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米中「新冷戦」はもう始まっている

ニューズウィーク日本版 2019年2月7日 17時15分

<貿易戦争と並行してアメリカと中国の軍隊が西太平洋とサイバー空間でしのぎを削る>

「中国とはこうして戦え」と題して私がアトランティック誌に寄稿したのは、05年6月のことだ。当時の米軍はまだ中東地域などの武装勢力と乱戦を繰り広げていたが、「21世紀は中国との軍事的対決の時代になる。中国はかつてのロシア以上の恐るべき敵となるだろう」と私は指摘した。そして未来の戦闘は遠隔誘導システムを駆使した海戦になると予想した。

その「未来」が今ここにある。まさに冷戦状態だ。今もどこかで中国側が米軍艦艇の保守点検記録や国防総省の人事データをハッキングしている。中国は西太平洋(東シナ海と南シナ海)からアメリカの海・空軍を追い出そうと固く決意している。一方のアメリカも引き下がるつもりはない。

中国側の視点に立つと、中国の主張は完璧に筋が通っている。19~20世紀初頭にアメリカがカリブ海を見つめて描いたのと同じ戦略を、今の中国も南シナ海について想定している。つまりこの海域を大陸の領土の延長と見なしている。そこを制すれば中国の軍艦も商船も太平洋やインド洋に進出できる。台湾を牽制することもできる。

カリブ海を支配した結果、アメリカは西半球を制し、2つの世界大戦と冷戦を通じて東半球の勢力均衡にも影響力を行使できた。アメリカはカリブ海経由で勢力圏を広げた。同じことを、中国は南シナ海でするつもりだ。

米国防総省の見解によれば、技術大国として台頭した中国はアメリカが進める5Gネットワークやデジタル戦システムに追い付け追い越せの勢いだ。中国には挙国一致の強みもある。

しかも米中間の経済的な緊張が大幅に緩むことはあり得ず、軍事情勢を悪化させる方向に働く。昨年秋には南シナ海で米中の駆逐艦同士が異常接近、また香港で米強襲揚陸艇が寄港を拒まれるという事態も生じた。

通商と軍事は別問題ならず

自由な世界秩序が弱まるなか、歴史的にありがちな地政学的対決の時代が始まった。通商関係の緊張はその付帯現象にすぎない。本当に現実を理解したいなら、米中の貿易関係と軍事関係の緊張を別扱いしてはならない。

新冷戦には思想的な側面もある。中国が破竹の成長を遂げることを、アメリカは数十年にわたって肯定的に受け止めてきた。鄧小平以降の指導者による強権的とはいえ啓蒙的な思潮にも、特に米経済界はすんなり対応した。

だが習近平(シー・チンピン)政権は露骨な強権体制へと進化した。以前のようにカリスマ性を欠くテクノクラートの面々が対等な権限を持ち、定年制に従うような指導部ではない。今は終身の国家主席が個人崇拝される時代、顔認識システムで国民を監視し、個人のネット検索履歴を追跡して思想を統制する時代だ。



その異様な空気に、アメリカの2大政党は拒否感を覚え始めた。なにしろイスラム教徒のウイグル人を100万人も収容所送りにするような政権だ。米中両国の体制を支える思想は、かつてのアメリカ民主主義とソ連共産主義と同じくらい懸け離れている。

IT技術は米中両国の対立解消に役立たず、むしろ対立を助長する。クリック1つで国境を越える「インテグレーション戦争」が史上初めて可能になった。どちらの国も相手国の商業・軍事ネットワークに侵入できる。

大局的に見ると、数十年に及ぶ疑似資本主義の下での経済発展があったからこそ、中国は高度な戦力とサイバー軍拡競争に注ぐ富を蓄積できた。実際、(中国に限らず)新時代の戦争は経済的な繁栄があったからこそ可能になったのだ。今後、血みどろの戦いが起きる可能性はまだ五分五分よりも低いだろうが、次第に高まってきてはいる。

その行方を決めるのは単なる「トゥキディデスの罠」(覇権国家が新興国家の台頭を恐れて戦争に突き進むという見方)ではない。台湾問題などに関して中国がどれだけ感情的になるか、そして海空での偶発的な事故・事件がどれほど簡単に手に負えない状況に発展するかに懸かっている。貿易摩擦が激化すればするほど、南シナ海で米中の軍艦同士が接近し、あわやという事態に陥りやすくなるだろう。

歴史が示すように、多くの戦争は誰も望まないのに始まっている。ひとたび南シナ海や東シナ海で戦争が勃発すれば、国際金融システムはイラクやシリア、リビア、イエメンの内戦の場合とは比較にならないほど大きな打撃を受けることになるだろう。

かつての冷戦が熱くならずに済んだのは、核戦争への恐怖心があったからだ。だが、このストッパーは新冷戦では働かない。核兵器の使用や大気圏内での核実験の記憶は薄れつつあり、両国の為政者たちは半世紀前の先人たちほどには核兵器を恐れていない。低出力・低破壊力の小型戦術核兵器の登場で、なおさら抵抗がなくなった。

その上、精密誘導兵器が開発され、大規模なサイバー攻撃も可能となり、通常兵器でも十分に戦える。かつての冷戦時代よりも、大国間の戦争勃発のリスクは高まったと言える。

日本との衝突で負ける可能性

ただ懸念すべきは、中国の台頭よりも凋落のほうだ。新たな要求や欲求を持つ中間層が拡大した中国で、経済が失速したら今後10年以内に社会的・政治的な緊張が高まる恐れがある。ハーバード大学の政治学者サミュエル・ハンチントンは1968年に発表した『変革期社会の政治秩序』で、中間層の拡大に伴って不安定化する政治情勢について論じた。そうであれば中国の指導者たちは、国民を動員する手段としてナショナリズムを今よりも露骨に利用するだろう。



産業界などには、南・東シナ海の問題を海上に突き出た数個の岩をめぐる争いくらいにしか見ていない人もいる。だが中国の大衆はそうは考えない。彼らにとって、南シナ海は台湾と同じ「聖域」なのだ。中国が東シナ海でさらなる挑発に出ないのは、日本との軍事衝突に発展すると負ける恐れがあるからだ。そうなれば中国の面目は丸つぶれとなり、共産党の権威が揺らぐ。だからこそ中国は時間をかけて海・空軍力の強化に努めている。

中国の指導部は、国民の気分次第で自分たちの戦略が左右されるのを知っている。21世紀の新冷戦は20世紀の冷戦よりも、経済の混乱に伴う不合理な国民感情の影響を受けやすい。

かつてのアメリカとソ連には、国内だけで経済を回せる力があった。だからグローバル化の荒波から守られていた。今は違う。世界の軍事・貿易・経済が融合したところにイデオロギーの対立が加わり、IT技術で物理的な距離が無意味になった不安定な時代だ。こうなるとアメリカと中国の関係は悪化する一方だろう。21世紀前半の世界は、米中間の新冷戦をいかに「熱戦」にエスカレートさせないかという厳しい課題を突き付けられている。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年02月05日号掲載「特集:米中激突 テクノナショナリズムの脅威」より転載>



※2019年2月5日号(1月29日発売)は「米中激突:テクノナショナリズムの脅威」特集。技術力でアメリカを凌駕する中国にトランプは関税で対抗するが、それは誤りではないか。貿易から軍事へと拡大する米中新冷戦の勝者は――。米中激突の深層を読み解く。


ロバート・カプラン(地政学専門ジャーナリスト)

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