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中国共産党の影が動画アプリ「TikTok」を覆う

ニューズウィーク日本版 2019年1月29日 20時0分

<サイバー空間でも強権を振るう一党独裁国家の巨大な影響力が世界進出を目指す中国IT企業の足かせに>

昨年12月にカナダ司法省が中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)の孟晩舟(モン・ワンチョウ)副会長兼CFO(最高財務責任者)を逮捕して以来、中国企業と米企業の緊張関係が世界の注目を集めている。

世界制覇の野心に燃える中国企業は、ハードウエア部門だけではない。消費者向けスタートアップのユニコーン(企業価値が10億ドルを超える非上場ベンチャー企業)も、世界のインターネットを中国化しようと挑んでいる。

なかでも12年創業のバイトダンス(北京字節跳動科技) は、国外で急激に市場を拡大している。昨年10月の資金調達では企業価値750億ドルと評価され、非上場のスタートアップとして世界最大となった。

主力のサービスは2つ。ニュースアグリゲーションアプリ「今日頭条(Toutiao /国外版はトップバズ)」は、基本的にフェイスブックのニュースフィードと同じだが、人工知能(AI)による(興味のあるニュースを推薦する)リコメンド機能が売りだ。

もう1つの「抖音(ドウイン)」は、6秒動画アプリのVINEに似たショートムービーアプリで、国外では「TikTok(ティックトック)」として絶大な人気を集めている。アメリカでは昨秋、最も多くダウンロードされたアプリになった。

バイトダンスの張一鳴(チャン・イーミン)創業者兼CEOは、20年までにユーザーの半分を外国人にするという目標を掲げる。中国の規制強化リスクを回避する狙いもあるだろう。

破格の評価額がついた大きな要因は、例えば騰訊(テンセント)が運営する携帯電話のチャットアプリ「微信(ウィーチャット)」と違って、国外でも成功できると証明したことだ。

ただし、その世界的な成功は、中国以外の消費者向けIT企業が経験しているのと同じ緊張をバイトダンスにもたらす。「人々がフェイスブックに向ける注目や不満と、まさに同じものを向けられる」と、IT情報サイト、テックノードのジョン・アートマン編集長は指摘する。

インドでは昨年、バイトダンスのニュースアプリが、選挙前に差別を扇動するフェイクニュースを流したと批判された。インドネシアでは「ポルノや不適切なコンテンツ、神への冒瀆」を理由に、TikTokのアクセスが約1週間、遮断された。

CEOが出した反省文

民主主義社会で受ける批判に対する準備不足も露呈している。YouTubeで昨夏、TikTokが子供の性的なコンテンツを容認していると非難する動画が話題になった。バイトダンスは著作権侵害を理由に動画の削除申請をしたが、拙速な申請だったことが判明し、さらに批判を浴びた。

このような反応は、中国企業と世界の間に大きなずれがあることを物語る。政府との協力関係やコンテンツポリシーに関する原則は、中国共産党の影響下で成長した企業とシリコンバレーの企業では、根本的に異なるはずだ。



国内では、バイトダンスは繰り返し共産党に屈服している。昨年4月には、ジョーク共有アプリ「内涵段子」が「低俗な」コンテンツを理由に閉鎖を命じられた。

張は反省文を公開。「社会主義の中心的価値観に不相応のコンテンツだった」と説明し、今後は「権威ある(党公認)メディアとの連携を深め、権威あるメディアのコンテンツの配信を増やし、権威ある(党公認)メディアの声を伝えることに力を入れる」と約束した。

バイトダンスの製品が政府の取り締まりを受けた後、抖音では、警察や軍を宣伝する動画が以前より頻繁に表示されるようになった。恐らくアルゴリズムのリコメンド機能をいじったのだろう。

ただし、中国企業が国外でシェアを伸ばすほど、共産党との関係や依存が注視されるようになる。国際社会では、中国の影響力と、公的領域でIT企業が果たす役割への懸念が高まっており、世界進出を目指す企業の足かせになりかねない。

グーグルやツイッター、フェイスブックは数々の批判を受けて、フェイクニュース対策に本気で取り組み始めた。バイトダンスも、現地の言語に精通したコンテンツ管理者の採用や、フェイクニュースの通報に賞金を出す試み、不審なアカウントの削除、地元のファクトチェッカーとの提携などを進めている。

企業に選択の自由はない

バイトダンスにはもう1つ、欧米のIT企業とは共有できない問題がある。常に中国政府の介入がちらついても、一企業には何もできないのだ。

中国政府はいずれ、バイトダンスのようなコンテンツプラットフォームが、国外の世論に対して持つ潜在的な影響力に気付くだろう。人々をニュースやエンターテインメントのアプリに依存させることは、世論を誘導する強力なルートになり得る。

例えば、バイトダンスのアルゴリズムを操作して、特定の候補者の当選を後押しすることも考えられる。それに比べたら、ロシアが16年の米大統領選でソーシャルメディアの宣伝に数百万ドルを投じたことなど、子供の遊びに思えてくる。

しかも、コンテンツ表示のアルゴリズムを微妙に操作するといった手法は、ロシアのような選挙介入より発覚しにくい。「有権者登録を忘れずに!」というメッセージを、特定の候補者の支持者に向けて多めに発信しても、気が付きそうにない。

とはいえ中国企業も、このような外交政策に関して、政府に進んで協力しているわけではない。エドワード・スノーデンが米国家安全保障局(NSA)による監視の実態を暴露した後、欧米の企業は、政府から情報提供を求められても抵抗している。消費者の信頼こそ、自分たちのビジネスの核心だと理解しているからだ。



中国企業も、政府への協力を疑われることのダメージを理解している。配車サービス大手の滴滴出行は警察からデータの提供を要請されたが、プライバシーを盾に2回にわたり拒否。最終的に段ボール数箱分の書類を提出したが、ほとんど役に立たない情報ばかりだった。

もっとも、一党独裁国家において、最終的に企業の側に選択肢はほとんどない。中国で17年6月に施行された国家情報法は、全ての組織と個人に、国の情報活動への協力を義務付けている。

バイトダンスは、国外での評価がリスクにさらされるとしても、中国政府を喜ばせることを最優先させるしかないだろう。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年01月29日号掲載>



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フィリップ・スペンス

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