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女性監督のスリラー映画がいま面白い!

ニューズウィーク日本版 2019年2月19日 19時0分

<ネットフリックス作品が証明する、女性監督による女性映画の質の高さ>

女性の映画監督は決して多くない。だが、アクションやスリラーを撮る女性監督となると、もっと少ない。

そこに風穴を開けたのが、『ハートブルー』(91年)のキャスリン・ビグロー監督と、『アメリカン・サイコ』(00年)のメアリー・ハロン監督だった。ただしどちらも主人公は男性。それが21世紀に入ると、ジェーン・カンピオン監督の『イン・ザ・カット』(03年)や、デブラ・グラニック監督の『ウィンターズ・ボーン』(10年)など、女性監督による女性を主人公とするスリラーが増え始めた。

それでもこれらの作品は「カルト的なヒット」となるのが精いっぱいで、誰もが知るようなヒット作にはならなかった。それがいま変わろうとしている。

デンマーク人のスサンネ・ビア監督が手掛けた映画『バード・ボックス』は、昨年12月にネットフリックスで配信が開始されて以来、記録的な視聴回数を達成。ネットにはサンドラ・ブロック演じる主人公マロリーをまねて、目隠しをしてさまざまなことにチャレンジする若者の自撮りビデオがあふれる(危険な事故につながり、警察が注意喚起する事態にも発展した)。

さらにこの1月には、イギリス人のビッキー・ジューソン監督による作品『クロース:孤独のボディーガード』が、やはりネットフリックスで公開され、大きな話題を呼んでいる。

衝撃的だった『ニキータ』

これまでスリラー映画の女性主人公と言えば、狂気的なストーカーや、性欲の強いサイコパス、あるいは夫や恋人の暴力に苦しむキャラクターが多かった。『バード・ボックス』と『クロース』は、女性監督が撮れば、そんなありきたりのパターンに頼らなくても、ずっとリアルで興味深い良質の映画になることを証明した。

例えば『バード・ボックス』のマロリーは、自己主張が強くて、人付き合いが苦手な母親で、「男が定義する理想の母親像」とは程遠いと、ビアは語る。服装もごく普通で、よくあるアクション映画の女性主人公のように革のスーツとハイヒール姿で走り回ることもない。

『クロース』の主人公は、莫大な遺産を相続した少女のボディーガードを務める女性だが、やはりガーターベルトから銃を取り出すようなシーンはない。「セクシュアリティーを強調して女性が主人公であることをアピールしたくなかった。そういう描写は、私自身が子供のときに目にして嫌だと思っていたから」と、ジューソンは語る。

そんなジューソンが子供心に感動したのは、リュック・ベッソン監督の『ニキータ』(90年)だったという。アンヌ・パリロー演じる主人公のニキータには、「ボンド映画の女性キャラクターには決して見ることのできない感情が満ちあふれていた。『これだ!』と思った」。

『クロース』の主人公サムを演じるのは、『ミレニアム/ドラゴン・タトゥーの女』シリーズのスウェーデン版映画化作品で主人公リスベット・サランデルを演じたノオミ・ラパスだ。『ミレニアム』も暴力シーンが多かったが、『クロース』でもサムが心身共に痛めつけられるシーンが多い。

「いくらアクション映画でも、女性が顔面パンチを食らって血まみれになるシーンはあまりないと思う。重要なのは、アクションシーンがその人物の感情とつながっていること。感情がアクションを引き起こすのであって、その逆ではない」と、ジューソンは語る。



映画の中で女性が殴ったり殴られたりすると、猛烈な非難が起きることがある。ビアもジョン・ル・カレのスパイ小説『ナイト・マネジャー』をドラマ化したとき、女性の拷問シーンを入れて批判を浴びた。

男性が拷問を受けるシーンなら多くの映画にあふれているから、完全なダブルスタンダードだが、無理もないのかもしれない。映画界では1世紀以上にわたり、男性の監督と脚本家が、映画における女性の描かれ方を定義してきたのだ。

『クロース』の演出をするジューソン Saeed Adyani/NETFLIX

『007』を女性が撮る日

『バード・ボックス』は、原作の映画化が本格的に決まるまで3年以上を要した。それは伝統的な映画会社が、主人公マロリーのキャラクターをいまひとつ理解できなかったからだ。

『クロース』の売り込みに奔走したジューソンも同じような思いをした。『エイリアン』や『キル・ビル』など女性を主人公にして興行的にも成功した映画はあるのに、「『女性映画』は売れないとか、『君のキャリアのプラスにならないよ』と何度も言われた」と言う。

『クロース』が日の目を見たのは、イギリスのウェストエンド・フィルムの女性映画部門ウィラブと、ネットフリックスが手を上げてくれたおかげだ。『ミレニアム』シリーズで国際的な知名度を得たラパスが出演を決めたことも大きかった。

『クロース』が『バード・ボックス』並みのヒットになるかどうかは、まだ分からない。ただ、映画評論家たちの批評がさほど重要ではないのは間違いない。『バード・ボックス』も専門家の評判はそこそこだったが、フタを開けてみれば社会現象的なヒットになった。

これは女性監督や女性中心のアクション映画にとっていい傾向だ。「昔は作品の成功を測る尺度は興行成績と受賞歴しかなかった。その尺度では、『バード・ボックス』は箸にも棒にも掛からない。でも今は社会現象という尺度がある」

それは伝統的なアクション映画の代表格である『007』シリーズにも言えるかもしれない。来年公開のシリーズ25作目の監督候補には、長い間ビアの名前が取り沙汰されてきた。最終的には別の監督に決まったが、その次は分からない。

シリーズ26作目、ボンドが女に泣かされてもいい頃だ。

<本誌2019年02月19日号掲載>



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メアリー・ケイ・シリング

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