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ファーウェイ事件で幕を開けた米中5G覇権争い

ニューズウィーク日本版 2018年12月20日 15時50分

<中国ハイテク企業の幹部拘束という衝撃的な事件が開戦を告げた、新時代の米中パワーゲーム>

カナダ司法省が12月1日、中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)副会長兼CFO(最高財務責任者)の孟晩舟(モン・ワンチョウ)容疑者を逮捕した。

逮捕容疑は詐欺行為。金融機関に虚偽の説明をしながら、アメリカが経済制裁を科すイランに製品を違法に輸出していた。孟は11日に保釈されたが、今後は身柄がアメリカに引き渡されるかどうかが注目される。

安全保障やサイバー政策の専門家らは、この逮捕容疑を額面どおりに受け止めてはいない。なぜなら、イラン制裁うんぬんよりも以前から米国と同盟国は、ファーウェイと激しいせめぎ合いを繰り広げていたからだ。

背景には、インターネットなどサイバー空間の主導権を中国企業または、その背後にいる中国政府に握らせまいとするアメリカ側の思惑がある。孟の逮捕は、中国の動きを阻止しようとする戦略の一環だと言える。

アメリカは何を恐れているのか。全てはこれまで中国政府がサイバー空間で行ってきた対米工作に起因する。中国はアメリカに対して何十年も激しいサイバー攻撃を行ってきた。世界がデジタル化され、ネットワークでつながるようになった2000年頃から始まった攻撃の標的は、政府や軍の機密情報だけでなく企業の知的財産にまで及ぶ。

アメリカも中国へのサイバー工作や、ハッキング容疑者の起訴などで対抗してきた。それでも、今では20万人とも言われるサイバー軍団を持つ中国が、これまでハッキングなどで盗み出した情報は、誰も正確に把握できないほど天文学的な量になる。

中国は、インフラなどの破壊を引き起こすような危険な攻撃は実施していない。だが、情報を盗むためにハッキングを成功させ、敵のネットワークに侵入・支配できれば、それはすなわち破壊や妨害行為も引き起こせることを意味する。情報を盗むために電力会社にハッキングで侵入できれば、内部をコントロールすることも、大規模な停電を起こすことも可能になる。

こうした危険性があるからこそ、サイバー空間は誰かが支配するようなことがあってはならない。それが今、中国によって牛耳られてしまう可能性が出てきており、アメリカは強く懸念しているのである。

その鍵となるのが、次世代の通信規格である5G(第5世代移動通信システム)の存在だ。私たちがこれまで利用してきた携帯電話などの通信機器は、1Gのアナログ携帯電話から、現在のようにスマートフォンがストレスなく使えるような4Gの通信規格に進化してきた。そして5Gの時代が間もなく始まる。



5Gは4Gの100倍とも言われるほど超高速の通信を可能にし、生活のほとんどがIoT(モノのインターネット)などを介してネットワークで接続される。インフラ、医療、産業、サービス、教育といった分野から、政府や軍、軍事産業などもつながっていく。個人の健康状態から家計、朝ご飯のメニューまで、全てがネットワークを介して記録されていくだろう。

5Gのインパクトは計り知れない。特に安全保障面で、世界各国が対応についての協議を急いでいる。筆者が最近入手した米政府の内部文書は、「5Gは、単純に現在の4Gより速い速度の通信、ということではない。この次世代の通信技術は、アメリカを世界中の競合から一歩抜け出すことを可能にし、米国民に安全で信頼できるインフラを提供することになる」と指摘。その上でこう警鐘を鳴らしている。「5Gはチャンスなのだ。このチャンスを手にしなければ、中国が政治や経済、そして軍事でも勝利することになる」

サイバー掌握は抑止力にも

中国は、インターネットなどのインフラにおける覇権を狙ってきた。政府は、世界各地で通信機器や電話やデータの基地局などに、中国製品が導入されるよう後押し。米政府に言わせれば、中国はライバルから盗んだ知財で品質を向上させながら、そのライバルよりも数段低い価格設定で商売をしている。

そのおかげで、5Gのインフラ機器のシェアでも中国は現在、優勢になっている。先述の米政府の内部文書によれば、「中国は、ファーウェイが国外で同社製品の導入契約を推し進めることができるよう、融資額の限度を1000億ドルに拡大している。中国は積極的な価格設定、外交的なサポート、国外における贈賄(と疑われるもの)などの手段を合わせて、光ファイバーやルーター、さらに無線インフラ分野であっという間に市場シェアを獲得した。それにより、5G市場におけるリーダーシップも手中に収めようとしている」。

また、ファーウェイは早くから5Gの技術開発にも乗り出し、09年以降6億ドル以上の研究費を投入。数多くの特許も取得している。17年時点で、5Gネットワークに必要となる重要な特許1450件のうち、10%はファーウェイなど中国企業の技術が占めている。いち早くシェアを確保して市場の主導権を既成事実化するだけでなく、5G時代に不可欠な特許技術も押さえておこうという戦略だ。



もう一つ懸念されているのは、中国の法律だ。中国には、政府から命じられれば民間企業や人民は、治安当局に協力と支援をする義務があると定めた法律がある。欧米はファーウェイと中国政府は手を組んでいるとみる。

とにかく、サイバー空間のインフラを掌握すれば、有事の際にも中国は基地局やスマホの通信を遮断してしまえる。少なくとも、それを実行できるという脅威を世界に与えることが可能になり、それが軍事的な抑止力にもなり得る。アメリカはそうした事態を恐れている。

インフラを牛耳れば、これからさまざまなものがつながる世界で支配権を掌握できる――。80年代後半から「情報を支配する者は世界を制する」と「インフォメーション・ウォーフェア(情報戦争)」の重要性を見据えてきた中国には、5Gこそその集大成とも言えるだろう。

今回の逮捕で加速しているファーウェイつぶしは、世界に波紋を広げている。日本も来年9月には5Gの「プレサービス」がスタートし、20年には「商用サービス」が開始される予定だ。だが5G導入に向けて準備を始めていた通信大手各社は、中国製品の排除を決めている。特に協力関係が強かったソフトバンクも、ファーウェイ製品を今後使わないと発表した。

元欧米情報機関のサイバー担当者は今週、筆者の取材に「情報関係者の間では、中国政府がアメリカの通信機器メーカーを国内から締め出す報復措置を取る可能性を検討しているとみられている」と話した。

米中のサイバー覇権争いは5Gの到来を前に、泥沼化の様相を呈している。

<本誌2018年12月25日号掲載>



※12月25日号(12月18日発売)は「中国発グローバルアプリ TikTokの衝撃」特集。あなたの知らない急成長動画SNS「TikTok(ティックトック)」の仕組み・経済圏・危険性。なぜ中国から世界に広がったのか。なぜ10代・20代はハマるのか。中国、日本、タイ、アメリカでの取材から、その「衝撃」を解き明かす――。


山田敏弘(国際ジャーナリスト、マサチューセッツ工科大学〔MIT〕元安全保障フェロー)

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