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「戦後最長の景気拡大」には、どうして好況感が無いのか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2019年1月31日 16時15分

<アベノミクスが悪いのではなく、日本経済には構造的な3つの大きな要因がある>

政府が29日に発表した月例経済報告(1月期)では、景気に関する全体の基調判断を「緩やかに回復している」としました。これは前月の表現と同じ、つまり「据え置き」ということになります。ということは、景気拡大が途切れずに続いているということになります。

その「途切れずに」という期間ですが、第2次安倍内閣が発足した2012年12月から始まったとされており、その場合は、景気拡大期間は6年2カ月に及ぶ計算です。この点について、茂木敏光大臣(経済再生担当)は記者会見において、「(景気拡大は)戦後最長になったとみられる」と述べたそうです。

戦後最長ということになりますと、まるで高度成長時代を超えたというような状況に聞こえます。ですが、そのような好況感は社会にはまったく感じられません。

そこで野党などは「アベノミクスは失敗した」と非難しますが、理由のハッキリしない非難をされても、安倍政権としては流石に「そうですね」とは言えないわけです。ですから理由なき非難への反発から「戦後最長」などという過大評価が飛び出すのでしょうが、そんな論争をしていてもまったく不毛だと思います。

では、景気が拡大していても、どうして好況感がないのでしょうか。

3つ指摘ができると思います。

1つ目は、空洞化です。日本の多国籍企業は猛烈な空洞化を進めています。というのは、従来型の「より人件費の安い国に生産を移転する」ことによる空洞化だけでなく、「為替の変動対策や現地での雇用創出のため」に消費地に生産を移転すると同時に、「研究開発やデザインなど高付加価値部門を他の先進国に移転する」という人類の経済史上まったく類例のない行動を取っています。

これは日本国内が「英語が通用せず」「生産性が低く」「雇用体系が硬直化」しているからですが、国内の改革を進めるコストよりは、国内を放置して海外で付加価値を創出した方が簡単なので、多くの産業がそうしているわけです。

その結果、売上も利益も海外で発生します。そうなるとアベノミクスの円安効果で、決算をするときは円建て利益が拡大して見えて、空前の好決算になるわけですが、実態としてはその多くは日本のGDPとは無関係となります。

2つ目は、発展途上ではなく、衰退途上経済ということです。発展途上の場合は、生活習慣はまだ途上国型であり、生活コストも拡大しつつあってもまだ抑制されています。ですが、衰退途上経済では、衰退が始まっているのに、生活習慣や生活コストは先進国型だったりします。その中で、どうしても価格競争は厳しくなり、デフレ的な消費性向が国内経済の頭を押さえてしまうわけです。



3つ目は、産業構造の変化です。空洞化した自動車産業を抜いて、観光業がGDPへの貢献で首位になった、つまり日本の主要産業になっているそうです。観光というのは極めて労働集約型であり、個々の労働者に知的な高付加価値生産を求める性格の産業ではありません。プラスアルファの経済として上乗せされるのであればともかく、産業としての1人あたりGDPへの貢献は中進国水準以下であり、この産業に高度な教育を受けた労働力を消費している構造はマズいと思います。

ちなみに、これらの問題についてはアベノミクスに「罪」があるわけではありません。別に、円安で海外利益が膨張して見えるから空洞化が加速したわけではないですし、株は仮に円建てだけであっても高いに越したことはないわけです。ですから、「第三の矢」つまり構造改革が遅れている、いや進まないことには問題はあるものの、「第一の矢(円安から株高へ)」と「第二の矢(公共投資)」については失敗とは言えません。

ではどうすれば良いのでしょうか?

これは「第三の矢」を本気で進めることであり、生産性を上げるために仕事の進め方をいったん白紙に戻して改革することです。

具体的には、3つあります。

1つ目は、最先端分野に投資することです。宇宙航空、バイオ、製薬、金融、ソフト、などの分野で「部品産業ではなく最終製造メーカー」としての産業を真剣に立ち上げて、先進国の地位を取り戻すことです。

2つ目は、そのために国際的な人材マーケットに日本の労働市場を全面的に接続することです。企業共同体への帰属構成員という性格の労働者を絶無として、高生産性の専門職を育成し活用すること、同時に欧州やアジアに何もかもを奪われないうちに、社会を準英語圏にすることです。

3つ目は、そのための「リスクマネー」を引っ張ってくることです。国内にいくら個人金融資産があると言っても、高齢者の年金資産の場合はリスク投資には向きません。これに文句を言っても仕方がないので、リスクマネーを海外から引っ張ってくるしかないと思います。その結果として、価値のある部分が全部買われてしまうことのないように細心の注意が必要ですし、失敗すれば国の衰退は加速するでしょう。ですが、高度な教育を受けた人口がまだ厚く残っているうちに、思い切った投資を呼び込んで社会を改革しなければ、このまま本当に日本は衰退国家になってしまいます。

「戦後最長」はちっとも自慢になりません。そうかと言ってアベノミクスが悪いわけではありません。空洞化と産業構造の劣化を見つめて、根本からの構造改革をしなくては、好況感が全国に行き渡ることはないでしょう。

一つ提言ですが、多国籍企業の海外での収益はGDPとは無関係なのですから、この種の「景気判断」に入れる割合を低めないと政策判断を誤るのではないかと思います。

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