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外国人材への日本語による日本語教育の限界 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年12月18日 15時50分

<教師も生徒も消耗するだけの現在の手法は、そろそろ限界なのでは>

入管法改正案の可決成立により、政府の説明によれば5年間で34万人という多数の外国人材が来日することになります。こうした人々に対応するために、日本語教育に関しても強化されるというのですが、これを機会に抜本的な見直しが必要と思います。

それは、「日本語で押し通す方法(直接法)」を止めるということです。

直接法とは、外国語教育にあたって、指導の現場では学習対象言語だけで押し通すメソッドであり、例えば営利企業の運営する外国語学校などでは、人気があります。つまり最初から最後まで英語漬けになるので、上達が早いだろうというのです。幼児や小学生などの英会話の早期教育でも、文法や翻訳を排除して、徹底して英語で押し通す方式が人気を博しています。

現在、日本における外国人向けの日本語教育は、特に民間の日本語学校などで行われている指導法はほとんどがこの方式です。つまり、最初から最後まで日本語で押し通す方法です。

では、日本語話者向けの英会話学校などでは「贅沢な教え方」と思われているこの方式が、どうしてコスト的にもより制約のありそうな国内での日本語学校で採用されているのかというと、そこには明確な理由があります。

例えば広東語を母語とする生徒に対して、広東語の説明を加えながら日本語を教える日本語教師というのは、非常に少ないわけです。ですから、日本語学校としては、生徒の第一言語(母語)が様々である中で、それぞれの母語での説明ができる教員はとても用意できません。ですから、多くの国から来た学生を集めて行う授業は「唯一の共通言語」である日本語ということになります。

しかしながら、それを考え直す時期に来たのではないかと思うのです。直接法が効果を発揮するには特殊な条件が必要だからです。

1つには、年齢が若いために文化の違いや文法などを「言語の外側で説明・納得させる」のが難しい場合です。そうした場合は、母語習得と同じように理屈抜きで対象言語を入れて行くしかありません。

2つ目は、知的能力が高く対象言語も相当に勉強した場合です。高校から大学レベルの留学生などの場合がこれに当てはまります。

3つ目は、特殊な職場環境に伴う言語で「経験の中で無意識に言語も習得する」という場合です。モンゴルから来た力士の日本語とか、英語圏に留学している日本人フィギュアスケート選手というような場合です。つまり全く新しい概念を対象言語だけで身体で覚えてしまうというパターンです。



反対に、自分の母語も価値観も出来上がっている成人で、対象言語ということでは初級から中級の場合は、直接法は理想的ではありません。外国語の文法や構文メカニズム、ニュアンスや心理のメカニズムについて、対象言語ではなく母語でキチンと理解し、納得する方が習得が早いし、心理的にも安定的に学べるということが、外国語教育の方法論としては、多数意見になっているのです。

現在の日本における日本語教育の1番の問題は、とにかく日本の文化や習慣、日本語の文法メカニズムやニュアンスなどについて、母語でしっかり理解させる教育体制がないことです。筆者の場合は、英語圏での高校から大学レベルの日本語教育には豊富な経験があり、また優秀な教師や優秀な指導法の例も多く見聞きして来ました。

例えば、学習者が成人の場合に例えば人にモノをプレゼントする際に「つまらないものですが」と言う日本語のストラテジーについては、「相手の審美眼を持ち上げることで敬意を表現」というメカニズムを母語で説明すれば「スッと入って行ける」わけです。その一方で、「日本語ではそう言わないと失礼になる」として日本語で「押し付けて」いっては、納得感が伴わないので、入るものも入りません。

もちろん、現時点で日本における日本語学校で指導にあたっている先生方の苦労や工夫にはリスペクトを感じますが、そろそろ限界ではないかと思うのです。とにかく、立派な大人に対して、例えば敬語表現をメカニズムの説明もなく、日本語だけで訓練してゆくというのは、教師も生徒も、お互いにかなり消耗するプロセスだからです。

また、今回の新制度では対象国が限定され、従って日本語学習者の母語も限定されます。つまりそれぞれの国からまとまった人数の人が来るわけですから、母語での文化や文法、会話ニュアンスの説明を加えた指導体制も取れるのではないかと思います。

例えば、技能実習生へのパワハラが問題になっています。多くの場合は悪質な事情があり、また多くの場合には、日本の受け入れ側が相手の文化を知らな過ぎるという問題もあるのかもしれません。ですが、その一方で、例えば仮に、ベトナムからの実習生が、日本の文化や日本語会話における心理メカニズムについて、ベトナム語でキチンとした理解ができるような指導がされていれば、誤解による対立の一部は回避できるのではないでしょうか。

日本の高校における直接法に似た「英語だけの授業」が非効率だという報告も、文科省にはそろそろ来ているのではないかと思います。外国人材向けの日本語教育についても転換を進めて、日本と日本語について母語での丁寧な理解を重ねる中で、日本が好きになり、日本社会に真に貢献する人材を育てていく時期ではないかと思います。

問題は教師です。そのような方針で、例えば「ベトナム語で日本語が教えられる日本語教師」「広東語で教えられる日本語教師」というのを、ベトナム語話者、広東語話者、日本語話者を母体にして養成して行く必要があります。そのことも含めて、日本語教育制度の全体が回るようにして行くこと、それが今回の政策を機能させるためには必要と考えられます。

*掲載時に「イマージョン方式」としていた表現を「直接法」に修正しています(2018年12月20日)。

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