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観光大国を目指せ──サウジアラビアの熱き挑戦

ニューズウィーク日本版 2019年2月13日 16時15分

<隠れた名所が豊富な産油国が、脱石油とイメージアップを掲げて国を挙げた取り組みに乗り出した>

砂漠の真ん中でカメラマンが構図を決めると、被写体の女性は周囲の眺めに感嘆しながら、髪を翻して空を仰ぎ、砂を踏みしめてポーズを取った。

観光客が遺跡の前でポーズを取る――中東ではごくありふれた光景だ。しかし、サウジアラビア北部の砂漠では「革命」に近い。唯一の問題は、この革命がどんな結果をもたらすか誰にも分からないことだ。

サウジアラビアは何十年も、それどころか建国以来ほとんど観光客にほぼ門戸を閉ざしてきた。外国人を大勢受け入れていないという意味ではない。サウジアラビアの総人口の3分の1以上は石油関連企業で働くアメリカ人やフィリピン人看護師、レバノン人コンサルタント、パキスタン人建設労働者などの外国人だ。さらにイスラム教の聖地メッカには毎年、巡礼者が大挙して押し寄せる。

だが労働者や巡礼者を除けば、外国人にとってサウジアラビアは世界でも特に入国しにくい国だ。湾岸協力会議(GCC)の他の加盟国は欧米のほとんどの国を対象に入国後でも申請できるビザを発行しているが、サウジアラビアは違う。

そのため、目ぼしい観光地はほとんどないと思われがちだ。数千年の歴史を誇り、文化的・地理的多様性に富む地域が多いにもかかわらず、時代遅れの宗教性と消費主義に縛られた砂漠ばかりの退屈な国というイメージが幅を利かせている。

こうした状況に多くのサウジ人は長年憤ってきた。国内で観光が盛んではないため、国民は休暇を外国で過ごしたがる。その証拠にロンドンの超高級住宅街ナイツブリッジにはサウジなまりのアラビア語が飛び交い、サウジアラビアとバーレーンを結ぶ海上橋キング・ファハド・コーズウエーは週末には大渋滞する。

サウジアラビアに有望な観光スポット候補がないわけではない。紅海沿岸ではエジプト側の高級リゾートのようなサンゴ礁やビーチが、対岸で見られる乱開発や汚染を免れている。ジッダやディルイーヤなどの都市の歴史的建造物も見事だ。特に北部は現地の人々もめったに訪れないが、絶景の中に何千年も昔の古代遺跡が、中東の他の地域のような観光の飽和状態とは無縁の形で残っている。

イメージアップが課題に

政府も観光振興策を打ち出してはきた。最近ではアブドラ前国王時代に初めてツアー客対象の「観光ビザ」が登場し、一部の観光地で観光インフラ開発が進められた。だがこうした取り組みは一時的で、限定的な成果に終わってきた。

風向きが変わったのはムハンマド・ビン・サルマン皇太子が台頭してからだ。皇太子が進める経済改革計画「ビジョン2030」は石油依存からの脱却と同時に、国際社会でのイメージアップも目指す。国内外からの観光客を増やすことも主要目標の1つだ。

「サウジアラビアが観光開発を重視していることは恐らく、同国の多様化のための取り組みの中で特に有望だろう」と、米保守系シンクタンクのアメリカン・エンタープライズ研究所の研究者カレン・ヤングは言う。



巨費を投じた取り組みの成果は、早くも各地で表れている。主要都市では看板やチラシでイベントを告知。これまでわざわざ周辺国に出掛けてエンターテインメントを楽しんでいた国民を引き付けるのが狙いだ。

18年秋にはオンラインでのビザ申請も導入された。こちらは12月にディルイーヤで開催された電気自動車のプロレース「フォーミュラE」開幕戦などの観戦に来る外国人が対象だ。

アラビア半島最大のサウジ文化の祭典「ジャナドリア祭」など歴史ある祭典も、外国人観光客の誘致に乗り出し、それが性差別的な規制の緩和につながっている(今年、ジャナドリア祭は史上初めて独身者と家族連れの日を別にすることをやめた)。

国民の間では早くも観光客の増加による悪影響への不満も聞かれるが、政府はサウジ社会の保守派を挑発しないよう対策を講じている。政府の目下の目標が自国民による国内観光の振興であることを考えれば、社会的混乱は最小限で済みそうだ。

この意味で、政府による観光推進は経済だけでなく国家の威信の問題でもあると、専門家は指摘する。「サウジアラビアとその自然の驚異、考古学史、(イスラム時代以前も含めた)宗教史を探ることが、皇太子が権力強化の一環として培おうとしてきた愛国主義の大きな部分を占める」と、ヤングは言う。「国のアイデンティティーの世代交代であり、観光市場の最大の参加者であるサウジの若者を利用しようという取り組みだ」

政治への懸念は残るが

その中核となるのが、聖地メディナに近い歴史ある町アウルラだ。17年7月に勅令で創設された王立アルウラ地区委員会(RCU)は、この地域の観光インフラ向上を図り、最終的には年間最大200万人の観光客を受け入れることを目指している。「アルウラは実験場だ」と、サウジ人政治アナリストで米イースト・ウェスト研究所の研究員であるサイード・アル・ワハビは言う。

アルウラは確かに注目に値する。切り立つ砂岩の崖は絶景であると同時に、ここを発祥地とするさまざまな文明の碑文や彫刻などの宝庫だ。近郊のマダイン・サーレハの壮大な遺跡は古代ナバテアの遺跡としては隣国ヨルダンのペトラ遺跡に次ぐ規模で、しかも物売りや人混みに悩まされる心配はない。何より、この冬初めて開催された「タントラの冬」祭りでは、住民が男女の別なく、外国人観光客を心から歓迎し、地元の歴史的財産を誇りにしているのが伝わってくる。



もちろん、この国を訪れる外国人の中には政治への懸念を拭い切れない人もいるだろう。RCUが国外でのサウジのイメージアップを図りたい意向を頻繁に表明しているのは、一部の政策が国内外で同国のイメージダウンにつながってきたことの表れだ。

それでも、アルウラ一帯が今の政治的混乱を忘れ、数千年の歴史に思いをはせることのできる場所であるのは確かだ。

サウジ政府の観光振興策の成否は、その視点の変化を魅力的に感じさせられるかどうか次第だ。スペインのイビサ島やエジプトのシャルムエルシェイクに代わる世界一、紅海一の人気リゾートの座を狙っているわけではないだろう。それでもサウジ観光業界はようやく観光地図の仲間入りを果たしたのだ。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年02月12日号掲載>



※2019年2月12日号(2月5日発売)は「袋小路の英国:EU離脱3つのシナリオ」特集。なぜもめている? 結局どうなる? 分かりにくさばかりが増すブレグジットを超解説。暗雲漂うブレグジットの3つのシナリオとは? 焦点となっている「バックストップ」とは何か。交渉の行く末はどうなるのか。


アダム・バロン (ヨーロッパ外交評議会客員フェロー)

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