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優秀な若者を教職に引き寄せてきた日本で、とうとう始まった「教員離れ」

ニューズウィーク日本版 2019年2月6日 16時0分

<教員給与が民間企業にくらべて高くない日本では、これまで教師への憧れややりがい感情に魅せられて若者の志望率が高かったが......>

「教育は人なり」と言うが、学校教育の成否は教員の専門力量による所が大きい。どの自治体も、優秀な人材を採用したいと願っている。

未来を担う青少年のうち、教員を志望する者はどれくらいいるか。OECDの「PISA 2015」の質問紙調査によると、日本の15歳生徒の教員志望率は6.7%となっている(OECD「Effective Teacher Policies」2018年)。30歳の時点で、この仕事に就いていたいと答えた生徒の割合だ。

同世代の15人に1人だが、このグループの学力水準は高い。数学的リテラシーの平均点は565点で、教員以外の専門職志望者の552点より13点高くなっている(同資料)。教員志望率と教員志望者の学力の相対水準をとった座標上に、65の国を配置すると<図1>のようになる。



横軸をみると、日本の生徒の教員志望率6.7%は真ん中よりやや高いという位置だ。トップはアルジェリアで23.0%にもなる。教員志望率は発展途上国で高い傾向にあり、どの国でも男子より女子で高い。教員は、女性が自立を図るための職業とみなされている。

縦軸は、教員志望者の数学的リテラシーの平均点が、他の専門職志望者に比べて何点高いかだ。これによると、前者の学力が後者に劣る国が多い(値がマイナス)。教員の待遇が良くないので、優秀な人材は他の専門職に流れるのだろう。

しかし日本は違っていて、学力が高い生徒を教員に引き寄せることに成功している。その度合いは世界でトップだ。その次が韓国となっている。両国とも国際学力調査ではいつも上位に食い込むが、これは教員の高いパフォーマンスゆえとも考えられる。

韓国は教員の社会的地位が高く、教員給与も民間に比して高いが、日本はそうではない。にもかかわらず優秀な生徒を引き寄せているのは、教員という崇高な職業への憧れ、やりがい感情に魅せられてのことだろうか。

国にすれば何とも都合のいいことだが、これがいつまで続くかはわからない。教員の劣悪な労働実態が世に知れ渡ったためか、若者の間で「教員離れ」が始まっていると言われる。



事実、教員採用試験の競争率も低下している。小学校教員採用試験の競争率は、ピークの2000年度試験では12.5倍だったが、2017年度は3.5倍にまで下がっている。受験者は4万6156人から5万2161人に増えているが、増加は主に都市部で、数としては受験者が減っている県が多い。その一方で採用者は増えているのだから、どの県でも競争率は下がっている。<図2>は、小学校教員採用試験の競争率で47都道府県を塗り分けたマップだ。



2000年度試験では38の県で10倍を超えていたが,最近はそういう県は皆無で5倍を超える県も4県しかない。最低の広島県は2.3倍で2人に1人が通る状況で、採用担当者は頭を抱えていることだろう。

競争率低下は採用者の増加による所が大きいが、受験者の減少も寄与している。現在は受験者を増やしている都市部も、こうした動きに侵食されない保証はない。公務員試験の競争率は景気動向と逆の動きをするのは知られているが、そのせいばかりにしてはいけないだろう。「教員離れ」が起きている可能性を疑ってみる必要がある。

最初のグラフで分かるように、日本は優秀な人材を教員に引き寄せるのに成功してきた。労働条件や待遇が良くないにもかかわらずだ。個々の教員の熱意ややりがい感情に寄りかかっているわけだが、こういう虫のいいやり方も綻びを見せ始めてきた。教員の専門職性を明確にし、働き方改革を断行しなければ、他国と同様、優秀な人材は他の専門職に流れてしまうだろう。

<資料:OECD「Effective Teacher Policies」2018年、
    文科省『公立学校教員採用選考試験の実施状況』>


舞田敏彦(教育社会学者)

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