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クリエイティブな仕事をするのに素質は要らない

ニューズウィーク日本版 2018年12月5日 16時0分

<脳を鍛えて「拡散的思考」と「収束的思考」を使えば、現代に必要なクリエイティブ思考、すなわち「つながりを見つける」スキルを誰でも身につけられる>

コンピュータやAI(人工知能)といった科学技術の進化によって、これまで人間が担ってきた多くの仕事が奪われると言われている。オックスフォード大学の研究によると、最終的には702もの職種に影響が及ぶという。こうした話題に危機感を覚えている人も多いだろう。

そこで、ますます重要度を増しているのが「クリエイティビティ」だ。人間にしかできないクリエイティブな仕事であれば、AIに奪わることがない――。でも、自分にはそんなもの備わっていないし、生まれ持った素質なのだから努力しても無駄......と諦めてはいないだろうか。

そんなことはない、どんな人でもクリエイティビティを身につけることができる――そう強く思わせてくれる本がある。ドルテ・ニールセン、サラ・サーバーという2人の女性による『「ひらめき」はこう生まれる――クリエイティブ思考ワークブック』(岩崎晋也・訳、CCCメディアハウス)だ。

クリエイティブな思考は「つながりを見つけるスキル」

著者のひとりであるドルテ・ニールセンは、世界最大級の広告代理店であるオグルヴィ社で、クリエイティブ部門のアートディレクターとして長年活躍していた。その間には、数多くの著名な広告賞も受賞している。

ある時、彼女は母国デンマークの大学からクリエイティビティについての短期講習をしてほしいという依頼を受けたが、それを聞いた同僚たちは、こう言って馬鹿にしたという。「クリエイティビティなんてもともと備わっているものだから、持っていない人に教えても無意味だよ」

だが彼女は、クリエイティブな同僚たちに共通する明確な規則性を発見した。それは「アイデアを生みだすのがうまい人はつながりを見つけるのがうまい」というシンプルな真実だった。「つながりを見つける」のは素質ではなくスキルであり、それこそがクリエイティブな思考の基礎なのだ、と。

誰に教わったわけでなくてもクリエイティブな思考ができる人は、「つながりを見つけるスキル」を生まれつき持っている。言い換えれば、クリエイティビティを発揮できない人は、そのスキルがないだけだ。それがスキルなのであれば、誰もが訓練によって身につけ、伸ばしていくことができる。

ニールセンのこの考えをもとに作られたカリキュラムを受講した生徒たちは、D&AD賞やカンヌ・ライオンズ、エピカ賞といった世界の名だたる賞を次々と受賞。事実、彼女が2007年に母国に設立したスクールは、学士課程としては世界で最も多くの広告賞受賞者を輩出しているという。



本書ではクリエイティブ思考の実践的なノウハウだけでなく、時に理論的に、クリエイティビティとは何かについても詳しく解説している(『「ひらめき」はこう生まれる――クリエイティブ思考ワークブック』58~59ページより)

クリエイティビティはもはや必須の「問題解決能力」だ

著者たちも述べているように、かつてクリエイティビティは、誰もが持っているわけではない「贅沢品」のように思われてきた。だが、この21世紀において、クリエイティブな思考をするスキルはもはや「必需品」だ。仕事に限らず私生活においても、クリエイティビティが成功のカギを握っている。

クリエイティビティは日本語では「創造性」と訳される。この言葉の印象もあって、クリエイティビティを芸術的な表現や、無から有を生み出す(=創造する)ようなものだと思っている人が多いかもしれない。しかしながら、現代で求められているのは、問題解決能力としてのクリエイティビティだ。

本書に紹介されているところによれば、IBMが世界37カ国・1500人のCEOを対象に大規模な調査を行ったところ、彼らが最も差し迫った脅威と感じているのは「変化の速度が増していること」だった。それに適応するために必要なのが問題解決能力であり、それはクリエイティビティなのだ。

クリエイティブな思考が「つながりを見つける」ことであるのなら、そもそも「無」から何かを生む作業ではない。「ひらめき」、つまり、既にある何かと何かを結びつけることで、新しい機能を持たせたり、より便利にしたり、性能を高めたり、あらゆる問題を解決することができる。それが時にイノベーションになる。

また別の研究によると、リーダーシップに欠かせないのは経験や知性ではなく、最善の解決策を思いつくことだという。良い解決策は、良いアイデアから生み出される。そして良いアイデアは、たくさんのアイデアを出すことによって見出されるが、そのカギとなるのが「つながり」だ。



人の脳を膨大な素材がつまった図書館に喩えると、クリエイティブでない「平凡な人」の脳というのは、きちんと並べられ、分類され、管理が行き届いているのだという。そこには有能な司書がいて、調べてほしいことを依頼すると、丁寧に、その通りの素材を取り出してきてくれる。

一方、クリエイティブな人の脳には指揮者がいる。その人は、図書館内のあらゆるものを駆使して、思いつく限りの素材を引き出し、遠く離れた無関係なもの同士を強引に結びつける......といったことを同時進行で行う。だからこそ、独創的なアイデアや変わった選択肢が飛び出してくる。

平凡な人がクリエイティビティを身につけるには、自分の脳内にいる司書を鍛えればいい、ということになるが、そのためにはまず「拡散的思考」、つまり思考を広げる必要がある。この時に重要なのが、判断を保留することと、量を追求することだ。



本書には「拡散的思考」と「収束的思考」について図を使って解説するページも。「独創的なアイデアは、真ん中に居座った平凡なアイデアに押されて端のほうにいる。真に独創的なアイデアを思いつくためには、誰もが提案するようなアイデアから無理にでも離れてみなければならない」(『「ひらめき」はこう生まれる――クリエイティブ思考ワークブック』74~75ページより)

自由な発想ができない人は、何か思いつく度に「無理だ」「それは違う」などと言って思考を止めてしまう。それでは突飛なアイデアなど生まれるはずもない。もちろん、つながりを生み出すことや目新しさを追い求めることも忘れてはならないが、やはり量を出してこそ最良にたどり着けるのだ。

だが、ひたすら広げるだけでは一向に解決策は見出せない。そこで必要になるのが「収束的思考」だ。的外れなアイデアを排除し、少数の適切なアイデアだけに集中する。ポイントは、肯定的であること、客観性をチェックすること、よく考えたうえで選ぶこと、そして当然、目新しさをなくさないこと。

つながりを見つけ、ひらめきを生むための「ブートキャンプ」

どんなにクリエイティブな人も、やはり何もないところから独創的なアイデアを思いつくわけではない。たとえ本人は意識していなくても、脳内では絶えず、あらゆるもの同士をつなぎ合わせ、それによって次から次へとアイデアが生まれては消えている。

「つながりを見つける」というスキルは、決して一部の人だけが持つ特殊能力ではない。誰でも身につけ、高めることができる。いずれ計算能力と同じくらい、誰でも最低限は備えておくべきスキルとなる日が来るかもしれない(そう遠くない未来に)。

だが、だからこそ自分とは関係がないふりをしたくなる人もいるだろう。本書は、そんな人のための「ブートキャンプ」だ。クリエイティビティへの反射神経を研ぎ澄まし、自信を高めるためのエクササイズとツールを体験できるようになっている。

もし脳内に司書の存在を感じているなら、筋トレのつもりで少しずつ鍛えてみてはどうだろうか。ひょっとすると、思いがけない自分に出会うことになるかもしれない。著者のひとり、サラ・サーバーもこう言っている----「思いこみを打破することこそがクリエイティビティなのだ」。


『「ひらめき」はこう生まれる――クリエイティブ思考ワークブック』
  ドルテ・ニールセン、サラ・サーバー 著
  岩崎晋也 訳
  CCCメディアハウス



ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

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