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米中月面基地競争のゆくえは? 中国、月裏側で植物発芽成功

ニューズウィーク日本版 2019年1月16日 13時15分

14日、中国は月裏側で植物の発芽に成功したことを伝えるとともに国家宇宙局が月面基地建設を各国と協力すると発表した。アメリカも一昨年末に月面基地を目指すとしているが、米中の基地建設競争のゆくえを追う。

月裏側で人類最初の一葉の緑葉

1月15日、重慶大学の協力により月面探査機「嫦娥4号」に積み込まれた「綿、アブラナ、ジャガイモ、シロイヌナズナ、酵母およびキイロショウジョウバエ」の6種類の「生物」を入れた実験筒から、一葉の新芽が芽吹いたことが発表された。

発芽させる装置が一番よく分かるのが百家号の「月面に初めての花がやがて誕生する」で、こちらのページも視覚的に見やすい。

中央テレビ局CCTVや人民日報由来の映像はこのページをご覧になるとリアリィティがあるかもしれない。

国家航天局(宇宙局)が月面基地建設方針を表明

1月14日、国務院新聞弁公室では国家航天局(国家宇宙局)の呉艶華副局長による記者会見が行われ、嫦娥6号、7号、8号に関する計画を初めて発表した。

それによれば、今年の年末ごろに新たに「嫦娥5号」を打ち上げるが、月探査に関しては、いくつかの段階の任務があるとのこと。

「まず5号は月の岩石などのサンプルを地球に持ち帰り、6号は月の南極などで探査を進める。月の裏側か正面かに関しては、5号のサンプル採取の状況によって決める。7号は月面南極に着陸を予定し、月面の地形、物質の成分、空間環境などを総合的に観測。8号は科学的な観測実験以外に非常に重要な月面実験を行う予定だ」と呉艶華は述べた。

具体的には「中国、アメリカ、ロシアおよびヨーロッパ諸国は、どの国も月面に科学研究のための基地を創るか否かに関して検討している。たとえば3D印刷の技術を用いて、月面の土壌を利用した建物を建築できるかなどを実験する科学研究ステーションを創るか否かなどである。われわれ(中国)は、8号の実験結果の一部を用いて、各国と共同で月面基地を創るための初期段階の探査をする用意がある」とのこと。

昨年12月11日のコラム「習近平の狙いは月面軍事基地――世界で初めて月の裏側」で、中国が「月面資源基地」を創ることは確実であると書いた。拙著『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』でも、そのことを予見した。しかし、こうして国家航天局が直接肉声で発表したのは初めてである。

月面基地建設を国際協力すると表明したのも初めてのことだ。

中共中央・国務院・中央軍事委員会が祝賀

中国は嫦娥4号に搭載していた月面ローバー(探査車)の「玉兎2号」を月面に降ろして地質構造や資源などを調査しているが、1月11日には着陸機に搭載されている地形カメラが「月の360度撮影」を遂行した。それを中継衛星「鵲橋(じゃっきょう)」が地球上に伝送してきて、中国は歓喜に沸いた。



CCTVや新華網などが一斉に「中共中央、国務院、中央軍事委員会」が嫦娥4号の月探査に成功したことに対して祝賀の辞を送ったと伝えた。文字化したサイトは、こちらで見ることができる。

祝電の中で、「これは習近平同志を核心とする党中央の指導の下、宇宙戦線が自力更生を堅持し自主創新が人類未踏の偉大な成功を収めた何よりの一歩である」という類の礼賛が続いたが、「両弾一星」精神が讃えられていることが注目される。

「両弾一星」とは「弾道ミサイル、核爆弾、人工衛星」の意味で、毛沢東が唱えた国家戦略である。拙著(『「中国製造2025」の衝撃』)のp.225やp.269などで、それが現在の習近平政権に、どのような影響を与えているかを述べた。宇宙開発に関しては、中国は昨日や今日の着手ではなく、1950年代の朝鮮戦争の時から始めている。

米中宇宙競争のゆくえは?

アメリカのオバマ政権がうっかりしている間に、中国は宇宙開発に関しては、どうやらアメリカの一歩先を行ってしまったようだ。

習近平の国家戦略「中国製造2025」の脅威に気が付いたトランプ大統領は、2017年12月11日、「宇宙政策大統領令」を発布し、ペンス副大統領を議長とする国家宇宙評議会を復活させた。その方針に沿って2018年10月5日に開催された国家宇宙会議でペンスは「アメリカが再び宇宙分野でリーダーシップを取ることを全世界に宣言する」と言っている。

しかし、「宇宙政策大統領令」では、「アメリカは、長期的な開発と利用のために月に人類を再び送り、火星とその他の有人ミッションへと続くプログラムを主導する」としているものの、具体的な日程も手段も明示されていない。そもそも予算が審議されていないので、理念はあっても経費の確保が成されていないのである。

そのような中CCTVは1月11日、中国政府のアカデミーの一つである中国工程院の院士で中国月探査総設計師の呉偉仁氏を取材し、「面対面、人類一大歩」という番組を放映している。

それによれば嫦娥4号は、アメリカに対して位置情報を発信する発信機を搭載しているという。アメリカの科学者から頼まれて、月面着陸地点をアメリカに事前に知らせてほしいと懇願されたのだとのこと。

呉偉仁は「アメリカの科学者がまた、中継通信衛星"鵲橋号"を使わせてくれないかと言ってきた。鵲橋号の寿命をできるだけ長く保たせて、アメリカに使わせてほしいと頼まれた」と述べている。その科学者は「なんとか近いうちに月の裏側にアメリカの探査機を軟着陸させたいが、どうしても中継通信衛星がないと通信ができないから」と頼んできた。



これに対して呉偉仁は、「科学者同士として、『いいよ』と回答した」というのだ。

CCTVの記者は、中国が心血を注いできたものをアメリカに使わせるのかと、気色ばんだ顔で質問をぶつけた。米中の間には敵対的で激しい競争が展開されていることを念頭に置いたのか、「相手に機密技術を言わないという選択もあるのでは?」と迫った。

すると呉偉仁は「たしかに国と国の間のことを考えると、相手に言わない協力しないという選択もある。しかし科学者同士は国際的に協力し交流するのは当たり前だ」と答えている。

膨大な予算と年月を費やして、ようやくラグランジュ「L2」点で引力のバランスを取りながら定点的に宇宙空間に静止して浮いている中継衛星「鵲橋号」を、ライバル国であるアメリカの科学者に貸すというのである。科学者と言ってもNASAが動かなければなるまいに。

「L2」点を突き当てて、そこに静止して浮かばせ、アンテナの役割をさせ続けるなどということは至難の業だ。非常に高度な技術が要求される。それに成功した千載一遇のチャンスだからこそ、多くの国に享受してもらう「大国の姿勢」が必要だと呉偉仁は言う。

えっ――?!

耳を疑った。

中国に「大国の姿勢」などと言われると、何とも心地いいものではないが、それにしても、これだけ激しい米中貿易摩擦がある中、月面基地をめぐっても米中が激しい競争を展開すると予測されるが、それがこのような形で協力するということなどがあり得るのだろうか?

もし「ある」とすれば、「習近平とトランプの闘い」は、どうなるのか?

中国共産党の報道局であるCCTVで放送したのだから、この番組も中共中央の許可が下りていなければならないが、成り行きがどうも気になる。

アメリカを排除することなく、あるいは「従えて」、国際社会のトップリーダーになろうというのが、中国の最終的な覇権の形だというのだろうか?

たしかに「中共中央・国務院・中央軍事委員会の祝賀の辞」の中には、習近平がよく使う(偽善的で戦略的な)「人類運命共同体」という言葉がある。しかしそうであったとしても、言論弾圧をする国が宇宙支配のトップに立って人類をリードしていくなどということになったら、どれだけ恐ろしい未来が待っていることか。

それを考えたら、トランプには「壁」の問題などで政府機能を停止させてほしくないし、また日本も「中国への協力を強化する」などと、恐るべき未来を予測しない安易な発言をしている場合ではないだろう。

中国の宇宙開発は着々と進んでいる。この現実を直視し、これが何を意味するかを深慮すべき時が来ている。


[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』(2018年12月22日出版)、『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中英文版も)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など多数。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)

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