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ブレグジットで孤立を深めるイギリスの悪夢

ニューズウィーク日本版 2019年1月25日 16時30分

<EUを離脱してより有利な貿易協定を結ぶもくろみは外れ、人口6600万人の「小国」イギリスはもはや世界から相手にされない>

テリーザ・メイ英首相の失敗は確実になった。1月15日、メイがまとめたEU離脱(ブレグジット)の協定案が英下院で432対202の大差で否決されると、彼女は険しい顔で宿敵のジェレミー・コービン労働党党首に向けて首を横に振った。だがメイは心のどこかで、コービンが彼女に浴びせた悪口雑言が正しいと分かっていたはずだ。

230票という大差での否決は政権にとって「破滅的」な敗北であり、英現代政治史において1920年代以来最悪の結果だ。3年近く前に始まったEU離脱プロセスへの保守党の対応は、コービンの言うように「全くの無能」と言わざるを得ない。

最悪なのは、今回の協定案否決がブレグジットが引き起こす問題の始まりにすぎないということだ。メイが以前に警告したように、北アイルランドとスコットランドが独自の道を選択してEUに残留したら、イギリスという国家は分裂し、存亡の危機に陥る恐れさえある。この危機は簡単に終わりそうになく、乗り越えるための確実な方法も見えない。

その上、イギリスはいつの間にか世界の舞台で孤立している。現状が続けば(それ以外の策は見当たらない)、3月29日をもってイギリスはEUから離脱し、EU加盟に付随する全ての権利を失う。

深刻なのは、関税なしでアクセスできたEUという5人規模の貿易圏を失うことだ。しかもイギリスを救うために、現状より有利な条件の貿易協定を提案してくれる国はない。特に長年の「特別な」同盟国、アメリカに全くその気はない。

ブレグジット推進派は当初、EUとのこじれた関係から解き放たれれば、アメリカを含む主要な貿易相手国とより有利な貿易協定を結べると期待していた。だがとりわけ相手がトランプ政権では、そんな話は夢物語だ。

アジアも欧州も助けない

「イギリスがアメリカやその他の国と自由貿易協定を結ぶ道筋は、少なくとも今後10年間ははっきりしない」と、欧州委員会の元幹部でジャーマン・マーシャルファンドの上級顧問マイケル・リーは言う。アメリカからオーストラリア、インドまで貿易相手国となりそうな国はこぞって、イギリスがとてものめそうにない開かれた貿易政策を要求している。

当初から離脱派を後押ししてきたドナルド・トランプ米大統領の存在は、メイにとって災厄そのものだ。ただでさえ困難な離脱プロセスが、トランプのせいで一段と困難を極めるだろう。



昨年、トランプはメイのEU離脱案を「EU側に有利な協定」と呼んでメイに不意打ちを食らわせた。その上で、英米間の貿易がより困難になる可能性があると懸念を表明した。「トランプは、どんな取引でもアメリカを最優先することを明らかにした」と、リーは言う。

さらに言えば、孤立したイギリスは、どの国にとっても最優先課題ではない。例えばオーストラリアとニュージーランドは現在、EUとの貿易協議をイギリスとの協議よりも優先して進めていると、リーは指摘する。5億人規模のEU市場は6600万人のイギリス市場より重要なのだ。

アジアも助けてはくれない。インドはより多くのビザの発行を求めているが、EU離脱後のイギリスには無理な要求だ。また米プリンストン大学のハロルド・ジェームズ教授(ヨーロッパ政治経済学)によれば、トランプ政権との関税戦争で四面楚歌に陥っている中国と新たに協定を結ぶことも「現時点では極めて難しい」という。

ブレグジットの先行きがどう転ぶにせよ、EUで、アメリカで、そして世界中でイギリスへの信頼は大きく損なわれたと、アナリストらは言う。EUがメイと交渉を重ねて作り上げた離脱協定案が、離脱後のイギリスの発言権を奪うような内容だったことを考えると、EU本部にはもはやイギリスを引き留める気はないのかもしれない。「ある意味でヨーロッパは既にイギリス抜きでやっていく準備を整えた」と、ジェームズは言う。

EU懐疑派に残した教訓

欧州議会選挙を5月に控えるなか、EU本部は加盟国内の反EU派を勢いづかせたくはない。たとえ英政府がブレグジットの賛否を問う2度目の国民投票に踏み切っても(その可能性がないわけではない)、ヨーロッパの主要国は懐疑的だろう。

「新たな国民投票の効果は、かなり疑わしい」と、ジェームズは言う。「もう一度やったら、またもう一度、さらにもう一度とならないだろうか」

ここで学ぶべき重要な教訓は、EUのような巨大な貿易圏から立ち去るのは極めて難しいということだ。イギリスとヨーロッパ大陸は愛憎入り交じる複雑な関係にあり、要するに結婚と離婚を繰り返したエリザベス・テイラーとリチャード・バートンのようなものだ、とジェームズは冗談めかして言う。

「地理的条件は変えられない。イギリスは対岸のフランスからわずか数十キロしか離れていない」と、ペンシルベニア大学経営大学院のマウロ・ギーエン教授も言う。「過去50年間、イギリスはヨーロッパと近い関係にあった。そしてヨーロッパは世界最大の市場だ」



WTO(世界貿易機関)の一員として、イギリスは他のWTO加盟国と開かれた貿易体制を維持する必要がある。それでも、金融や航空業界といったイギリスの主要産業が将来にわたって現在の強さと世界へのアクセスを維持できるかどうかは疑問視されていると、ギーエンは言う。例えば、イギリスに本社を置く格安航空会社イージージェットは、ヨーロッパ全域への就航を続けるために慌てて許可を取ろうとしている。

自らが招いた悪夢に直面するイギリスの苦悩は、欧州内の反EU派への警告となるだろう。「今のイギリスの状況が、EU懐疑派の人々をEU内部からの改革に向かわせている」と、ジェームズは指摘する。

イタリアの極右政党を率いるマッテオ・サルビニ副首相は先日、ポーランドのEU懐疑派で保守系与党の党首ヤロスワフ・カチンスキと会談。欧州議会内での各国の懐疑派による連携を模索している。「懐疑派も(離脱には)ノーと言うだろう。イギリスの二の舞いはごめんだ」

From Foreign Policy Magazine

<本誌2018年01月29日号掲載>



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マイケル・ハーシュ、キース・ジョンソン

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