峡の監視で、ウクライナに対する経済的締め付けは大幅に強化された。ロシアはこれまでもウクライナにあらゆる形で制裁を科してきた。だが今や、ウクライナのロシア向け輸出を制限するにとどまらず、ウクライナと欧州および中東との貿易を妨害しようとしている。対欧州貿易はもちろん、ウクライナの対アラブ貿易も対ロシア貿易を上回るため、深刻な事態だ。

ヨーロッパとアメリカも手をこまねいてはいられない。まずは外交上のゼスチャーとして、ケルチ海峡の航行の自由を守る断固たる意思表明をする必要がある。非軍事用船舶をアゾフ海に送り込めば、さらに説得力をもつ。それで情勢が悪化する心配はない。ロシアは第3国の艦船には嫌がらせをしないからだ。

国際的な監視を活用

第2に、ウクライナの経済的損失を埋める援助を行うこと。援助には象徴的なものも含まれる。例えばロシア船が激突したのと同じタイプの曳航艇を寄贈すれば、安上がりな意思表示となる。ウクライナ東部と西部を結ぶ道路や鉄道網の再整備に投資するなど、実質的な援助も必要だ。蜂蜜、小麦、トウモロコシ、グレープジュースなどの特産品を欧洲市場に輸出しやすいよう、規制を緩和することも必要だろう。EUはウクライナと自由貿易協定を含む連合協定を結んでいるが、ウクライナの主要な輸出品のいくつかについては今も輸入枠を撤廃していない。

最後に、欧洲安保協力機構(OSCE)が海上にも活動の場を広げること。OSCEはバルカン半島からタジキスタンまでユーラシア大陸全域での紛争監視で大きな役割を果たしてきた。現在はウクライナ東部の停戦監視の任務に当たっている。ヨーロッパの安全を脅かす発火点が海上に移った今、ドローンや艦船を使ってアゾフ海を監視する活動も始めるべきだ。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は28日、今回の拿捕事件はウクライナが反ロシア感情をあおるために仕組んだ茶番劇だと主張した。もしその主張が事実で、ロシアは悪者に仕立てられたくないなら、率先してアゾフ海に国際監視団を受け入れ、潔白を証明すべきだ。挑発したのがロシアだろうとウクライナだろうと、この海域を国際的な監視下に置けば、一触即発の危機を防げるはずだ。

カール・ビルトは、現在、ヨーロッパ外交評議会(ECFR)の共同会長。
ニク・ポーペスキュはECFRの拡大欧洲計画部長。

From Foreign Policy Magazine

カール・ビルト(スウェーデン元首相)

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