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ベネズエラ国民のためにトランプ政権が今すべきこと

ニューズウィーク日本版 2019年2月8日 16時30分

<2人の大統領が対立する緊迫のベネズエラ情勢――アメリカに求められるのはロシアをにらんだ行動だ>

勝つのは独裁的なチャベス主義者の政権か、弾圧されてきた民主派の野党陣営か――。ベネズエラの権力闘争が決着を迎える日は近いかもしれない。

野党陣営を率いるフアン・グアイド国会議長は1月23日、「暫定大統領」就任を宣言した。ニコラス・マドゥロ大統領から権力を奪取することに成功すれば、その影響はベネズエラ政界ばかりか国際的なエネルギー市場に及び、米ロの対立激化を引き起こすことにもなるはずだ。

論点になっているのは、マドゥロによる統治継続の正当性だ。マドゥロは17年8月、新憲法を起草するとして制憲議会を設置し、野党が多数派の国会から立法権を奪った。昨年5月に実施した大統領選では、野党がボイコットし、国会と中南米諸国の大半が正当性を認めないなかで再選を宣言。今年1月10日に2期目をスタートさせた。

グアイドが暫定大統領として政権を率い、自由で公正な選挙を通じて民主主義への移行を実現できるよう、あらゆる政治的ツールを迅速かつ断固として駆使する構えを取る。これこそ、アメリカがすべきことだ。

グアイドの宣言の直後、ドナルド・トランプ米大統領はグアイドを暫定大統領として承認するとの声明を発表した。称賛に値する決断だが、さらに多くが求められている。次の一歩として外交や情報活動、場合によっては秘密工作に踏み切るべきだ。

エネルギー市場への影響

確かに、こうした「賭け」のリスクは大きい。失敗すれば、飢餓や医薬品不足による疫病の蔓延、社会不安の渦中にあるベネズエラで暴力がエスカレートする恐れもある。ブラディミル・パドリノ・ロペス国防相は先日、軍部はマドゥロ政権を支持すると表明した。軍がマドゥロ側に付いたのはグアイドにとって大きな打撃であり、アメリカの支援を妨げる障害になる。

反米左派のマドゥロ政権の存続は、米政権と中南米の中道右派勢力の敗北を意味するだけではない。アメリカが失敗すれば、エネルギー市場は極めて不安定になり、ベネズエラが長らく手を組むロシアの強硬措置を招くことになりかねない。

アメリカやヨーロッパ、さらにベネズエラの民主主義回復支援のため米州14カ国が17年8月に設立したリマ・グループが支持するにもかかわらず、グアイドが権限を握れなければ、欧米はアメリカの「裏庭」である中南米でさえ政策を実現できないと解釈されるだろう。ロシアや中国がそこに戦略的弱点を見いだしたとしても不思議はない。

近年は石油生産も製油能力も落ち込んでいるとはいえ、ベネズエラは指折りの産油国だ。原油確認埋蔵量は世界一の3030億バレル強。ベネズエラ石油公社(PDVSA)の日産量は120万バレルに激減しているが、エネルギー市場での存在感は大きい。

驚くことに、PDVSAは石油製品分野におけるアメリカの主要なパートナーでもある。年間150億ドル規模に上る両国の2国間貿易のうち、大部分を占めるのが石油だ。



経済危機のせいで、ベネズエラは自国の原油を国内で精製することができず、「帝国主義者のヤンキー」から軽油やガソリンを輸入するしかない。一方、アメリカの旧来の製油所は国内のシェール層にある軽質スイート原油を精製できないため、重質原油が必須だ。

昨年のアメリカの対ベネズエラ輸入総額は110億ドル。その大半を占めたのが重質原油で、輸入量は1日当たり50万バレルに上った。キーストーンXLパイプライン建設計画の却下によってカナダから原油を大量輸入する道が閉ざされた今、近隣国で残る選択肢はほぼベネズエラだけだ。ベネズエラのエネルギー部門への制裁が必要な状況とはいえ、実行に踏み切ればアメリカも無傷ではいられない。

派兵だけは避けるべき

ベネズエラで大きな地政学的・経済的利権を維持するロシアは、権益を守るために行動を起こす可能性が高い。中南米諸国をはじめ、国際社会がアメリカと共にグアイドを暫定大統領として承認する意向を示す一方で、ロシア政府高官はアメリカのグアイド支持を「クーデター同様」だと非難している。

建前はともかく、ロシアとベネズエラには強い経済関係がある。ロシアは16~17年、ベネズエラに170億ドル以上を融資(中国の対ベネズエラ投資額は計560億ドル)。ロシアの政府系石油会社ロスネフチはPDVSAにとって最大の投資家だ。

両国は緊密な外交関係も結んでいる。ロシアにとってその価値は大きい。ベネズエラは親ロの南オセチア独立を承認した数少ない主要国であり、ロシアによるクリミア併合も認めている。しかも大量の原油を有するとあって、ロシアにとってキューバよりはるかに重要な国だ。

翌日には首都カラカスでグアイド支持者がマドゥロに抗議した MIRAFLORES PALACE-REUTERS

では、ロシア政府は友人マドゥロのために何ができるのか。中南米で直接的な軍事介入を行うことはないだろうが、キューバを通じた介入や武器売却、安全保障援助はあり得る。

もっともロシアはアメリカへの対抗措置として、カリブ海まで艦船を派遣する必要などない。ウクライナ情勢を悪化させたり、大規模サイバー攻撃を仕掛けたり、ベネズエラへのキューバ軍部隊の輸送を担うだけで十分だ。

ベラルーシ情勢への波及も気掛かりだ。同国とロシアの隣国関係は今や史上最悪。ロシア側の最終目標はベラルーシの併合とみられる。ロシアのヨーロッパ方面への拡大もアメリカを揺さぶり、ベネズエラから目を背けさせる手段となる。

ロシアの圧力があろうと、アメリカはベネズエラ国民の味方であり続けなければならない。ただし、通常部隊の派遣だけは回避すべきだ。米軍を送り込めば、マドゥロが唱える帝国主義者の陰謀論の証拠とされ、野党勢力の正当性を徹底的に損なうことになるかもしれない。

トランプ政権は世界各地で米軍撤退を決めているが、中南米の国を親ロ派(または親中派)に譲り渡すまねは許されない。メキシコを除けば、中南米の政治は急進左派からの揺り戻し期にあるようだ。アメリカは迅速に、決断力を持って賢く行動する必要がある。今を逃せば、ベネズエラ国民が正義を手にする機会は当分訪れないかもしれないのだから。

<本誌2019年02月12日号掲載>



※2019年2月12日号(2月5日発売)は「袋小路の英国:EU離脱3つのシナリオ」特集。なぜもめている? 結局どうなる? 分かりにくさばかりが増すブレグジットを超解説。暗雲漂うブレグジットの3つのシナリオとは? 焦点となっている「バックストップ」とは何か。交渉の行く末はどうなるのか。


アリエル・コーエン(アトランティック・カウンシル上級研究員)

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