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ウイグル弾圧は中国宗教迫害の序章なのか

ニューズウィーク日本版 2019年1月18日 17時10分

<宗教への締め付けが強まり、募るイスラム嫌悪......ウイグル人以外にも矛先が向かう日は近い?>

ニューヨークのNPOアジア・ソサエティーで先頃、中国西部の新疆ウイグル自治区でイスラム教徒のウイグル人を中心とする人々が100万人、またはそれ以上も当局によって強制収容されている問題を討議するイベントが行われた。その際、ある中国系の若者が筆者にした質問は胸騒ぎを覚えさせた。

「私は回族です」と、彼は言った。回族は中国最大のイスラム教徒グループだ。「中国内の回族の間では、ウイグル人の次は自分たちだとの恐怖が募っています。既に『反ハラール』の攻撃があり、回族の飲食店の窓が割られる事件が起きている。これからどうなると考えますか」

回族やその他の中国のイスラム教徒にとって現状は暗い。18年12月中旬には、いくつかの省でイスラム教の戒律にのっとって処理されたハラール食品の基準が廃止されるなど、ハラール事業への弾圧を強めた。しばらく前まで、輸出目的で政策的に奨励していたとは思えない変わりようだ。

今月初めには、国内の著名なモスク(イスラム礼拝所)3カ所が閉鎖され、抗議行動が起きた。各地では多くのモスクが閉鎖、あるいはより中国的とされる建築様式への改装を迫られている。モスク内では習近平(シー・チンピン)国家主席の肖像が目立つ場所に掲げられ、壁にはマルクス主義の標語が躍る。

中央に疑われないように

中国のイスラム教徒人口は2000万人超。政府が公認する55の少数民族のうち10民族が伝統的にイスラム教を信仰し、その中では回族とウイグル人が圧倒的に数が多い。この国におけるイスラムの歴史は1000年以上前にさかのぼるほど古く、信者が支配者側と衝突する事件は過去にもあった。

イスラム少数民族の料理は中国各地に普及し、安価かつ人気の料理になっている。この手のレストランは大抵、壁にアラビア語の文字や有名なモスクの写真などを飾る。だが5年近く前に始まったイスラム嫌悪の高まりを受けて、そうした装飾を撤去する店が増えている。

標的となっているのはイスラム教だけではない。中国政府は全ての宗教に対して、国家による管理と監視を要求している。従来の監視役は国家宗教事務局が担っていたが、同事務局は18年3月、党中央委員会直属の中央統一戦線工作部(中央統戦部)に吸収された。

事務局の消滅で、宗教団体との協力関係もほぼ失われた。長らく事務局長を務め、比較的穏健派として知られた王作安(ワン・ツォアン)は中央統戦部の副部長の1人に昇格したものの、実際には部下も権限もない閑職状態だ。



「国家宗教事務局は宗教と党の間で、極めて重要な緩衝材の役目を果たしていた」。長年、中国の宗教NGOと仕事をしてきた匿名希望の欧米人はそう指摘する。「だが、事務局はあからさまな管理の道具に変化してしまった。以前は宗教をうまく機能させるために存在していたが、今では宗教を党のために機能させることが存在目的だ」

一方で、地方政府幹部は党内部で疑心暗鬼が強まる中で圧力にさらされている。そのため寛容な政策を捨てて、強圧的な手段を取らざるを得ない状況だ。

信者を取り巻く環境は厳しさを増している。キリスト教徒は各地で弾圧の嵐に直面しており、著名な聖職者の逮捕や教会閉鎖、聖書のオンライン販売禁止や十字架の撤去も起きている。チベット仏教への監視はこれまで以上に強化され、道教や仏教の場合でさえ建築許可申請を拒否されたり、公的な手続きが複雑化したりする羽目になっている。

とはいえ中国政府による宗教弾圧の最も顕著な例で、おそらく最も悪辣なのがイスラムへの敵意だ。その主な要因は、新疆ウイグル自治区で全体主義的体制が採用されたことにある。同自治区の治安当局は今や、どんなイスラム教の慣行も潜在的な過激主義の兆しと見なす。

ウイグル人への弾圧が強まっていたこともあって、その他のイスラム教徒はこれまである程度見過ごされていた。だが現在では、ほかの地域も新疆ウイグル自治区の過酷な反イスラム活動に倣い始めている。テロ対策に弱腰、あるいはイスラムのシンパだと中央政府に疑われては困るからだ。

「ハラール化」への怒り

不安がとりわけ強いのが、イスラム教徒家庭に生まれた党幹部だ。党に忠誠を誓いながら、ひそかに信仰に共感を抱く「裏切り者」として逮捕されたウイグル人幹部は数多い。

「回族出身の幹部は以前、回族問題に慎重に対処する手助けをしてほしいと、中国政府に頼られていた」と、イスラム教徒自治区に勤務する漢族の公務員は語る。「だが今では、回族出身なら回族に2倍厳しくしなければならない」

中央政府の動きは、国内に広がるイスラム嫌悪に後押しされている。ウイグル人差別は昔から存在するが、かつては信仰ではなく民族性が主な理由だった。新たな形の反感が芽生えたのは、14年3月に中国南部雲南省の昆明で起きたテロ事件がきっかけ。34人が犠牲になった事件の犯人はウイグル人過激派だった。

イスラムを嫌う中国人の想像力が生み出したのが、何もかも「ハラール化」する運動が起きているという主張だ。

食べ物は往々にして衝突の火種になってきた。ウイグル人の若者がしばしば文化的抵抗の証しとして非ハラールの店での飲食を拒む一方、新疆ウイグル自治区では、イスラム教が禁じる豚肉を強制的に食べさせる行為が日常化している。

イスラム嫌いの中国人にしてみれば、都合を押し付けているのはイスラム教徒のほうだという不満がある。そうした心理の背景には複数の不安が潜む。



中国人は食の安全に神経をとがらせている。中国語でハラールを指す「清真」は、文字どおりには純粋で清潔という意味であることから、ハラール食品の消費者は特権的立場にあるとの見方や、漢族は汚いと思われているとの考えが生まれた。それが、少数民族は政府によって優遇されているという漢族の根強い意識と絡み合う。

イスラム嫌悪には別の理由もあるのかもしれない。新たに台頭する漢族ナショナリズムには、国内で敵視する対象が不可欠だ。中国国民のうち圧倒的割合を占める漢族のナショナリズムは、一般市民レベルでも政策レベルでも露骨な高まりを見せ、政府の言説は民族ナショナリズム傾向を加速させている。

新しく形成されたアイデンティティーは多くの場合、強力な敵という存在の上に成り立つ。その役割にぴったりなのがイスラムだ。異国のものと見なされながら、それは中国各地に存在する。その教義は国家にとって容認不可能であり、テロを連想させるものでもある。さらに漢族の大多数は文化的にも政治的にもそれに魅力を感じない。

中国のイスラム教徒にとって、自らの信仰や歴史が敵視の的に転じた現状は既に悲劇的だ。だが事態はこれから、さらに悲惨なものになるかもしれない。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2018年01月22日号掲載>



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ジェームズ・パーマー (フォーリン・ポリシー誌シニアエディター)

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