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大統領に仕えるのか、歴史に仕えるのか、2つの司法判断 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2019年2月26日 18時0分

<今月就任したばかりのバー司法長官は、スキャンダルの「もみ消し屋」を期待されているという説も一部にあるが、法律家として後世にどう評価されるかを考慮するかもしれない>

トランプ大統領は、「国境の壁」を建設する予算を議会が認めないために、「非常事態宣言」を出しました。大統領の権限で50億ドル(約5500億円)以上という建設費用を歳出しようというのですが、早速全米の多くの州が「違法な歳出を阻止」すべく行政訴訟を提起しています。

これに対して大統領は「訴訟になれば、どうせ不当な判決が出るだろうし、上級審でも不当な判決が出るだろう」としたうえで、「だが最高裁まで行けば正しい(fair)判決が出ることを期待したい」と述べています。

大統領としては、引退した中間派のアンソニー・ケネディ判事の後任判事にブレット・カバナー判事という保守派をすえることができたので、連邦最高裁の判事構成は「保守派5対リベラル派4」というバランスになっている、だから、最高裁まで行けば勝てると思っているようです。

その一方で、そんなに都合良くは行かないという見方もあります。なぜならば、連邦最高裁の判決というのは、大変に重たいからです。判決は、そのまま判例として大きな拘束力を持ちます。それどころか、最高裁判決というのは、それ自体が歴史となり、後世の史家から様々な評価を受けます。この点に関しては、現在のジョン・ロバーツ長官は、少なくともこの厳粛な事実を、相当に理解しているという見方があります。

例えば、共和党が「オバマケア」、つまりオバマ前大統領が施行した医療保険改革を「憲法違反だ」と主張する中で、この「オバマケア」について最高裁が憲法判断をしたことがありました。この時は、判事たちの評決が4対4だったのですが、保守派のはずのロバーツ長官が「合憲」という判断をして、「オバマケア」を守ったのでした。また、同性婚を違憲とする訴えも、ロバーツ長官が最後の一票を入れて退けています。

つまり、最高裁長官という立場からは、保守派のイデオロギーよりも歴史に仕える存在としての判断に傾く、そんな傾向があるのかもしれません。仮にそうであれば、憲法上は予算に関する決定権を持つ議会に背いてまで、大統領が巨額の支出を独断専行することは、認めない可能性があるとも言えます。

アメリカでは、もう1つ大きな司法に関する判断が話題になっています。トランプ大統領と周囲のスキャンダル疑惑に対して、元FBI長官のロバート・ムラー特別検察官による捜査がほぼ完了し、今週あたりからその報告がされるだろうと言われています。

この「ムラー報告書」について、一部を公表させないという動きがあります。そして、その権限を持っているウィリアム・バー司法長官に注目が集まっています。バー司法長官は、ついこの2月14日に就任したばかりですが、代行とか代理ではなく、きちんと議会上院に承認された立派な司法長官です。



ですから、特別検察官の捜査に対して指揮をする権限を持っており、そのために、トランプ政権の閣僚として「報告書の一部非公表化」をするのではないかという噂が流れています。そのために、トランプ大統領はバー氏を司法長官に指名したという「説」もあるからです。

実は、このバー氏、1991年から93年までジョージ・H・W・ブッシュ政権の司法長官を務めていました。ですが、歴史的評価は高くありません。というのは、その前のレーガン政権当時に発生した「イラン・コントラ事件」という政権周囲で起きたスキャンダル事件に関して、主要な人物の「恩赦」をめぐって司法長官として奔走したとされているからです。

つまり、レーガン、ブッシュ(父)系列の軍人や諜報、外交関係者の中で、スキャンダルに関わった人が免訴されるように便宜を図ったというのです。これは、当時大きな批判を浴びており、おそらくはこの経緯のために、バー氏は93年から現在まで26年にわたって公職から「離されていた」という説もあるのです。

一部には、トランプ大統領は「バー氏をスキャンダルのもみ消し屋」として期待しているという説もあり、それが今回の司法長官指名につながったという解説もあります。

ですが、別の見方も可能です。68歳という年齢になったバー氏は、法律家として自分の名前がどのように歴史に残るかという点に関心があるかもしれません。仮にそうであれば、今回、トランプ政権の奥に入り込みつつ、「ムラー報告書」の公表に尽力すれば、93年の汚名を晴らすことが可能になります。であるならば、バー氏は「全文公表に踏み切る」かもしれません。

どちらにしても、大統領の周辺は非常に騒がしくなってきています。

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