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「軟弱系」アイドル旋風に共産党は渋い顔?

ニューズウィーク日本版 2018年12月12日 14時40分

<オシャレなイケメン男性アイドル「小鮮肉」が大人気。年長世代には「女々しい」と不評だが、若い女性の支持を追い風にブームはまだ続きそう>

今年9月1日、中国のインターネットでちょっとした騒動があった。国民的な子供向けテレビ番組『開学第一課』の出演者に「軟弱な男の子」が多過ぎると、批判が巻き起こったのだ。

この10年ほど、中国のポップカルチャーは「小鮮肉」と呼ばれる若い男性たちに席巻されている。整った顔立ちにオシャレな身なり、スリムな体形に完璧な髪形をした男性アイドルたちのことだ。いま中国では、リー・イーフォン(李易峰)、ヤン・ヤン(楊洋)、ウー・イーファン(呉亦凡)、ルー・ハン(鹿晗)といった男性アイドルを見ない日がない。

『開学第一課』は、国営放送の中国中央電視台(CCTV)と中国教育省が共同で作る毎年秋の恒例の大型番組だ。それが「軟弱」な男性たちで埋め尽くされることに、一部の年長世代は我慢がならないのだろう。

中国の国営・新華社通信の匿名コラムも、小鮮肉たちを「娘砲」だと揶揄した。「女々しい男」という意味だ。子供や若者が小鮮肉に夢中になるあまり、社会に弊害が生じかねないと、コラムの筆者は指摘した。「民族復興の任務を担う人材を育むためには、若者を好ましからざる文化から遠ざけなくてはならない」というのである。

こうした発想は、中国では目新しいものではない。清朝の衰退期、中国のナショナリストたちは、中国人の精神的・肉体的な弱さが国の弱体化を招いたと考え、子供たちに肉体の鍛錬をさせるべきだと主張した。

毛沢東も初めて発表した論文「体育之研究」(1917年)で、中国人民の肉体的な弱さを厳しく批判した。「軍事の精神が奨励されていない。国民の肉体の状況は日々悪化している。極めて憂慮すべきことである」

それから約100年。今日の中国でも毛と同じ結論に達した人たちがいたようだ。最近、屈強な男性俳優が躍動する『戦狼2』(邦題『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』)や『湄公河行動』(邦題『オペレーション・メコン』)などの愛国プロパガンダ映画が相次いで公開されている。軍への入隊希望者を募るキャンペーンも活発になっている。

しかし、若者の小鮮肉好きには陰りが見えない。中国のポップカルチャーではよくある話だが、こうした男性アイドルももともとは「輸入品」だった。



始まりは、01年の台湾ドラマ『流星花園』だ(原作は日本の少女漫画『花より男子』)。名門大学のキャンパスに君臨する資産家一族の御曹司4人組(「F4」と呼ばれている)と、彼らとぶつかり合う女の子を軸にストーリーが展開する。

『流星花園』はアジアの女性をとりこにした。中国の女性も例外ではなかった。4人組が戯れるオープニングに始まり、大邸宅のバスタブで物思いにふける俳優のジェリー・イェンをなめ回すように映すシーンなど、若い女性の性的・情緒的欲求を強く意識した作品になっている。

アイドル産業で貿易黒字

00年代半ばになると、韓流ブームが到来する。09年には、同じく『花より男子』が原作の韓国ドラマ『コッポダナムジャ』(邦題『花より男子 ~ Boys Over Flowers』)が放送され、台湾版以上の大ヒットになった。

この時期、男性アイドルの美の基準が大きく変わり始めた。KポップやKドラマの男性たちは、メーキャップや時には美容整形により、いっそう外見に磨きを掛けるようになったのだ。

韓流ブームが中国本土に上陸した頃、中国では都市の中流層が増加し始めていた。そうした家庭に育った思春期の娘たちは、香港の往年の俳優アンディ・ラウやジェリー・イェンに夢中になった世代と違って、自由に使える小遣いを持っていた。こうして男性アイドル業界がビッグビジネスに発展するのに伴い、次々と新しいアイドルが登場するようになった。

Kポップブームが中国本土で一気に爆発したのは13年。それに火を付けたのは、前年にデビューした中韓混合グループ「EXO(エクソ)」だった。

EXO結成時の中国人メンバーであるウー・イーファンとルー・ハンの人気は絶大だった。ティーンエージャーの女の子たちは、うっとりした表情で2人の魅力を何時間も語り合ったものだ。2人はEXO脱退後も中国で一流企業のCM契約を次々と獲得するなど、トップアイドルの地位を築いている。

中国政府がこの状況に苦々しい思いをしているとしても、それを表には出していない。なにしろ小鮮肉たちのおかげで、中国は歴史上初めてアイドル産業で「貿易黒字」を計上できている。それに、小鮮肉をプロパガンダ映画に起用して、若い世代の国家への忠誠心を高めたいという思惑もある。



いずれにせよ、小鮮肉ブームの終焉が訪れる気配はない。今夏に放送が始まった中国本土版『流星花園』(舞台は上海)に登場する「F4」のメンバーは、絵に描いたような小鮮肉だ。9月にこの面々が『開学第一課』に出演し、「娘砲」批判が持ち上がるきっかけになった。

中国軍の未来は若い男性たちの肩にかかっているかもしれないが、中国が経済大国であり続ける上では若い女性たちの力がますます重要になっている。さすがの中国共産党も、女性たちの熱烈な支持を受ける小鮮肉を邪険にはできない。

<本誌2018年12月11日号掲載>



※12月11日号(12月4日発売)は「移民の歌」特集。日本はさらなる外国人労働者を受け入れるべきか? 受け入れ拡大をめぐって国会が紛糾するなか、日本の移民事情について取材を続け発信してきた望月優大氏がルポを寄稿。永住者、失踪者、労働者――今ここに確かに存在する「移民」たちのリアルを追った。


ローレン・テイシェイラ

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