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「ハウス・オブ・カード」の米俳優ケビン・スペイシー、7日に出廷へ──セクハラ、性的暴行疑惑とアーティストの関係とは

ニューズウィーク日本版 2019年1月7日 18時0分

数々の映画やネット・ドラマで、名優として高い評価を受けてきた米俳優ケビン・スペイシー。2017年秋、何件ものセクハラ・性的暴行疑惑が明るみに出て、そのキャリアは一気に停止状態となった。

スペイシーは米ネットフリックスの人気ドラマシリーズ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」で主役を演じていたが、複数の疑惑が持ち上がったことでネットフリックス側は撮影を中止。すでに撮影を終えて公開の一歩手前だった映画「ゲティ家の身代金」では代役を見つけ、スペイシーの出演部分は撮り直しとなった。

疑惑発覚後、公の場には姿を現していないスペイシーは、昨年12月24日、「ハウス・オブ・カーズ」で演じた「フランク・アンダーウッド」として心情を吐露する動画を公開した。フランクは権謀術数を駆使して大統領にのし上がる冷酷な男という役柄だ。
▽動画「Let Me Be Frank」(「正直に話させてくれ」と「フランクにならせてくれ」の二重の意味がある)
Let Me Be Frank https://t.co/OzVGsX6Xbz— Kevin Spacey (@KevinSpacey) 2018年12月24日

サンタクロースの絵柄が入ったエプロンを身に着けたスペイシーは、キッチンで洗い物をしながら次第に凄みを増す目つきと声音でこう語りかける。「自分がやっていないことに対して、犠牲を払うつもりは全くない」、「証拠もないのに、最悪の行為を信じたりしないだろうね?」、「事実を確かめずに結論に飛びついたりするなよ」。

「フランク」という役柄を通じて自己弁護をしたかのようなスペイシーだが、自分の心情を伝えるためにドラマの登場人物の姿を借り、いかにもの作り声で語るスペイシーの姿には気味悪いものがあった。彼にとって、「素」を出すことはそれほどつらいことなのか。

ネット上では、「いつまでも支援する」という好意的なメッセージとともに、「気味悪い」「やめたほうがいい」という声もたくさん寄せられた。

動画が公開された日、米マサチューセッツ州の検察当局は、10代の少年に対する強制わいせつ・性的暴行容疑でスペイシーを訴追したと発表した。

今月7日、スペイシーは同州ナンタケットの裁判所に罪状認否のために出廷する。スペイシー側は本人が直接出廷することを回避するための書簡を送っていたが、裁判官はこの願いを拒否した。

疑惑の概要

本人の出廷にまで及んだ事件は、2016年に発生したとされる。

スペイシーは、テレビのニュース番組の司会者だったヘザー・アンルー氏の当時18歳の息子に、ナンタケットにあるバーでアルコール飲料を飲ませたという。マサチューセッツ州で飲酒が許されるのは21歳からだ。その後、酔わせた息子のズボンに手を入れ、股間をまさぐったという。2017年11月、記者会見を開いた母は、涙を浮かべながら一部始終を説明し、警察に被害届を出したと語った。



スペイシーの性的暴行疑惑が最初に報道されたのは、2017年10月末。俳優アンソニー・ラップが1986年のある事件を告発した。ラップによると、当時14歳だったラップがスペイシーのアパートを訪れたとき、スペイシーは横たわったラップの上に自分の体を重ね、「誘惑しようとした」という。

スペイシーはそのようなことをした「記憶はない」が、酔った上での行為についてラップに謝罪した。同時に、過去には男性とも女性とも性的関係を持ったが、これからは「同性愛の人間」として生きていくとツイッターで宣言した。

同性愛であることをカミングアウトするとしても、実に奇妙なタイミングを選んだものだとして、多くの同性愛者から反発を受けた。

翌日から、次々とスペイシーに何らかのセクハラ、あるいは性的暴行を受けたとする人々が声を上げだした。

イギリスに住む筆者にとって特に衝撃だったのは、スペイシーがロンドンのオールドビック劇場で芸術監督を務めた時代(2004年から15年)にセクハラ・性的暴行が何件も発生していたという疑惑が報道されたことだった。

筆者を含めてイギリスに住む多くの人は、「ハリッドの大スターがロンドンにわざわざ来てくれた」、「時間をかけて演劇界を活性化してくれた」と受け取り、スペイシーに感謝の気持ちを抱いていた。2015年、スペイシーにはKBE(大英勲章第2位)が授けられた。そんなスペイシーがまさか、ロンドンでおかしなことをしていたとは......。

劇場で働く20人にトラウマ

2017年11月16日、オールドビック劇場は調査結果を発表し、少なくとも20人がスペイシーによる「不適切な行動」のために苦しんでいることが分かった。16人は男性であった。

これまでにスペイシーは、1980年代から2000年代に発生したとされる一連の疑惑を否定している。

どこまでが実際に起きたことなのかは筆者には不明だが、推定無罪の原則があるにせよ、二桁の疑惑が出てきた以上、相手が十分に同意しない形で、スペイシーが何らかの性的行動に及んだ可能性は高いと言えるのではないか。

「相手が十分に同意しない」という部分は、スペイシーからすれば「同意していた」ように見えた部分もあるのかもしれない。

しかし、スペイシーが「芸術監督」あるいは「著名俳優」ということで、ノーと言えば、仕事に支障が生じるかもしれない恐れを人々が感じた場合もあるだろう。

米娯楽界でのセクハラ・性的暴行疑惑告発のきっかけとなった、ハリウッドの大物映画プロデューサー、ハービー・ワインスタインの事例がまさにそうだった。



「スペイシーのキャリアは終わり」、でいいか?

スペイシーは1959年、米ニュージャージー州生まれの59歳。俳優のみならず、脚本家、映画監督、プロデューサーとしても活躍してきた。

1981年にシェークスピア・フェスティバルで舞台デビューし、映画の初出演は「心みだれて」(1986年)。1991年には舞台劇「ロスト・イン・ヨンカーズ」で、名誉あるトニー賞を得た。

筆者の記憶に残るのは、名優ぶりを見せた「ユージュアル・サスペクツ」(1995年、アカデミー助演男優賞)、奇妙な家族関係をつづる「アメリカン・ビューティー」(1999年、アカデミー主演男優賞)。「本当に、上手な俳優だな」と舌を巻いた。また、宇宙人(?)を演じた「光の旅人 K-PAX K-PAX」(2001年)、大統領選挙を扱った政治ドラマ「リカウント」(テレビ映画、2008年)も忘れられない。今見ても遜色はない、優れた作品に違いない。

しかし、筆者が住むロンドンでも不適切な性的行動に及んでいたかもしれないという身近さに先の動画の気味悪さもあって、スペイシーの新たな作品への視聴には食指が動かない。

現実にはスペイシーのキャリアは終わったも同然だ。もし疑惑が真実で、何らかの犯罪が行われたとすれば、著名な俳優であろうとなかろうと、司法上の処罰を受ける必要がある。

しかし、アーティストに性的な疑惑が発生し、それで即その人のアーティストとしての人生が終わりという流れに異論を唱える人もいる。

ウッディ・アレンも そしてあの著名アーティストも

イギリスの名女優ジュディ・デンチは、昨年9月、スペイシーを弁護する発言をしている。

疑惑発覚後に、映画「ゲティ家の身代金」の監督リドリー・スコットがスペイシーの出演分を「削除」し、代わりにクリストファー・プラマーをあてて映画を完成させて公開したことに言及し、こう述べた。「過去に間違った行為をした人は消されるということでいいのでしょうか......歴史から取り除いてしまうのですか?」 例えどんな理由があっても、「映画から消してしまうことに私は賛同できません」。

米映画監督ウッディ・アレンも、スペイシーとやや似た状況にいる。

養女ディランにアレンが性的に不適切な行為を行ったという元妻ミア・ファローの主張(1990年代)が、ワインスタイン疑惑の発覚(2017年秋)で再注目されることになった。

2017年12月、ディランは米紙に「#MeToo革命はなぜウディ・アレンを見逃すのか」と題する署名記事を書いた。著名俳優が続々とディランへの支持を表明した。アレンの映画「マジック・イン・ムーンライト」(2014年)に出演したコリン・ファースも今後、アレンの映画には出ないと宣言する始末となった。



昨年12月には元モデルのクリスチーナ・エンゲルハルトが、1970年代、自分が17歳未満の時にアレンと性的関係を持っていたと雑誌のインタビューの中で述べた。ニューヨーク州で性的合意の年齢は17歳である。

エンゲルハルトはアレンに対し「何の不満も持っていない」と述べており、アレンを非難するために過去を暴露したわけではないようだ。しかし、ディランの例も加味すると、「少女に違法に性的関係を迫る男性」というイメージが強化された格好だ。

アレンの最新作は「ア・レイニー・デー・イン・ニューヨーク」で、2017年秋にすでに撮影は終了しているが、公開時期は未定のままだ。

アレンも、スペイシーも映画界でのキャリアが事実上、停止してまった。

どちらの場合も、裁判で有罪となったわけではない。しかし、社会での評判が大きな要素になる職業のため、関係者が手を引いたような状況だ。また、「スペイシーの過去の作品を見ていると、現在の疑惑のことが気になって集中できない」という視聴者もいて、難しい。

両者の活動が停止してしまうことについては、賛否両論があるだろうと思う。

スペイシーに関しては、筆者はまず事実を知りたいという思いがする。

ただし、同意があったのかなかったのかについては意見が分かれそうだ。何年もあるいは何十年も前の出来事であれば、どちらの場合でも証明はさらに困難になる。

アレンの疑惑の1つは養女に対する性的暴力だったが、実の娘との性行為がのちに判明したアーティストがいる。

ロンドンの地下鉄「オックスフォード・サーカス駅」から歩いて数分で、BBCの放送センターのビルに行き着く。左側にあるのは旧・放送センターの建物で、外壁にはイギリスの彫刻家・書体デザイナー・版画家として知られるエリック・ギル(1882-1940年)が製作した作品が飾られている。

シェイクスピアの「テンペスト」に触発された作品で、「プロスぺローとエアリアル」(1932年)という題がつく。

実の娘や犬と性行為

1989年に出たギルの伝記本の中で、ギル自身が書いた日記の内容が紹介されており、それによると、ギルは姉妹、実の娘二人や犬と性行為を行っていた。出版後、この彫刻は「取り去るべきだ」とする声が一部で上がった。

筆者はこの事実をBBCのある番組を見ていた時に知った。衝撃を受けたし、どこかの美術館で公開されているのであればともかく、公共放送としてのBBCの建物の外壁に置かれていることに納得がいかなかった。


ギルの「プロスぺローとエアリアル」(BBCのアーカイブサイトより) 



BBCは、ギルの作品を外壁から取り外す予定はないようだ。イギリス各地の教会や美術館に置かれているギルの作品を撤去するべきという声も、今のところ静まっている。自伝で暴露された衝撃的な事実があっても、作品は作品として評価し、そのままにしておくという方針が採用されたことになる。

事実が発覚した時にジルはすでに亡くなっていた一方で、ワインスタイン、スペイシー、アレンの場合は疑惑が現在進行中だ。それでも、ワインスタイン事件をきっかけに始まった、性的被害にあった女性や男性たちが声を上げる「#MeToo運動」では、今年、疑惑をかけられた側の処遇はどうあるべきかについても、議論が深まってゆきそうだ。

[執筆者]
小林恭子(在英ジャーナリスト)
英国、欧州のメディア状況、社会・経済・政治事情を各種媒体に寄稿中。新刊『英国公文書の世界史』(中公新書ラクレ)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)

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小林恭子(在英ジャーナリスト)

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