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米国境の「壁」と政府閉鎖の背景にある、トランプの論理破綻 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2019年1月10日 15時0分

<メキシコ国境の「壁」建設に関する議会対立でアメリカの政府閉鎖が続いているが、問題を長引かせているのはトランプ自身の論理の迷走>

アメリカでは、トランプ政権と議会の対立により予算が成立せず、「政府閉鎖」という状態が続いています。この政府閉鎖は、近年ではクリントン政権やオバマ政権のもとでも起きています。いずれも共和党が歳出の削減を含む財政規律を要求し、これに対して民主党側が削減を拒否して対立したことが原因でした。

今回の政府閉鎖の原因はもっと具体的なものです。トランプ大統領は、2016年の大統領選の際に公約したように、メキシコとの国境に「壁」を建設する予算を要求しています。金額は57億ドル(約6200億円)で、議会はこれに同意していないので、予算が通らないのです。

政府閉鎖といっても、最初は「不要不急」である国立公園や博物館が閉鎖される程度の問題だったのが、長期化するにつれて「政府職員の離職」、「空港保安職員の欠勤増でセキュリティ・チェックが混雑」とか「確定申告の受付システムが稼働できない」「食品衛生検査がストップ」といった深刻な影響が出始めています。

そこで、大統領は今週8日にこの件で直接国民に語りかけるとして、テレビ演説を行い、またその翌日9日には野党である議会民主党の指導者と会談するとしていました。

どちらも実施はされたのですが、テレビ演説は従来の主張の繰り返しに終わり、民主党との会談は「大統領が席を蹴って退出」という結果となりました。本稿の時点では、解決のメドは立っていません。

対立が長期化している背景には、大統領サイドの論理が迷走しているという問題があります。4つ指摘できると思います。

1つ目は、そもそも「どうして国境に壁が必要なのか?」という理由付けです。

まず大統領は選挙戦を通じて「メキシコ国境から入ってくる不法移民は犯罪者だ」というキャンペーンを張りました。選挙演説の際に、不法移民によって家族が殺害された遺族を登場させるなどして、不法移民イコール悪というイメージを植え付けようとしたのです。

ですが、実際の不法移民の犯罪率は低いことから、この主張はトーンダウンして行きました。そこで、今度は「移民キャラバン」が危険だとして、中間選挙の際には「排外キャンペーン」を行って、保守層にはある程度アピールすることに成功しました。



ところが、その後、国境で拘束された不法入国者の子どもが2人たて続けに亡くなるという事件があり、この「移民キャラバンへの憎悪」を煽る作戦もできなくなりました。そこで今度は「イスラム原理主義のテロリストがメキシコ国境から入ってくる」とか「多くのアメリカ人の命を奪っているヘロインが密輸されている」という理由付けをしたのですが、いずれも虚偽であることが明らかとなっています。

そんな中、9日には大統領の長男であるドン・ジュニアが、「国境の壁は動物園の柵のようなもので、柵がなかったら危険」という、まるで移民が人間でないかのような発言をして批判を浴びています。

とにかく肝心の理由付けが迷走しているために、メディアも、そして議会の民主党にしても共和党にしても、大統領の巨額な予算要求を受け入れることは不可能となっています。

2番目の問題は、選挙公約として「壁の建設費用はメキシコ政府に負担させる」とまったくブレることなく叫び続けた問題です。この点を突かれると、大統領は「北米自由貿易協定(NAFTA)」の改訂で、アメリカに有利になるように、条件の変更ができたので、「メキシコは間接的に壁の費用を負担」しているという無理な主張をしています。

3番目の問題は、大統領自身が「政府閉鎖」のことを「問題だと思っていない」ということです。「数カ月、いや数年閉鎖してもいい」などというのですが、その理由としては「政府職員の多くは選挙でヒラリーに入れた連中だから」というのです。

4番目の問題は、このままでは議会が同意する可能性はないので、大統領の職権で「国家非常事態宣言」を行い、一方的に57億ドルの歳出を決定するという手段を、大統領が検討しているという問題です。

大統領は「国家的危機」だとしていますが、メディアや議会は「テキサスやカリフォルニアの知事が全く平静なのに、どこに危機がある?」とか「トランプの作り出した人道危機はあるが」という立場で、全く理解が得られる可能性はありません。

一部には8日のテレビ演説で大統領は「非常事態宣言を強行」するという観測がありましたが、大統領は見送っています。その一方で、現在もホワイトハウスは「オプションの1つではある」としているようです。

一見すると、大統領と議会が対等の立場で「全く譲らない」状況のように見えますが、こうした4つの問題を検討してみると、大統領側では論理の迷走がひどくなっています。だからこそ、「譲歩したら一気に支持を失い再選の道が閉ざされる」として強硬になっているとも言えますが、その危機感や焦りが、外交のミスなどにつながる可能性も指摘されています。トランプ政権は、非常に危険な状態にあると言えるのです。

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