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日本の生産性低下を招いた、2つの根本的な原因 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年12月20日 15時15分

<特に製造業の生産性が低いのは、高付加価値産業へのシフトに失敗したこと、生産拠点だけでなく研究開発機能も国外に出してしまったことが大きな原因>

ここ数年、日本の生産性を示す統計が出るたびに「G7の中で最低」だとか、先進国中で「20位」、長期バカンスを取る「ラテン系」のスペインやイタリアより低い、そんな「自虐的な報道」が恒例になっています。今年も12月19日に日本生産性本部が統計を公表しましたが、同じようなニュアンスの報道が多かったようですで。

今回は2017年のデータが発表されたのですが、日本の「時間あたり生産性」はOECD加盟国中20位、「就業者1人当たりの生産性」は21位と、確かに惨憺たる状態が続いています。

その原因として対面型コミュニケーションにこだわり、原本主義や捺印などによる膨大な文書の管理をし、会議や行事あるいは謝罪なども含めた「セレモニー過多」といった日本型の事務仕事というカルチャーがある、そんな理解も広まってきました。

また、年功で昇進した管理職の専門スキル不足のために組織にスピード感がないとか、「おもてなし」と言われる過剰サービスが安く買い叩かれている、そんな議論も多くなってきました。いずれも正しい指摘だと思います。

こうした問題の改革は待ったなしですが、それ以前の問題として、どうして日本の生産性、特に製造業の生産性が低いのかという根本的な2つの原因については、誤解が多いようです。

1つ目の誤解は、80年代までは高付加価値産業だったエレクトロニクスなどが、価格破壊という時代の波にさらわれて、アジア諸国と比較して価格競争力が下がったというストーリーです。

まるでアジア各国に世界の工場の地位を奪われ、同時に価格破壊でデフレ体質になったのだから日本経済は被害者というような解説ですが、これはおかしな話です。戦後の日本経済は、自転車や玩具などの軽工業からオートバイ、そして造船や繊維へと産業構造を転換していきました。

そして家電や自動車が主要産業になるにつれて、造船や軽工業といった産業は他のアジア諸国に譲っていったのですが。同じように、80年代から90年代にかけて、自動車や家電が競争力のあるうちに、より高付加価値の宇宙航空、金融、ソフト、バイオ、製薬、エネルギーなどの産業へのシフトを開始すべきでした。



ですが、そうした産業構造のシフトは遅れてしまいました。資金不足ということもありますが、教育や人事制度などが中進国型であったことが、大きく足を引っ張ったのです。その結果として、日本経済全体としては競争力を喪失していったのです。アジア諸国の価格破壊に敗北したのではなく、より高付加価値な経済への脱皮に失敗したのです。バブル崩壊はその結果であり、原因ではありません。

2つ目の誤解は、現在、日本の多国籍企業の多くは史上空前の利益を上げている、それにもかかわらずそのカネが日本国内に還流しないのは、各企業が「ケチ」であり、賃上げや設備投資を怠っているからだという批判的な解説です。

多国籍企業の多くが空前の利益を上げているのは事実ですが、ではその利益はどこから来るのかというと海外市場からです。例えば、自動車産業の場合は、北米が稼ぎ頭ですが、昔のように大量の完成車輸出はしていません。商品企画や技術開発、デザインなども海外、生産はもちろん海外、部品も多くは海外となっており、売り上げも利益も海外で発生します。

もちろん日本企業の場合は決算をすると、そうした海外子会社の利益も全部連結されますし、アベノミクスの円安のおかげで円建てでは膨張して見えます。史上空前の利益というのは、そういうことです。では、海外で稼いだカネはどこへ行くのかというと、日本の本社が貯め込んでいるのではなく、海外に再投資されるのです。

普通、産業の空洞化と言うと、生産コストを下げるために、途上国などに生産拠点を出していくわけです。ところが日本の多国籍企業の場合は、生産を市場に近接したところへ出していくだけでなく、多くの場合は先端的な研究開発の機能まで他の先進国に出してしまっています。

結果として、日本国内にはそれこそ非効率な日本語による事務機能や、サービスの安売りしか残らないということになります。多国籍企業は別にケチなのではありません。売上利益は史上空前でも、その半分以上は海外で発生して海外で再投資され、従って国内の生産性の基本となるGDPにも入らないのです。

日本経済の生産性を問題にするのであれば、この2点の誤解を解き、日本経済の置かれた問題をキチンと認識することがまず必要と考えます。

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