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ベネズエラ難民の支援で試される世界の良心

ニューズウィーク日本版 2019年2月2日 14時40分

<シリアさえ上回る規模の避難民を生んでいる、ベネズエラ危機の沈静化のために私たちができること>

かつてベネズエラは、中南米はもちろん、世界でも有数の豊かな国だった。しかし今、未曽有の経済危機で医療や教育などのサービスが崩壊の危機にあり、300万人以上が国を離れた。

今やこの国の危機で起きていないのは、内戦くらいのものだ。そして本当に内戦が起これば、前例のない危機がどこまで悪化するか想像もつかない。

ベネズエラの情勢が最も深刻な負のスパイラルに陥ったのは、ウゴ・チャベス前大統領が死去してからだ。いま1日に最大4万人のベネズエラ人がコロンビアに越境して生活必需品を買い、医療を受けている。このうち約5000人は国に戻らない。国内の混乱が深まるにつれて、国に帰らない人の数は増えている。困窮に耐え続けてきた人々の忍耐は、限界に達していた。

ベネズエラをめぐる今年の予測は、さらに深刻だ。インフレ率は1000万%という未曽有の数字に達するとみられる。国連の予測では今年中に避難民の数は500万人を超え、コロンビアだけで約200万人が流入するという。シリアの難民危機さえかすむほどの規模だ。

私はNGOの国際救済委員会(IRC)の親善大使としてコロンビアのククタを訪れ、ベネズエラを脱出した避難民にじかに話を聞いた。さぞ胸を打たれるだろうと思っていたが、味わったのは無力感だった。

この旅によって、それまでの思い込みは覆された。コロンビアでデジレーという女性と出会ったが、私の生い立ちとの共通点の多さに衝撃を受けた。デジレーには私と同じく夫と2人の子供がいて、学校の教師をして家族を養っていた。困窮生活は数年続き、今では家族に1日1食与える余裕もない。

彼女が涙ながらに語ってくれたのは、施しは受けたくないが、家族にできるだけのことをしてやり、受け入れてくれた社会に恩返しをしたいということだった。今年の願いは、わが子と教え子に未来を与えることだという。私の願いも彼女と同じだ。

コロンビア人の包容力

IRCは近隣国で、ベネズエラの子供たちやその家族に短期間の基本的な援助活動を行っている。しかし今は、医療や教育を提供し、難民認定を行うなどの長期的な支援策も必要だ。

近隣国はベネズエラからの避難民の受け入れに積極的だが、態勢は万全ではない。コロンビアをはじめとする国々は、難民認定を行い、収容施設や医療を提供するなど具体的な支援策を取らなくてはならない。



私の母国ブラジルなど一部の国々は、世界中の6800万人の難民・国内避難民への対応に関する国連の枠組み「難民に関するグローバル・コンパクト」からの脱退も辞さない考えを表明している。南米諸国は国際的な援助国と同様、ベネズエラの危機が大惨事に広がらないよう支援を拡大すべきだろう。

米上院では、アメリカに避難してきたベネズエラ人に一時保護資格(TPS)を適用する法案が超党派で提出された(TPSはアメリカにいるシリア、イエメンなどの出身者にも適用されている)。私たちの倫理と人道的な義務の表れとしては希望が持てる政策だ。

私は、コロンビアの人々が困窮したベネズエラ人を歓迎するのを目の当たりにした。手を広げて迎え入れ、家を提供し、仕事を世話する人々がいた。IRCのスタッフの1人は「私はコロンビア人だけれど、心はベネズエラ人と共にある」と言った。

難民を支援することで試されるのは、私たちの政策と人間性だ。私が出会った避難民は、私に心を開いてくれた。あるベネズエラ人の母親は「夢は決して失われない」と話してくれた。

一歩ずつ、少しずつでいい。ベネズエラの危機を解決し、彼らの夢が決して失われないよう、私たち一人一人にやれることは確実にある。

(筆者はブラジル系アメリカ人女優。ドラマ『ホームランド』や映画『デッドプール』に出演した)

<本誌2019年02月05日号掲載>



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モリーナ・バッカリン(女優・国際救済委員会親善大使)

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