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米中貿易戦争でトランプとアメリカが失ったもの

ニューズウィーク日本版 2019年2月13日 17時20分

<関税を武器にしたアメリカと中国の貿易戦争は、トランプの思い通りの効果をあげるどころか、正反対の結果をもたらしている>

2018年にドナルド・トランプ大統領は中国との貿易戦争を宣言した。洗濯機やアルミニウムをはじめ、アメリカに輸出される中国製品のほぼすべてに、現在では10~15%の追加関税がかかる。

それは中国製品に対する通常の関税への追加分であり、家具やトイレットペーパー、ニンニクなどダンピング関税と相殺関税が課されている製品にも追加して課税される。

米国貿易代表部(USTR)はウェブサイトで以下のように説明している。

「アメリカ合衆国は、市場を歪める国家主導の強制的な技術移転、知的財産の侵害、および米国商業ネットワークへのサイバー攻撃について中国と対決する措置を講じている。目標は、不公正な中国の経済慣行に対処し、すべてのアメリカ国民に成功のチャンスを与える平等な競争の場を作り出すことである」

ご立派な目標を掲げてはいるが、過去30年間、関税と国際貿易法に関わってきた弁護士として、私はこの貿易戦争を危険で、軽率で、効果のないものと考えている。

2018年7月6日に追加関税が発効した後に起こることとして予想されていたのは(1)中国に輸入される米製品に対する中国の報復関税、(2)中国以外の国を経由することで生産国を偽装しアメリカに輸出される中国製品の増加、(3)アメリカの消費者にとって中国製品の価格上昇、の3点だった。

増加した中国製品の対米輸出

トランプ政権が予測していなかったのは、2018年後半にアメリカに輸出された中国製品の量が増加したことだ。他の予想外の結果もあった。一部の中国企業は国内生産していた製品を国外で生産するために、東南アジアの新会社に投資した。中国の国営企業が、たとえばベトナムにある会社に投資すると、ベトナムで製造された製品は中国に対する追加関税を課されることなくアメリカに輸出できる。

つまりアメリカの輸入業者が製品の原産国を米国土安全保障省の税関国境保護局に申告する際、製造会社の国籍ではなく、製品の製造国を記載ればすむわけだ。さらに中国企業が韓国など、アメリカが自由貿易協定を結んでいる国に工場を開設すれば、そこで製造したものは韓国製となり、アメリカの関税が免除される。

そういうわけで、「平等な競争の場を作る」というトランプの政策は失敗した。むしろ、結果は意図と正反対になっている。中国はアメリカに輸出する製品を生産するために、国外の工場への投資を増やしている。

中国による報復関税のせいで、貿易戦争は中国に輸出している米企業に悪影響を与えている。中国は世界最大の大豆輸入国であり、アメリカは世界最大の大豆輸出国だ。中国が大豆に追加関税を課したとき、アメリカの農家は、最大の市場を失った。中国は現在、ブラジルから大豆を購入しつつ、自国の農家に大豆の栽培を奨励している。その結果、トランプは大豆を売りそこなったアメリカの農家に対して数十億ドルの補助金を認めた。損失を被ったのは納税者だ。



大豆は販売ルートが失われる一例にすぎない。中国はアメリカ以外の国から品物を輸入する可能性がある。食品から航空機、機械まで、米企業は世界第2位の経済大国という市場を失うことになる。

この貿易戦争の範囲は、中国製品に対する追加関税だけにとどまらない。現在、記録的な数のアンチダンピングおよび相殺関税措置が適用されるとともに、中国に対する調査が行われている。米国際貿易委員会(ITC)のウェブサイトによると、170品目を越える中国製品に対して反ダンピング関税と相殺関税措置がとられている。この数は、他のすべての外国に対する関税措置の合計を上回る。

現在は調査の対象になっている輪ゴムやスチール製クギなどの中国製品に対しても、反ダンピングまたは相殺関税措置がとられる可能性がある。

今こそ優秀な交渉者が必要

対中貿易交渉でトランプは90日間の「停戦」に合意、追加関税を10%に維持しながら交渉を続けることになった。3月1日までに交渉が合意にいたらなければ、中国製品の大半に10~25%の追加関税が課されるだろう。

トランプ政権が予測不可能であることは、もう十分にわかっている。トランプの貿易戦争が3月1日までに終結するとは私には思えない。中国との「平等な競争の場を作る」というトランプの試みが、勇気ある行為なのか、それとも無謀な試みなのかは歴史が判断するだろう。

今、私たちに必要なのは、国際交渉の達人だ。特にアメリカの生産者、輸出業者、そして消費者の未来は交渉の行方にかかっている。アメリカの鉄鋼とアルミニウム産業の関係者を別にすれば、この貿易戦争で得をする者は誰もいない。

(翻訳:栗原紀子)


ピーター・クインター(グレイロビンソン法律事務所関税国際部部長)

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