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日本の半導体はなぜ沈んでしまったのか?

ニューズウィーク日本版 2018年12月25日 10時19分

1980年代にアメリカを追い抜き世界一だった日本の半導体はアメリカにより叩き潰され、その間、韓国が追い上げた。土日だけサムスンに通って破格的高給で核心技術を売りまくった東芝社員の吐露を明かす時が来た。

日本の半導体産業を徹底して潰したアメリカ:常に「ナンバー1」を求めて

1980年代半ば、日本の半導体は世界を席巻し全盛期にあった。技術力だけでなく、売上高においてもアメリカを抜いてトップに躍り出、世界シェアの50%を超えたこともある。特にDRAM(Dynamic Random Access Memory)(ディーラム)は日本の得意分野で、廉価でもあった。

それに対してアメリカは通商法301条に基づく提訴や反ダンピング訴訟などを起こして、70年代末から日本の半導体産業政策を批判し続けてきた。

「日本半導体のアメリカ進出は、アメリカのハイテク産業あるいは防衛産業の基礎を脅かすという安全保障上の問題がある」というのが、アメリカの対日批判の論拠の一つであった。日米安保条約で結ばれた「同盟国」であるはずの日本に対してさえ、「アメリカにとっての防衛産業の基礎を脅かすという安全保障上の問題がある」として、激しい批判を繰り広げたのである。

こうして1986年7月に結ばれたのが「日米半導体協定」(第一次協定)だ。

「日本政府は日本国内のユーザーに対して外国製(実際上は米国製)半導体の活用を奨励すること」など、アメリカに有利になる内容が盛り込まれ、日本を徹底して監視した。

1987年4月になると、当時のレーガン大統領は「日本の第三国向け輸出のダンピング」および「日本市場でのアメリカ製半導体のシェアが拡大していない」ことを理由として、日本のパソコンやカラーテレビなどのハイテク製品に高関税(100%)をかけて圧力を強めた。

1991年7月に第一次協定が満期になると、アメリカは同年8月に第二次「日米半導体協定」を強要して、日本国内で生産する半導体規格をアメリカの規格に合わせることや日本市場でのアメリカ半導体のシェアを20%まで引き上げることを要求した。1997年7月に第二次協定が満期になる頃には、日本の半導体の勢いが完全に失われたのを確認すると、ようやく日米半導体協定の失効を認めたのである。

時代は既に移り変わっていた

しかし、第二次協定の満期によって、日本がアメリカの圧力から解放されたときには、時代は既に激しく移り変わっていた。



80年代の全盛期、日本の半導体は総合電機としての自社のエレクトロニクスを高性能化させるサイクルの中で発展してきた。当時筆者は一橋大学にいて日立HITAC(ハイタック)の大型コンピュータを用いて分子間相互作用を分析するコンピュータ・シミュレーションを行っていたが、CPUタイムなどの関係上、シミュレーションが終わる前にタイムアウトしてしまって速度相関関数やそのスペクトルの計算に困難を来していた。そこで理研に通って富士通FACOMを使わせてもらいシミュレーションを完遂させたりしたものだ。それによりアメリカのアルゴン研究所がIBMを使って計算する速度相関関数やそのスペクトルと同等に競争することができた。つまり、日立や富士通などの大型計算機はIBMに近づいており、他のハイテク製品の性能を高めるための半導体の開発は、アメリカを凌いでいたと言っても過言ではない。

ところが1993年にインテルがマイクロプロセッサーPentiumを、 1995年にはマイクロソフトがPC用のOSであるWindows95を発売すると、世の中はワークステーション時代からPC時代に入り、いきなりインターネットの時代へと突入し始めた。

それまでのDRAMは供給過剰となって日本の半導体に打撃を与え(DRAM不況)、二度にわたる日米半導体協定によって圧倒的優位に立ったアメリカ半導体業界が進めるファブレス(半導体の設計は行うが生産ラインを持たない半導体企業)など、研究開発のみに専念する生産方式についていけなかった。時代は既に設計と製造が分業される形態を取り始めていたのである。

当時の通産省が率いる包括的な半導体産業に関する国家プロジェクトは、分業という新しい流れについていくことを、かえって阻害した側面がある。

一方、バブルの崩壊なども手伝って、1991年ごろには日本のエレクトロニクス関係の企業は、半導体部門のリストラを迫られていた。

「土日ソウル通い」:日本の半導体技術を「窃取した」韓国

リストラされた日本の半導体関係の技術者を韓国のサムスン電子が次々とヘッドハンティングしたことは周知の事実だろう。また2014年には、東芝のNAND型フラッシュメモリーの研究データを韓国企業に不正に流出させたとして、東芝と提携している日本の半導体メーカーの元技術者が逮捕されたこともある。

しかし、こんなものは実に「かわいい」レベルで、もっと凄まじい「窃盗まがい」のことが起きていた。



日本の半導体関係の技術者がリストラをひかえて窓際に追いやられていた頃、技術者の一部は「土日ソウル通い」をしていたのである。

そのころ筆者は留学生の相談業務に従事しており、リストラなどで困っている日本人に対しても無料奉仕で手助けをしてあげていたことから、「とんでもない事実」を知るに至った。実際に筆者に相談をしにきた人物が吐露した事実を記そう。相談業務には守秘義務があるため書くことは出来ないが、これは全くの番外編で、ただ単に親切心から相談に乗ってあげただけなので、今となっては事実を書くこともそろそろ許されるだろう。

その人は元東芝の社員で、非常に高度な半導体技術の持ち主だった。しかし半導体部門が次々に閉鎖され、上級技術者もリストラの対象となって、すでに「もしもし」と声がかかるようになっていた。解雇は時間の問題だった。そういった人たちのリストを韓国は手にしていた。そこで水面下でこっそりと近づき、甘い誘いを始めたのだ。

金曜日の夜になると東京からソウルに飛び、土曜と日曜日の2日間をかけて、たっぷりとその半導体技術者が持っている技術をサムスン電子に授ける。日曜日の最終フライトで東京に戻り、月曜日の朝には何食わぬ顔をして出社する。

土日の2日間だけで、東芝における月収分相当の謝礼を現金で支給してくれた。領収書なしだ。

「行かないはずがないだろう」と、その人は言った。

「長いこと、東芝には滅私奉公をしてきました。終身雇用制が崩れるなどということは想像もしていなかった。だというのに、この私を解雇しようとしているのです。それに対して韓国では、自分が培ってきた技術を評価してくれるだけでも自尊心が保たれ、心を支えることができる。おまけに1ヵ月に4倍ほどの給料が入るのですよ。行かないはずがないでしょう!」

それに「土日のソウル通いは、私一人ではない。何人も、いや、おそらく何十人もいるんですよ!」と、自分の罪の重さを軽減させるかのように顔を歪めた。

彼の吐露によれば、それは「韓国政府がらみ」で、サムスン電子単独の行動ではないというのである。

恐ろしいのは、その次のステップだ。

「彼らはですね。私たち技術者を競わせて、そのときどきに最も必要な技術者を引っ張ってくる。半導体も、どのようなハイテク製品を製造するかによって内容が変わってきます。私ら、やや古株から吸い取れる技術を吸い取り終わると、なんと突然"解雇"されるわけですよ。もっとも、闇雇用ですから、"解雇"という言葉は適切ではないんですがね......。要は、"用無し"になったわけです」



失業者になったので、噂を聞いて、筆者の研究室を訪れたのだという。

この時には、東芝からは、まさに正式に「解雇」されていた。

これら一連の吐露の中で、最もショックを受けたのは「だから、誰もが韓国側から"解雇"されまいと、より核心的で、より機密性の高い東芝技術を韓国側に提供するわけですよ。"土日ソウル通い"者同士が競い合うのです」という件(くだり)だ。韓国側の関連企業同士も謝礼を上乗せして競い合ったという。

「東芝は認識しているのだろうか?通産省はこういった事例を把握しているのだろうか?」

複雑な正義感が頭をよぎったが、筆者を信用して相談に来た失業者を守ってあげなければならないという気持ちが、そのときは優先した。

見るも無残な日本半導体の現状

アメリカの半導体市場調査会社IC Insightsの統計によれば、2017年の世界半導体メーカー売上高トップ10の第一位を飾っているのはサムスン電子で、あのインテルを追い抜いている。2018年ではサムスン電子の前年比成長率は26%であるのに対し、インテルは14%と、インテルとの差を広げている。日本は1社(東芝)が辛うじて滑り込んでいるありさまだ。

ファブレス半導体メーカーに至っては、日本勢は1社もトップ10に入っていない。

同じくIC Insightsが2018年初頭に発表した統計によると、2017年のファブレス半導体メーカー世界トップ10は、アメリカ6社、中国2社、シンガポールと台湾各1社となっており、日本の半導体メーカーの姿はないのである。消えてしまった。

ファブレス半導体トップ10の第7位はHuaweiのハイシリコン社だが、Huaweiでさえ、ハイテク製品企業の研究開発部門を本社から切り離し、半導体の研究開発だけに特化できる会社としてハイシリコン社を立ち上げている。

日本は、これができなかった。

総合電機が半導体事業を抱え込んだまま沈んでいき、分社化する決断と経営の臨機応変さが欠けていた。

そして韓国が虎視眈々と東芝を狙っていた、あの「狡猾さ」というか「窃盗まがいの逞しさ」に気づかず、日本の当時の通産省が主導した半導体先端テクノロジーズ(Selete、セリート)に日本国内の10社以外に、なんとサムスン電子だけを加盟させて11社にし、サムスンの独走を許してしまったのである。



中国の半導体の動向に関しては新刊『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』で詳述したが、アメリカは同盟国である日本に対してさえ、アメリカを追い抜くようなことを絶対に許さず、「アメリカにとっての防衛産業の基礎を脅かすという安全保障上の問題がある」として日本半導体を潰してしまった。ましてや最大のライバル国(敵国?)である中国に対してなど、どんな手段でも取り、いかなる容赦もしないだろう。

言論弾圧をする一党支配体制の国を潰すのは歓迎する。

ただ、日本はアメリカの同盟国だったからこそ、抵抗できずに潰されてしまったが、中国の場合はそうはいかない。致命傷でも負わない限り、徹底して抵抗し続け、逆に強大化していく可能性(危険性?)を大いに孕んでいる。それは「中国製造2025」を完遂させるための中国の執念や人材の集め方などをご覧いただければ、ご理解頂けるものと信じる。

今やっかいなのは、日本が、中国のハイテク製品メーカーに日本半導体を使ってもらおうと、政府丸抱えで必死だということだ。特に半導体製造装置に関しては日本はまだ優位に立っており、中国の日本への視線は熱い。

さて、いま日本はいかなる立ち位置で、どこにいるのか――。

東芝の経営体制や韓国側のモラルが問題なのか、日本全体の産業政策が間違っていたのか。

あるいはアメリカには何を言われようとも、何をされようとも、日本は文句が言えない立場にあるのか?

東芝の元半導体技術者のモラルも問われないわけにはいかないだろうが、少なくとも東芝と当時の通産省(のちの経産省)などの脇が甘かったことだけは確かだ。

サムスンとの経緯を踏まえながら、ともかく日本の国益をこれ以上は損なわないよう、日本国民は強い自覚を持たなければならないし、日本政府には熟考をお願いしたいと思う。

[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』(2018年12月22日出版)、『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中英文版も)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など多数。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)

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