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アメリカを諦めはじめた中米移民とメキシコの過酷な運命

ニューズウィーク日本版 2018年11月30日 15時53分

アメリカを目指して中米を縦断してきた移民キャラバンのなかに、1カ月半以上に及んだ過酷な旅に耐えられなくなり、アメリカでの難民申請をあきらめる人が増えている。大混雑で衛生状態も悪い収容施設で、病気にかかる移民も出始めている。

メキシコ北部にある米国境の町ティフアナでは、到着した移民の一時収容先として当局がスポーツ施設を開放した、とロイター通信が報じた。だが6000人もの移民すべてを収容することはできないため、多くは劣悪な衛生環境を余儀なくされ、床に段ボール箱を敷いて寝る人もいれば、空地にテントを張って雨露をしのぐ人もいる。ロイター通信が確認した匿名の情報源によれば、収容先が大混雑しているせいで、呼吸器疾患やシラミ、水ぼうそうなどの感染も広がっているという。

米国境警備当局も、移民の入国阻止のために強硬手段に出た。11月25日には、一部の移民がメキシコ側から国境の壁を越えようとしたため、女性や子供を含む移民たちに催涙ガスを発射した。アメリカで難民申請を行う希望を失い、メキシコ当局に帰国支援を申請した移民は、少なくとも350人にのぼる。

「もしアメリカかカナダに行けないなら、帰国する」と、グアテマラから来た22歳の男性はロイター通信に語った。メキシコ滞在を選ばないのは、賃金が安く自国に仕送りできないからだ。「ここにいても稼げない」

メキシコ政府は支援の動き

11月末に退陣するメキシコのエンリケ・ペニャニエト政権は、10月に「ここはあなたの家」とする移民の支援策を発表。メキシコ南部チアパスとオアハカの2州にとどまることを条件に移民に一時滞在許可を出し、就労や教育、医療に関する支援を提供すると約束した。ところがメキシコ滞在を選んだのは3000人だけで、残りはアメリカ入国に望みをかけて旅を続けることを選んだ。

10月19日にグアテマラからメキシコの国境を通過した移民のうち、少なくとも2010人が「自主帰国」を申請したと、米紙ワシントン・ポストはメキシコ移民局(NMI)の報道官の話として伝えた。厳しい暑さのなか過酷な条件で歩き続けて疲弊し、さらなる北上を断念したのだ。

より良い生活を手に入れるためなら決意は揺るがない、と言う移民もいる。11月29日には600人超がメキシコの就労許可を申請したとメキシコ外務省は述べた。

「ここまで歩くのに15~20日間かかった。今来た道を帰るなど、あり得ない」と、26歳の女性はロイター通信に語った。



移民キャラバンが到着したティフアナでは、地元住民の手荒な歓迎を受けた。11月18日には500人以上のデモ参加者が市中心部に集まり、「不法移民は出て行け」「侵入者反対」と書いたプラカードを掲げた。メキシコ国家を歌い、「メキシコ・ファースト」(メキシコ第一主義)を唱える参加者もいた。フアン・マニュエル市長は「ティフアナを再び偉大に」と刻印されたキャップ帽をかぶり、中米の移民キャラバンや移民全般に対するドナルド・トランプ米大統領の主張に同調する姿勢を鮮明にした。

そのトランプは11月26日、米当局が催涙ガスを使用したことの正当性を主張し、「移民集団の多くは冷酷な犯罪者だ。メキシコは彼らを本国に送還すべきだ」とツイート。さらにこう続けた。「飛行機でもバスでも好きな手段で行え。ただし移民はアメリカに来させない。必要なら国境を永久に閉鎖する。議会は国境の壁の建設費用を出せ!」

メキシコ次期政権に早くも試練

メキシコにとどまっている移民のなかには、まだアメリカ入りをあきらめていない人もいる。人権擁護団体が懸念するのは、貧困や暴力から逃れてきた移民に対し、メキシコが安全な生活環境を提供できないことだ。さらに米紙ニューヨーク・タイムズは11月26日付の記事で、すでにメキシコはトランプ政権に通せんぼされた移民の集団による人道的危機に見舞われていると指摘。アンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール次期大統領は12月1日の就任前から早くも「政治的危機」に直面している、と書いた。

(翻訳:河原里香)



ロバート・バレンシア

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