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米朝核交渉を頓挫させる、北朝鮮のある「誤解」

ニューズウィーク日本版 2019年1月12日 14時30分

<「米軍が韓国に核を隠している」という懸念を払拭して、米朝間の信頼構築を優先すべきだが>

私の質問に、韓国の政府高官は一瞬、沈黙した。米朝の協議が暗礁に乗り上げていた18年12月後半、朝鮮半島の「非核化」が具体的に何を指すのかという単刀直入な問いをぶつけたときのことだ。

この問いこそ、18年6月のシンガポールでの歴史的な米朝首脳会談で始まった核交渉の中核だ。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の側近であるこの高官は深いため息をついて言った。「一致した見解はない。韓国とアメリカの間にも、北朝鮮とアメリカの間にも。そして率直に言えば韓国政府内部にさえも」

一時は雪解けムードが漂った米朝関係が再び冷え込んでしまったように見える最大の理由はそこにある。

ドナルド・トランプ米大統領は金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との首脳会談後、北朝鮮の核問題は「おおむね解決された」と宣言した。だが交渉は行き詰まり、北朝鮮は11月に予定されていたマイク・ポンペオ米国務長官と金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党中央委員会副委員長の協議をキャンセル。約1カ月後の12月10日にアメリカが制裁強化に踏み切ると、北朝鮮は交渉を「永遠」に阻止する「最大の計算違い」になり得ると警告した。

トランプが大々的にアピールした米朝の関係改善に懐疑的だった人々にとっては、米朝交渉の行き詰まりはまさに予想どおりの展開だ。非核化への道はトランプ政権が公言するよりはるかに複雑なものだ。

アメリカは、北朝鮮が「最終的かつ完全に検証された非核化」に応じることが最初のステップだと主張し、核開発のこれまでの成果を全て申告することを求めている。そうした条件をクリアした後でなければ、経済制裁の解除やそれに伴う諸外国からの巨額の投資、朝鮮戦争終結といったメリットを享受することはできないという主張だ。

だが、これは北朝鮮にとってはあまりに非現実的な要求だ。「何も起きないうちに一方的に武装解除するよう要求されているわけで、とても受け入れられないだろう」と、先の韓国政府高官は言う。

戦術核は90年代に撤去済

米政府は民主化後の南アフリカやソ連崩壊後のウクライナのように自ら率先して核開発計画を取りやめた国を例に挙げて、北朝鮮に働き掛けてきた。同じようにすれば、北にも資金が流れ始める、というわけだ。

だが、このアプローチは米朝間の不信の根深さを無視していると、対北外交に携わってきた複数の米外交官が指摘している。

北朝鮮の言う朝鮮半島の非核化が何を意味しているのか考えてみるといい。北朝鮮は韓国がアメリカの核の傘から外れることを望んでいるが、それだけではない。彼らはアメリカが今も韓国国内に秘密裏に核兵器を保有しているという、誤った確信を抱いている。



12月20日の声明で、北朝鮮はアメリカが「朝鮮半島の地理を学ぶべきだ」と批判。朝鮮半島には「北朝鮮の領土に加えて韓国全域が含まれており、アメリカはそこに核を含む侵略的な戦力を配置している」と訴えた。

実際にはアメリカは1990年代前半に韓国から全ての戦術核を撤去しているが、北朝鮮はアメリカを非難する国内向けプロパガンダのような主張を対外的にも使っている。米軍の北への侵攻が朝鮮戦争勃発の引き金を引いた(実際は金の祖父である金日成〔キム・イルソン〕が南に攻め込んだ)、アメリカは朝鮮半島を永遠に分断し、いつでも北を攻撃できる態勢を取ろうとしているといったプロパガンダと同じ路線だ。

北朝鮮の指導者層が国内向けにこうした主張を展開するのは、貧困対策より軍備増強を優先させることを正当化するためだというのが、多くの外交アナリストの見立てだった。しかし、北朝鮮はアメリカや韓国との外交交渉でもこうしたおかしな主張を繰り返している。北朝鮮のプロパガンダに詳しい韓国のある学者は「彼らは公的に語ったことを信じる傾向にある。それが彼らのDNAの一部だ」と言う。

金はアメリカが韓国に核兵器を隠していると本気で信じているのか。真相は分からないが、ある米高官は、金の軍事顧問の一部は恐らくそう信じているだろうと指摘する。

「21年までの非核化」は無謀

これは問題だ。アメリカは北朝鮮の非核化プロセスにおいて、国際的な査察と核関連施設の常時モニタリングが不可欠と考えている。では北朝鮮が同じように、韓国国内の米軍と韓国軍の基地の査察を要求したらどうなるだろうか。

米朝協議でこの点が議題に上がったことはないし、仮にあったとしても米韓が受け入れることはあり得ない。だが、こうした要求が議論される可能性が存在すること自体が、米朝協議の脆弱さを示している。

北朝鮮は、米朝関係は「信頼構築」を優先して「一歩ずつ改善する」必要があるとして、北朝鮮に非現実的な要求を突き付けてトランプの歓心を買おうとするポンペオを批判した。実際、再選を目指すトランプは、金との「ディール」の成功をアピール材料にしたがっている。

皮肉な話だが、米国務省内にも当面は信頼関係の構築を優先すべきだという北朝鮮の見解に賛同する声は少なくない。彼らは本心では、2021年までに北朝鮮の非核化を実現するというトランプ政権の公の立場を無謀な目標と考えている。

まずは米朝の実務者レベルやIAEA(国際原子力機関)などの個人的な接触から始め、信頼を積み重ねることで、北朝鮮の核関連施設におけるIAEAの核安全基準の適用を模索する。北朝鮮が非核化に向けた具体的なステップに踏み出す見返りとして、早い時期に韓国から北朝鮮への資金の一部流入を認める。そして、韓国国内の核兵器保有に対する北朝鮮の懸念を和らげる方策を探る――。

多くの北朝鮮ウオッチャーは、アメリカが北朝鮮の非核化を本気で実現させたいのであれば、こうした段階を踏むことが必要だと考えている。

しかし今のところ、現実には正反対の結末――北朝鮮が対話に背を向け、トランプと金の首脳会談が単なるスタンドプレーだったことが露呈する――が待ち受けている可能性が高い。

<本誌2019年01月15日号掲載>



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ビル・パウエル(本誌シニアライター)

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