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混迷のベネズエラを切り裂く2人の大統領

ニューズウィーク日本版 2019年2月1日 17時0分

<マドゥロ現大統領に代わって国際社会の支持を集めるグアイド「暫定大統領」は崩壊した国家を救えるのか>

経済崩壊と深刻な社会不安が重なり、ニコラス・マドゥロ大統領への国民の不満が爆発している南米ベネズエラ。国内各地で反政府デモが勃発するなか、野党指導者のフアン・グアイド国会議長は1月23日、首都カラカスでの抗議集会で大観衆に向けて「暫定大統領」就任を宣言した。

ドナルド・トランプ米大統領は直後に、グアイドを暫定大統領として承認するとの声明を発表。その後、数時間のうちにコロンビアやブラジル、パラグアイ、ペルー、チリ、アルゼンチン、グアテマラ、コスタリカ、カナダなども相次いでグアイドを承認する意向を表明した。

マドゥロが2期目の大統領就任式に臨んでからわずか2週間足らず。独裁色を強めてきた反米左派のマドゥロの足元は大きく揺らいでいる。

国際社会とベネズエラの野党陣営では、マドゥロが再選を果たした昨年5月の大統領選は投票率が低く、不正が多発したために無効だとする声が強い。1月に入って国会議長に選出されたグアイドはベネズエラ憲法に基づいてマドゥロの正統性を否定し、大統領の座は空席だと主張。バス運転手から政治の道に入り、ウゴ・チャベス前大統領の側近として権力を拡大してきたマドゥロを「強奪者」だと非難している。

米ワシントンのシンクタンク、大西洋協議会ラテンアメリカセンターのジェーソン・マルチャクに言わせれば、最終的にはマドゥロの命運は軍部の動きに懸かっている。軍上層部はマドゥロを支持している一方、階級の低い兵士たちは経済危機に苦しめられている。

グアイドは軍部に恩赦と和解を約束することで、マドゥロ政権に反旗を翻すよう呼び掛けている。実際、1月21日には一部の兵士がカラカスの軍施設で反乱を試み、身柄を拘束される事件が起きた。「問題はこれを機に軍の内部に亀裂が生じて、マドゥロが重要な支持基盤を失うかどうかだ」と、マルチャクは言う。

トランプは声明で「ベネズエラの人々は勇気を持ってマドゥロと彼の政権に反対の声を上げ、自由と法の支配を要求した」とたたえた。ジョン・ボルトン大統領補佐官やマイク・ポンペオ国務長官、マルコ・ルビオ上院議員といった米政界の大物たちも声明やソーシャルメディアでマドゥロを糾弾し、グアイドが率いる国会こそ正当な政府機関だと訴えた。

マドゥロの続投を批判する声は国際的にも広がっている。OAS(米州機構)のルイス・アルマグロ事務総長はツイッターでマドゥロを「強奪者」と呼び、グアイドの暫定大統領就任を支持した。

今回の政変の背景には、分裂していたベネズエラの野党陣営がカリスマ的魅力を持つ35歳のグアイドの下で結集したことがある。グアイドが暫定大統領就任を宣言した1月23日は、1958年に軍事政権が崩壊した記念日。ベネズエラ国民はこの日、各地でマドゥロ退陣を求める大規模な抗議デモに繰り出した。



独裁色を強めるマドゥロは「不正選挙」を経て2期目に入ったばかりCARLOS GARCIA-REUTERS

反撃に出るマドゥロ政権

チャベスが掲げた「ボリバル革命」以来、ベネズエラ最大の産業である石油産出は汚職にまみれて壊滅状態に陥っている。深刻なハイパーインフレと食料品不足、病気の蔓延が重なり、豊かな石油埋蔵国の経済は今や崩壊寸前だ。

経済の混迷と政治的混乱から逃れるため、国外に脱出したベネズエラ人は人口の1割近い300万人に。そのうち100万人以上が難民や移民として隣国コロンビアに逃れている。

アメリカをはじめとする多くの国がグアイドの暫定大統領就任を承認したからといって、具体的にどのような影響が生じるのかは明らかでない。トランプ政権の反応を受けて、マドゥロは即座にアメリカとの国交断絶を宣言。ベネズエラ国内にいるアメリカ人大使館員に72時間以内の国外退去を求めた。

今回の動きは多国籍企業、なかでもエネルギー企業に大混乱をもたらす可能性もある。原油購入や生産契約の締結に当たって、ベネズエラ政府内の誰を相手にすればいいのか、判断できなくなるからだ。自分こそが唯一の正当な大統領だと主張する政治家が2人いるせいで、軍や情報当局などの政府機関がジレンマに陥ることも間違いない。

選挙操作や司法介入、政敵の投獄を行い、反体制派を繰り返し武力で弾圧してきた独裁政権を過去のものにし、民主主義的な政権移行に向けた針路を描くこと――それこそがグアイドと反マドゥロ勢力が直面する課題だろう。

グアイドと国会は軍高官に、マドゥロ側と手を切れば訴追しないと約束した。一方で専門家の間には、マドゥロと側近は終焉に向かう過程でグアイドの逮捕を目指し、反体制派つぶしを推し進めるのではないかと懸念する声がある。

「マドゥロ政権は武力を使うと脅すはずだ。この手法はチャベスとマドゥロ両政権の下で、反体制派を畏縮させ、恐怖心を植え付けるのに効果を発揮してきた」。ワシントンのシンクタンク、インターアメリカン・ダイアログのマイケル・シフター会長はそう指摘する。

「チャベスとマドゥロは優れた統治者ではないが、反体制派の分断には優れた手腕を発揮してきた。それこそ、彼らが一貫して出してきた『成果』だ」

分断された国家で、激しく敵対する各派をどう和解させるか。慎重かつ入念な策がなければ、マドゥロ政権はすぐに倒れるとの予想は見当違いになりかねないと、シフターは警告する。

「米政界では、いずれ暫定政府が誕生して現状が解決し、現政権は崩壊するとのシナリオが描かれている。だが、2つの物事の間には筋道が必要だ。(アメリカの政治家は)不透明な論理を飛躍させている」



アメリカは常に、ベネズエラの左派政府に強硬姿勢で臨んできた。トランプが大統領に就任してからは、ベネズエラの政府高官や企業を対象とする制裁措置を繰り出して、マドゥロ政権への圧力を強めている。さらなる経済的圧力をかければ、追い詰められたマドゥロにとどめを刺せるとみる向きは多い。

マドゥロを追いやるべく、米政権高官は1年近く前から「最終手段」を検討してきた。ベネズエラ経済の生命線である原油輸出に制裁を科すことだ。実施に踏み切れば政府の収入源を断てるが、一般市民の生活は輪をかけて苦しくなるだろう。

ある米上級高官は、グアイドが暫定大統領就任を宣言した1月23日、マドゥロが暴力で応じたり、誰であれ国会議員を標的にした場合には、「あらゆる選択肢を考慮する」と記者団に語った。

原油制裁という「鈍器」

原油輸出への制裁をめぐっては不安な点もある。アメリカはベネズエラの原油のお得意様なのだ。特にメキシコ湾岸にある製油所は、ベネズエラから大量の原油を購入してガソリンなどの製品に加工している。ベネズエラからの原油輸入の禁止は、米国内の製油所の首を絞めることになりかねず、ガソリン価格高騰を引き起こしかねない。

原油制裁という鈍器は有効かもしれないし、両国にとって逆効果になる可能性もある。米シンクタンク、民主主義防衛財団のシニアフェローのマシュー・ズワイグに言わせれば、「ローリスク・ハイリターン」な方法でマドゥロ政権に圧力をかけたいなら、既存の手法に倣うだけでよさそうだ。

米財務省は先日、ベネズエラの数少ない独立系放送局の1つを買収した企業幹部を制裁対象にし、放送局売却を解除の条件にした。この手のピンポイントの制裁を適切に実施すれば、マドゥロ一派を罰すると同時に、ある種の民主主義を回復できるだろうと、ズワイグは語る。

「体制の中枢を標的にし、彼らのカネと資産を取り上げること。それこそが効果的な方法だ」

From Foreign Policy Magazine

<本誌2018年02月05日号掲載>



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キース・ジョンソン、ロビー・グレイマー(フォーリン・ポリシー誌記者)

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