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アフガン介入17年、終わりなき泥沼

ニューズウィーク日本版 2018年12月11日 18時20分

<1兆ドルを投じたアメリカ最長の戦争は「大失態」なのか>

1842年、アフガニスタンで1万6000人からなる大英帝国軍が全滅したとの知らせに、若きビクトリア女王は大きな衝撃を受けた。

だが、ひるんだ様子はない。敗北をものともせず、さらに2度のアフガン戦争を戦い、世界の秩序と文明の守護者を自任し続けた。財源が枯渇し、その帝国の支配が終焉を迎えたのは100年後、2度目の世界大戦の後だった。

その後、代わって超大国の役割を引き受けたのはアメリカ。しかし、そのアメリカもアフガニスタンを強引に民主化しようとして泥沼にはまり、財源も兵力も意欲も尽きかけている。

イラクやシリアへの軍事介入も惨憺たる結果となり、多くのアメリカ人が自国の役割に疑問を抱き始めた。ピュー・リサーチセンターの調査では、約半数の成人が「アメリカはアフガニスタン介入の目標をほとんど達成できていない」と答えている。

かねてからこの戦争を「大失態」と呼んでいたドナルド・トランプ米大統領も、昨年8月に発表した米兵増派の計画を破棄し、一転して完全撤退を検討していると伝えられる。

米軍撤退は新たな孤立主義の時代の幕開けなのだろうか。トランプは中東や南アジアへの介入を時間と人命と資金の無駄と非難する一方、恐怖の核戦争を防いできた欧州との同盟関係にも不満を漏らしている。

撤退がきなくさい結果を招くことは予想に難くない。アメリカが手を引けば、多民族国家のアフガニスタンにはパキスタンやインドだけでなく、イランや中国、ロシアも手を出してくる。かつての大英帝国が中央アジアの覇権をめぐって繰り広げた何世代にもわたる争いが、また繰り返されることになる。

トランプはNATOやEUの意義を疑問視する一方、イギリスのEU離脱やEU諸国における極右政党の台頭を応援することで、結果的にロシアの欧州政策に手を貸している。

米欧の外交筋にとって、トランプの政策は戦後世界の平和を守ってきた体制を揺るがす裏切り行為だ。米議会も昨年7月、大統領の拒否権でも覆せない圧倒的多数で対ロ経済制裁の強化を決め、不快感を表明した。

米軍撤退はアメリカの合理的な戦略転換なのか、さらなる事態悪化の前触れなのか。アフガニスタンも欧州諸国も今後の展開を注視している。

米海軍大学院のアフガニスタン専門家トーマス・ジョンソンは09年に、アメリカが戦略を変えないなら、イスラム原理主義勢力タリバンは12年には首都カブールを奪還すると予想した。6年後の今もアメリカは持ちこたえているが、先行きは暗い。



昨年10月、ホワイトハウスのトランプ大統領、マティス国防長官(左)、ケリー首席補佐官(右) Andrew Harrer-Pool/GETTY IMAGES

再び勢いづくタリバン

今年10月7日で、アメリカのアフガニスタン介入から17年が過ぎた。犠牲となった兵士の数こそベトナム戦争の5万8200人に遠く及ばないが、この戦争はアメリカ史上最も長く、最も高くついた戦争だ。

現在、アメリカは年に約450億ドルをアフガニスタンでの軍事作戦に投じている。これまでにかかった費用は合計で、8410億ドルから(退役軍人の心身ケアなども計算に入れれば)1兆700億ドルとされる。

軍隊の疲弊も激しい。どれだけの兵士がアフガニスタンに何度派遣されたのか、正確な数は分からない。だがランド研究所によれば、01年の同時多発テロ以来、合計277万人の兵士が世界各地(主として中東と南アジア)へ、延べ540万回も派遣されているという。

7月末までにアフガニスタンで2372人の兵士が死亡し、2万320人が戦闘で重傷を負ったと国防総省は発表している。だがブラウン大学ワトソン国際関係研究所の報告によれば、「少なくとも97万の退役軍人が(アフガニスタンとイラク戦争に従軍したことが原因と認定された)障害を負っている」。

現地住民の被害はもっと甚大だ。ブラウン大学の報告によれば、16年半ばまでに戦闘地域で計17万3000人のアフガン人とパキスタン人が死亡、18万3000人が負傷した。

かつて大英帝国と戦い、1979年のソ連による侵攻にも耐えてきたアフガニスタン。その国にアメリカは乗り込み、一度はタリバン政権を首都カブールから駆逐し、平和と民主主義をもたらすつもりでいた。

しかし夢は破れ、15年には民主化どころかタリバンと現政権の共同統治を視野に、過激派組織を和平交渉に応じさせることを目標にしていた。しかし、このもくろみも失敗に終わった。快進撃に勢いづくタリバンはアシュラフ・ガニ大統領の人気低迷に乗じて、交渉より駐留米軍の完全撤退が先だと態度を硬化させている。

国防総省と国務省は「何とか面目を保てる取引をタリバン側に求めている」と軍事ブログ「ロング・ウォー・ジャーナル」のトーマス・ジョスリンは言う。「タリバンから『帰ってもいい』と言ってもらいたいのだ。タリバン側はとにかく米軍を追い出したい。それだけだ」

ワシントンに広がる噂では、トランプはアフガニスタンを見限るという結論に達している。撤退を20年に開始すべく、近くスケジュールを発表するつもりだという。



戦闘による犠牲者はバグラム空軍基地から母国アメリカに帰還する BRIAN DAVIDSON-U.S. AIR FORCE/GETTY IMAGES

だが、長く国防総省と国務省でアドバイザーを務めてきた戦略国際問題研究所のアンソニー・コーズマンによれば、誰も即時完全撤退を主張してはいないし、逆に軍事介入を強めるべきだと主張する者もいない。昨年、民間軍事会社のブラックウォーターが、数千人の傭兵で戦争に勝てるから55億ドルで請け負うと持ち掛けたが、大統領は応じなかった。

「大統領は当面、アフガニスタン問題を真剣に考える気がない」と、コーズマンは言う。「この先にはアフガニスタンでも選挙がある。和平交渉の可能性も残っているし、冬には敵の攻勢も弱まるからだ」

トランプは気まぐれで、慌てて結論を出しがちだ。今後の予測は難しいと専門家たちはみる。

「去年の増派の発表直前まで、トランプは頑固に撤退を主張していた」と、ある現役の情報部員は匿名を条件に言った。「百八十度の転換だった。今後の出方も予想は不可能だ」

たとえトランプが急に撤兵の命令を下しても、着任したばかりの新司令官オースティン・ミラー陸軍大将による報告書の作成を待つという理由で、軍の上層部は抵抗するかもしれない。

「いつもの手だ」と、この情報部員は言う。軍はそんな時間稼ぎで、撤退に傾いていたバラク・オバマ前大統領も牽制した。「こうして気が付くと、また1年が過ぎる」

情報筋によれば、8月に作成され、まだ未公開のアフガニスタンについての国家情報評価(NIE)は悲観的で、トランプが撤退を決める口実になり得るという。だが「長年、アフガニスタンのNIEはいつも悲観的だった」と、元国家情報長官のジェームズ・クラッパーは本誌に語っている。

しかしウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、今回のNIEの内容は特に暗い。ここ1年でタリバンは優位に立ち、ガニ大統領は不人気で、おまけに疫病が蔓延したと伝えている。

「衝撃的な報告だ」と、トランプ政権上層部と話し合ったある情報筋は言う。膠着状態の継続は「反政府派にとって勝利を意味する」からだ。

政府軍や警察(緑の制服)が米軍や多国籍軍(青い制服)を攻撃する「グリーン・オン・ブルー」攻撃も急増し、ミラー新司令官も危うく命を落とすところだった。これもトランプが撤退を急ぐ理由になる。

報告書を都合よく操作

NIEは情報機関が作成する極秘の報告書だが、国務省、国防総省、ホワイトハウスの影響を受ける。高官たちはあらかじめ考えた結論に導くべく、報告書を操作しがちだ。イラクに大量破壊兵器があると、ブッシュ政権に報告した例もある。

彼らはまた、都合のいいように報告書の一部だけをリークする。トランプも撤退を正当化できる部分だけ機密扱いを解くかもしれない。だが、政府側は抵抗するだろう。



国務省の立場はあくまで、米軍と多国籍軍は勝利しつつあるというものだ。「タリバンは都市部の占領地を維持できていないし、タリバン側の死傷者は多い」と、国務省のある広報担当者は匿名を条件に話した。「政府軍と警察の能力は向上し、全ての州都を掌握している」。だが外部の専門家たちは、タリバンの勢力がここ数年で2万5000人から7万5000人に膨れ上がったと指摘する。「国民の17%の支持もある」と、ジョンソンは言う。「毛沢東なら、明白な勝利だと言うだろう」

公式発表では、昨年半ばの時点で「アフガニスタン政府が支配するのは領土の約60%で、1年前から6ポイントの減少」とされる。今はさらに減ったとジョンソンは言う。それでも、国防総省は完全撤退を正当化する報告書は徹底的に否定するだろうと、同省に近い筋は言う。

アフガニスタンに関して米軍幹部はひたすら強気だと、ある情報将校は語る。「彼らは全て順調だと思っている。彼ら以外は誰でも、時の利はアメリカの側にないと承知しているのだが」。別の専門家も「情勢はカブール政権ではなくタリバンに有利だ」と言う。「情報機関の判断では、この戦争は惨敗だ」

国防総省でアフガニスタン問題を担当した元上級顧問セス・ジョーンズは、「国防総省と情報機関の基本姿勢」はカブールからのいかなる撤退要求も拒否することだと言う。「タリバンが勝利したら何が起こるか」が分かっているからだ。

国務省でアフガニスタンとパキスタンの臨時特別代表を務め、現在はランド研究所の研究員であるローレル・ミラーの意見も同じだ。「軍隊もカネも一気に引き揚げたら政府は崩壊する。これが大方の意見だ」

ただし、政府はそのままで、「アフガン人が独自に事態を解決するだろう」という「少数意見もある」と付け加える。

海軍大学院のジョンソンは「撤退でひどい状況に陥る」と言う。「ガニはテレビで政府は半年で倒れると言ったが、私は6日以内と思う。外国軍がいなければ国防軍はすぐに逃走する。そしてタリバンが、初勝利を収めた96年秋と同じく、銃を全く撃たずにカブールに進軍する」

「ザワヒリがいる」証拠

外国軍の撤退が始まれば、75年4月のサイゴン陥落の光景が再現されるかもしれない。あるいは映画『ブラックホーク・ダウン』の光景(ソマリアの首都モガディシオで多くの米軍兵士が反乱軍に殺害された)だ。

もっとも、一時は最大10万を誇った米軍の規模が何度か縮小された際は何の騒ぎも起きなかった。しかし膨大な資金援助をやめると脅したらパニックになるだろうと、専門家は言う。



「大局的に見たらアフガン戦略は失敗する可能性がある。理由はタリバンが勝つからではない」と、今年9月まで国防総省でアフガニスタン部長を務め、現在はランドの政策准研究員であるジェーソン・キャンベルは言う。「彼らはベトコンのような武器や兵力を備えていない。大砲も空軍力も支援もない」

崩壊は国民が完全に政府を見限り、政府の後ろ楯となる外国の軍隊が姿を消したときに起こるのだろう。キャンベルは、外国軍の完全撤退時には最大3万の国民が脱出のために空港に押し寄せ、陸路で隣国に向かうかもしれないと予想する。

ちなみに米軍などの兵士や請負業者、大使館職員はカブールから約50キロのバグラム空軍基地または500キロほど離れたカンダハルを目指し、そこから大型貨物機で中東の親米国やヨーロッパへ脱出する。

国務省の広報担当官は脱出方法の詳細に触れなかったが、「職員を保護し、世界におけるアメリカの使命の遂行で起きるあらゆる不測の事態に対処する努力がされている」と語った。

そうはいっても結果は明らかだ。「タリバンがアフガニスタンを制圧したら......イラクとシリアを苦しめてきたジハード(聖戦)の大勝利になる」とジョーンズ。「聖戦士の一部の故郷だから、その意味は大きい」

ジョーンズによると、ウサマ・ビンラディンの後継者アイマン・アル・ザワヒリが「アフガニスタンに到着したか、既に滞在している」という「証拠」もあるという。

そんな悪夢のようなシナリオを示せば、トランプも米軍の完全撤退を再び断念し、CIAや民間の軍事会社に頼る「深入りしない」方法を選ぶかもしれない。ボブ・ウッドワードの『FEAR 恐怖の男──トランプ政権の真実』(邦訳・日本経済新聞出版社)によれば、CIAは今も約3000人のアフガン戦士を動かしている。

「だからといって反乱軍に勝てるわけではない」と、アフガニスタンでの経験が長い元CIA工作員のアルトゥーロ・ムニョスは本誌に語る。「こんな戦略では勝ち目はない」

現地でCIAを指揮していたケビン・ハルバートも同じ意見だが、少数精鋭の特殊部隊やCIA部隊が残れば最低限の目標を達成できる可能性はあると言う。アルカイダやISIS(自称イスラム国)が「私たちへの攻撃を計画し、兵士を訓練し、テロを実行する基地を作る」のを阻止するという目標だ。「そういう事態だけは避けたい」

アフガニスタンの将来に関しては、タリバンも重要な鍵を握る。「反体制武装勢力の専門家の一致した意見は、とりわけ外国が絡んだ場合は、戦争の泥沼化が武装勢力にとっての勝利となるということだ」と、ジョンソンは言う。「これまでの歴史を見れば、軍隊を送り込む側の国民は、果てしなく続く血みどろの膠着状態は支持しない」

「タリバンはそれを承知だ」と、ジョンソンは言う。「彼らに言わせれば『アメリカ人には時計があるが、こちらには時間がたっぷりある』のだ」

<本誌2018年12月11日号掲載>



※12月11日号(12月4日発売)は「移民の歌」特集。日本はさらなる外国人労働者を受け入れるべきか? 受け入れ拡大をめぐって国会が紛糾するなか、日本の移民事情について取材を続け発信してきた望月優大氏がルポを寄稿。永住者、失踪者、労働者――今ここに確かに存在する「移民」たちのリアルを追った。


ジェフ・スタイン(ジャーナリスト)

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