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【写真特集】日本に暮らす普段着のムスリム

ニューズウィーク日本版 2019年2月7日 17時40分

<日本に暮らすイスラム教徒を17年にわたって見つめてきたフォトジャーナリストが捉えた、さまざまな個性を持つ一人一人の人間としての彼らの姿>

ムスリムの日常を撮りたいと思った。それも、日本に暮らすムスリムを。それにより、私を含めた非ムスリムと彼らとの違いとともに、共通点も見えてくるのではないか、そう考えた。

取材を始めたきっかけは、2001年の9.11米同時多発テロの後、テレビのニュースで日本に住むムスリムの姿を見たことだ。「イスラム教は平和を求める宗教です」と、彼らは短い映像の中で訴えていた。彼らの素顔を知りたいと思った。

その後、海外で事件が起きるたびに日本ではイスラム教への関心が一時的に高まり、またすぐに忘れるということが繰り返されてきた。だが改正入管法が国会を通過し、今後外国人労働者の増加が見込まれる今こそ、イスラム教という宗教と、ムスリムという人々について深く知るべきだと思う。

取材を始めてから17年の間に、日本のムスリム・コミュニティーは徐々に変化してきた。早稲田大学の店田廣文教授による推計では、2010年末に11万人前後とみられていた日本のムスリム人口が、16年末時点で約17万人に増加したという。

数が増えただけではない。取材を始めた当初は非正規滞在者が珍しくなかった上、ムスリムの外国人男性と日本人女性の国際結婚による家庭が大半だった。しかし今では正規の在留資格を持ち、母国の伴侶を日本に呼び寄せる外国人ムスリムが増えてきている。

近年、何より目立つのは若い世代が増えてきたことだ。取材を始めた頃、ムスリムの2世といえば小学生以下が大半だった。しかし今では成人して社会人となる若者も増え始めている。日本に移住してきた外国人や改宗した日本人の親と違い、日本生まれの若いムスリムは、より自然体で信仰を実践できる可能性を持っているように思える。

ムスリムであると同時に隣人

ムスリムの取材をするに当たり、これまでは彼らが日本社会で直面するムスリム特有の問題に注目してきた。例えば食事の制限があることや、職場や学校などでの礼拝場所の確保や服装の問題、あるいは子供たちのアイデンティティーの問題、ムスリムが日本で暮らす上で抱える葛藤などについてだ。

日本の他のメディアが彼らについて取り上げるときも、このような社会的問題に焦点を当てがちだ。実際に周囲の理解を得られずに困っているムスリムもいる以上、これらが必要な情報であることは間違いない。

しかし最近、ムスリムについて理解しようとするなら、イスラム教徒という側面だけを見ないほうがよいのではないか、と思い始めている。宗教的アイデンティティーに目を向け過ぎると、ムスリムであるが故に直面する問題や、非ムスリムとの違いにばかり目が行きがちになる。

彼らは常に問題を抱えているわけでも、周囲から配慮される側にばかり立っているわけでもない。それは東日本大震災などの際、ムスリムが積極的に被災者支援のボランティア活動に乗り出したことからも見て取れる。

また、どんなに熱心なムスリムでも起きている時間の大半を礼拝に費やすわけではない。彼らはムスリムであると同時に親であり子であり、同僚・同級生であり隣人である。

彼らの日常は、私や多くの読者のような非ムスリムとさして変わらない。彼らの「普段着」の姿を知ることで、彼らを「ムスリム」とひとくくりにするのではなく、さまざまな個性を持つ一人一人の人間として見ることができるのではないだろうか。

―佐藤兼永(フォトジャーナリスト)


自宅のベランダで洗濯物を干す小椋バルジ―ス。彼女の夫、真悟は母親がムスリムであるパキスタン人と再婚したのを機に、小学生の時に自ら改宗した。日本人と外国人ムスリムの間の結婚において、女性が外国人であるケースは比較的少ない。その中でも、日本人男性と結婚してパキスタン人女性が日本に暮らすというのは、日本のムスリム人口が増加した今でも珍しいケースだ


家族とピクニックを楽しむスリランカ人のモハメド・ヌーマンは14歳の時に父親の仕事の都合で来日し日本で育った

栃木県足利市のモスクの洗い場で髪をセットするモハマド・アウェース浩気ら日本で生まれ育った若いムスリムの中には、日本文化になじんだ形でイスラム教を実践する人々もいる


お昼休みに職場の更衣室で礼拝をするインドネシア人のデディ・サプルディン(左端)。トラックの整備をする彼は、同じ整備士として同僚との仲間意識を感じる一方、忘年会や飲み会などのお酒が出る場や、職場で礼拝をする時には自分がムスリムであることを意識するとも言う


ママ友や長女と、次男のサッカーの練習を見守るサバンマ真由美(左)。イスラム教に入信してから信仰にのめり込む時期もあったが、ムスリム以外との付き合いも大切だと思うようになった


取引先にお歳暮を渡すパキスタン人のチーマ・アルシャドは茨城県日立市で中古車販売店を営む


埼玉県の公立小学校の給食の時間にイスラム教の教義に沿った弁当を持参して食べる大久保泰(左端)

日本人の義父が営む農業法人で働くインドネシア人の増田リオ。来日するまで農業の経験はなかったという


スマートフォンで礼拝の時間を調べる本橋サリスは在日30年になり日本で2人の子供を育て彼自身もあと2年で還暦を迎える


キリスト教徒であるフィリピン人母娘と談笑するフィリピン人ムスリムの長瀬アガリン(中央)は毎日の礼拝などは実践するがスカーフはかぶらない。彼女は長年、フィリピン人女性を中心とした外国人移住労働者の支援活動に従事している


静岡県清水市内のイスラーム霊園にある前妻と娘のお墓の前で祈るバングラデシュ人のアハメド・ジャカリア


Photographs by Kenei Sato

撮影:佐藤兼永
1974年生まれ。フォトジャーナリスト。1999年米ミネソタ大学ジャーナリズム学科を卒業。留学中に自身が日本人というマイノリティーとして生活した経験から、帰国後は在日外国人など日本社会の「境界線に生きる人々」をテーマに取材をしている。近著に2015年『日本の中でイスラム教を信じる』(文藝春秋刊)

<本誌2019年01月22日号掲載>


Photographs by KENEI SATO

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