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アカデミー賞作品賞『グリーンブック』のファレリー監督、「差別描写が手ぬるいなんて言わせない」

ニューズウィーク日本版 2019年2月27日 15時45分

<コメディ映画で世界を下品な笑いの渦に巻き込んだピーター・ファレリー監督が、人種差別をめぐる格調高いドラマを生み出した>

映画『グリーンブック』の予告編には、ピーター・ファレリー監督の名前は出てこない。弟ボビーと共同監督した『ジム・キャリーはMr.ダマー』や『愛しのローズマリー』で世界を下品な笑いの渦に巻き込んだ彼が、人種差別をめぐる格調高いドラマを撮ったといっても、悪い冗談としか思えないからか。

主演は実力派のビゴ・モーテンセンと『ムーンライト』のオスカー俳優マハーシャラ・アリ。黒人ピアニストのドナルド・シャーリー(アリ)が粗野なイタリア系のトニー・リップ(モーテンセン)を運転手兼用心棒にして、差別が色濃く残る62年の米南部を巡業する(グリーンブックとは黒人が利用できる宿などを載せた旅行ガイドのこと)。

実話を基にしており、リップの息子ニック・バレロンガが共同で脚本を手掛けた。ゴールデングローブ賞で3冠、アカデミー賞でも作品賞含む5部門で候補になるなど注目を集めている(アカデミー賞作品賞、脚本賞など3部門受賞)。

ファレリーは勝手の違う脚本の執筆に苦心したようだ。「笑いを取りたくなるのを必死で我慢した」と、彼は語る。「だから撮影が始まるまで、ユーモラスな映画になるとは思っていなかった。笑いが生まれたのは、脂の乗った名優2人の息の合った演技のおかげだ」。ファレリーに、本誌アンナ・メンタが話を聞いた。

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――初の本格ドラマに、『グリーンブック』を選んだ理由は?

ドラマは撮らないのかと聞かれるたび、「ぴんとくるものがあれば」と答えていた。3年ほど前、友人のブライアン・ヘイズ・カリーが執筆中の脚本について話してくれた。黒人のピアニストが人種差別的な白人を運転手に雇って南部を旅し、一生ものの友情で結ばれるんだという。「いい話だな! 一緒に脚本を書かせてよ」と飛び付いた。

――評論家の態度は変わった?

自分の評価がこんなに低いなんて知らなかった(笑)。お笑いは評論家から尊敬されないものだけど、別に褒められたくてこの世界に入ったわけじゃない。僕らの『メリーに首ったけ』は、アメリカン・フィルム・インスティテュート(AFI)の「アメリカ喜劇映画ベスト100」に選ばれている。なのに評論家は、僕が初めて映画を撮ったみたいに褒めるんだ。

――主演俳優を選んだ経緯は?

ジョン・ファブローの名前も挙がった。リップみたいにたくましくて、いい俳優だからね。でも『はじまりへの旅』を見て、モーテンセンがいいと思った。出てくれるわけがないとみんなが笑ったが、彼に手紙を書いた。ビゴ様、3ページだけでいいので脚本を読んでください。気に入らなければ諦めます、と。

2日後、やりたいが自信がないと返事が来た。だから「あなたは『イースタン・プロミシス』に出たんですよ。あれに比べればチョロいもんです」と返した。シャーリー役は、悩むまでもなくアリだった。



――白人監督が差別を題材にすれば、当然厳しい目で見られる。

そこは意識した。白人が一方的に黒人を救う話も、黒人が一方的に白人を救う話も手あかが付いてる。そんな型にはまらないようにした。リップはシャーリーを俗世の災難から救い、シャーリーはリップの魂を救う。

現実のひどさを伝え切れていないとの批判は覚悟しているが、説教くさいのは僕の流儀じゃない。さまざまな信条や背景の人に、家族で見てもらえる映画にしたかった。それに映画の冒頭、リップは黒人が使ったコップをゴミ箱に捨てる。差別の描写が手ぬるいなんて言わせない。

――リップの息子が共同脚本だが、シャーリーの子孫は?

消息が分かったのは映画が完成してからだった。でも関係者の試写会には来てもらえたよ。これはあくまでもリップの視点からの物語で、全て真実だと言うつもりはない。でも、シャーリーが司法長官のロバート・F・ケネディに電話で助けを求めたのもカーネギーホールに住んでいたのも、フライドチキンをめぐる2人のやりとりも本当のこと。シャーリーが旅を回想した音声テープも参考にした。

――『Mr.ダマー』と『グリーンブック』には男同士のロードムービーという共通点がある。

どんな物書きにも決まったテーマがある。ジョン・アービングの小説にはどれも熊かレスリングが出てくる。僕は車の旅が大好きで、22回もアメリカを横断している。人生に迷うと、必ず車の旅に出るんだ。

<本誌2019年02月26日号掲載>





※2019年2月26日号(2月19日発売)は「沖縄ラプソディ/Okinawan Rhapsody」特集。基地をめぐる県民投票を前に、この島に生きる人たちの息遣いとささやきに耳をすませる――。ノンフィクションライターの石戸諭氏が15ページの長編ルポを寄稿。沖縄で聴こえてきたのは、自由で多層な狂詩曲だった。


アンナ・メンタ

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