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ロシア「帝国復活」プーチンの手腕

ニューズウィーク日本版 2018年12月7日 17時0分

<ウクライナとジョージアで影響力を行使――欧米と民主主義の弱体化を狙うゲームの行方は>

ロシアによるウクライナ艦船の拿捕という衝撃のニュースが流れたのが11月25日。その3日後、やはりロシアと国境を接する国ジョージア(グルジア)で大統領選の決選投票が行われた。それはこの国の針路(ロシアと欧米のどちらに接近するか)を左右する投票だった。

何の関係もなさそうに見えるが、実はこの2つの出来事、旧ソ連の勢力圏の回復・拡大という野望を抱くロシア大統領ウラジーミル・プーチンの陰謀の成否を占う上で大きな意味を持つ。なにしろ、プーチンは民主主義陣営を弱体化させるためなら手段を選ばぬ男だ。

ジョージアの大統領選でも、ロシアによる露骨な恐喝や買収、不正工作があったと、複数の国際NGOが指摘している。

ロシアの目的は、ロシア寄りとされるサロメ・ズラビシビリ候補を支援し、ミハイル・サーカシビリ元大統領の親欧米路線を受け継ぐグリゴル・ワシュゼ候補を追い落として親ロシアの政権を誕生させることにあった。そして実際、決選投票を制したのはズラビシビリだった。

プーチンは、必要とあればどんな乱暴な手も使う。08年にはジョージアの南オセチア自治州に軍隊を送り込んだ。14年にはウクライナのクリミア半島を強引に併合した。

しかも近年のプーチンは、脅迫と策略、そして武力で近隣諸国を取り込むゲームの腕を上げているようだ。そもそもジョージアは、サーカシビリの時代に比べればずっとロシアに従順になっていた。また、今のプーチンはライバルにも恵まれている。例えばアメリカのドナルド・トランプ大統領は、歴代の米大統領よりも御しやすいだろう。

かくしてプーチンはユーラシア地域で順調に影響力を拡大している。「ロシアがとりわけ重視しているのは、いわゆる緩衝地帯、つまり旧ソ連を構成していた周縁部の国々だ」と言うのは、アメリカの首都ワシントンにある国防大学のピーター・エルツォフ教授だ。「こうした地域では、いつ軍事行動があってもおかしくない。クリミア沖で起きた今回のウクライナ艦船拿捕はその一例にすぎない。事態はもっと悪化するだろう」

緩衝地帯には、ジョージアも含まれる。だからこそプーチンは08年の侵攻以降、この国の政治を操ろうと画策してきた。この夏には、NATOがウクライナやジョージアに接近するのは「ロシアに対する直接の脅威」だと警告を発している。

ジョージアの政治制度において、大統領職はかなり儀礼的なものだ。それでも今回の大統領選は2年後に予定される議会選の帰趨に直結するだけに、ロシアは深く関与してきた。



西欧育ちを担いで勝利

実際、11月28日の決選投票では与党「ジョージアの夢」のビジナ・イワニシビリ党首(謎の多い実業家で元首相)による大掛かりな不正操作があったとみられている。「隠れプーチン派」とされるイワニシビリの下、同党は12年以来、ジョージアの議会を支配している。

決選投票に臨んだ両候補は、どちらも露骨に親ロシアの立場を示さなかった(むしろ両者とも、相手を「プーチンの手先」と非難した)。しかしイワニシビリの推すズラビシビリ(フランスの外交官だったが、ジョージアに国籍を移した)は巧みに、ロシア政府の気分を害さないように振る舞った。

無所属で出馬した女性のズラビシビリを大統領の座に就けたことは、プーチンの巧妙さが増したことの証しかもしれない。国防大学のエルツォフも「選挙に介入していないと言い張るには、西欧育ちの人物を担ぐのが一番だった」と指摘する。

選挙には勝ったものの、国民の間でズラビシビリの人気は高くない。08年の軍事衝突の責任はプーチンではなくサーカシビリにあると示唆したこともあるし、ロシアに擦り寄ろうとしているとみられているからだ。

また彼女の陣営は「ロシアの諜報部との協力について公言していた」と、トランスペアレンシー・インターナショナルのエカ・ギガウリは言う。現在の与党は「とにかくロシアを刺激したくないらしい。協力関係にある『愛国者連合』の健闘もあって、彼らは親ロシアの政党として初めて議会を制することができた。今は有力政治家からも『NATOから恩恵を受けている国など見たことがない』といった発言が飛び出す始末だ」。

「サーカシビリはロシアを敵と考え、NATOに加わり、EUと友好関係を築き、民主的改革を進めるのが国を繁栄させる唯一の道だと主張していた」とギガウリは続ける。「しかし現政権になってからは、ロシア兵は英雄だとたたえるようなデモ行進が行われるようになった」

「管理民主主義」ゲーム

このようにイワニシビリの影響の下で、ジョージアの民主主義はロシアの意向に左右されるようになりつつある。

ズラビシビリが第1回投票で期待ほど得票を伸ばせず、決選投票にもつれ込だため、イワニシビリは票を不正に操作した。例えば、60万人の有権者が抱える借金をイワニシビリの銀行傘下の基金が肩代わりするとの発表が、11月19日にジョージアのマムカ・バフタゼ首相からあった。ちなみにイワニシビリは、ロシアの「政商」たちと似たような事業で財を成した男だ。

今回の選挙結果は「管理民主主義」というゲームにおけるプーチンの手腕の試金石だった。今後も彼がこのゲームから降りることはないだろう。彼のビジョンは第1に「(多層的な対策で相手の攻撃を遅らせる)縦深防御」だと、元米国務副長官のジェームズ・スタインバーグは言う。「第2は欧米を混乱させ、火消しに奔走させる」ことだ。



エルツォフによれば、「ロシア政府や軍の究極の目標はアメリカやNATOの影響を少なくとも可能な限りそぐことだ。それには緩衝地帯を支配する必要があるが、トランプの掲げるアメリカ第一主義のおかげで、この作戦を遂行しやすくなった」。

エルツォフのみるところ、ロシアは緩衝地帯を重要度によって4層に分類している。第1層はウクライナ、ベラルーシとカザフスタンの大部分。これはノーベル賞作家アレクサンドル・ソルジェニーツィンによる「ロシアの大地」の定義に合致する(ソ連時代のソルジェニーツィンは反体制派だったが、後にプーチンの熱烈な支持者となった)。第2層はカフカス(ロシア南東地域、アルメニア、アゼルバイジャン、ジョージア)、第3層はソルジェニーツィンが「ロシアの弱点」と呼んだ中央アジア(キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン)だ。

プーチンの影響力は既にこれらの国の大半と、(間接的な形で)旧ソ連圏のハンガリーとポーランドに及んでいる。だが欧米にとって深刻な局面となるのは、プーチンが第4層の地域であるバルト3国(ラトビア、リトアニア、エストニア)に触手を伸ばしたときだろう。バルト3国はNATO加盟国だが、ロシア系の住民が多い。「問題は加盟国がどんな攻撃を受けた場合にNATO条約第5条の定める集団的自衛権が行使されるか」だとエルツォフは言う。「ロシア系住民が圧倒的に多い地域で、ロシア系が武装蜂起したとして、そのときアメリカは反撃に出るだろうか」

From Foreign Policy Magazine

<本誌2018年12月11日号掲載>



※12月11日号(12月4日発売)は「移民の歌」特集。日本はさらなる外国人労働者を受け入れるべきか? 受け入れ拡大をめぐって国会が紛糾するなか、日本の移民事情について取材を続け発信してきた望月優大氏がルポを寄稿。永住者、失踪者、労働者――今ここに確かに存在する「移民」たちのリアルを追った。


マイケル・ハーシュ(フォーリン・ポリシー誌記者)

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