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身の回りの化学物質が子供の健康を脅かす

ニューズウィーク日本版 2019年3月5日 17時20分

<農薬やプラスチック容器の原料などホルモンの正常な機能を妨げる化学物質を、なるべく体内に取り込まないためにできることは>

60年代前半、学校や公園では、子供たちがコンクリートの上を駆け回り、鉄製のブランコやうんてい、木製のシーソーで遊んだものだ。遊び場の風景は様変わりした。最近の子供たちは、人工芝やゴム素材を張ったグラウンドで遊んでいる。

今の子供たちが昔と変わった点は、これだけではない。子供が数十人いれば、1人か2人は自閉症スペクトラム障害の子供がいるだろう。深刻な学習障害の子供も数人いるに違いない。糖尿病、高コレステロール血症、高血圧なども増えた。

半世紀ほどの間に、何が起きたのか。糖の過剰摂取、野菜や果物の不足、運動不足が糖尿病や高血圧を引き起こす場合があることはよく知られている。しかし、DNA解析の結果、化学物質がさまざまな病気に関係している可能性も見えてきた。ある種の化学物質が、遺伝子の発現に影響を及ぼし、病気や障害の原因になるケースがあるのだ。

子供の遊び場に限らず、私たちの身の回りには多くの化学物質がある。日々の生活で触れる化学物質の中には、いわゆる内分泌攪乱物質も多い。この種の物質は、体内のホルモンが正常に機能することを妨げ、脳やその他の器官の細胞や組織に異常を生み出す場合がある。

昔は、これらの化学物質が体内にあるときに害が生じると思われていた。しかし、そうではないことが分かってきた。体内に取り込まれた化学物質が数日で排出された後も影響は残る。器官が発達途中の乳幼児は、とりわけダメージを受けやすい。

近年は有害な化学物質の規制も設けられ始めたが、規制はお世辞にも十分とは言えない。私たちの身の回りから有害な化学物質が完全に取り除かれる日は遠い先だろう。

科学的に解明できていないことはまだ多いが、広く用いられている4つのタイプの化学物質については研究がある程度進んでいる。その4つとは、農薬、可塑剤、プラスチック原料に用いられるビスフェノールA(BPA)、そして難燃剤だ。

以下では、これらの化学物質への接触を減らすために誰でもできる対策を紹介する。政府の規制が整備されるまでは自衛するしかない。ただし、これらの方法は、ラボ実験で常に期待どおりの結果が得られているわけではない。化学物質と人間の発達の関係には、まだ分かっていないことが非常に多いのだ。



レンジと食洗器の注意点

まず、農薬について見てみよう。多くの農薬の有効成分である有機リン酸エステルは、第二次大戦中に化学兵器の神経剤として開発された。神経剤は脳の正常な機能を妨げる。その濃度を下げたものが農薬として用いられるようになった。

有機食品を食べれば、尿中の有機リン酸エステル分解物の濃度が下がることが分かっている。イチゴ、ブドウ、サクランボなどは体内に取り込まれる農薬の量が多く、丁寧に洗っても農薬を十分に取り除けないという。アスパラガスやカリフラワーは、残留農薬が比較的少ない。ジャガイモは、皮を食べないようにしてもいいだろう。

可塑剤はどうか。食品パッケージなどのプラスチックに柔軟性を持たせるための可塑剤として、フタル酸エステルという物質が用いられる。この化学物質は、スキンケア用品などに香りを付ける目的でも使用される。

フタル酸エステルは、肥満の原因になる可能性がある。ローションや化粧品に用いられるものの一部はテストステロン(男性ホルモン)の働きを妨げ、缶の内側のコーティングやプラスチックの食品パッケージに用いられるものの一部は体内でエストロゲン(女性ホルモン)と同様の作用をする場合がある。実験では、甲状腺刺激ホルモンの生成をつかさどる遺伝子の発現に影響することも分かった。

体内に取り込まれるフタル酸エステルの量を減らすためには、缶詰食品を避け、生鮮食品や瓶詰食品を選ぶほうがいい。フタル酸エステルが使われているポリ塩化ビニル(PVC)製の容器も避けたい。

使い捨てプラスチック容器の再利用は危険。プラスチックの食器に食べ物を入れて電子レンジで加熱したり、プラスチックの食器を食洗器で洗うのもやめるべきだ。強い洗剤で洗うとプラスチックが削れて、食品に入り込みやすくなる。傷の付いたプラスチック製の食器は思い切って処分しよう。

BPAは、プラスチック原料として用いられる化学物質だ。食器や飲料品のボトルのほか、食品缶詰や缶飲料の内側のコーティングにも使われている。この物質は甲状腺が正常に働くことを妨げ、脳の大脳皮質の発達過程で甲状腺ホルモンが役割を果たせないようにする場合がある。大脳皮質は、人間特有の機能の多くを担う部位だ。

最近は、プラスチック製の容器などで「BPA不使用」をうたっているものも多い。しかし、BPP、BPF、BPS、BPZ、BPAPなど、BPAの代わりに用いられている物質にも同様の危険がある。



毎日の換気を忘れずに

缶詰食品と缶飲料を摂取するのをやめれば、尿中のBPAのレベルが90%以上減る。テトラパックなどの紙容器入りの食品は、缶詰より安全性が高い。

可燃性素材を燃えにくくする難燃剤として用いられる化学物質にも気掛かりな点が多いが、対策はある。例えば、ウールなどの天然繊維の製品を使えばいい。天然繊維は、難燃剤を用いなくても比較的燃えにくい。

毎日数分でも窓を開けて空気を入れ換えたり、高性能のHEPAフィルター付き掃除機でこまめに掃除したりすれば、室内の化学物質を取り除ける。家具や家電製品、カーペットは水拭きするといい。そして、子供がこれらの化学物質を用いた製品に触れたり、口に入れたりしないように気を付けよう。

ヨウ素を摂取することも効果的だ。ヨウ素は甲状腺を機能させる上で非常に大きな役割を果たす。ヨウ素を摂取するには、海藻を食べるのが最善だ。魚介類や乳製品、クランベリーなどもいいだろう。

(記事は新著『より不健康に肥満に貧しく』からの抜粋)

(c) 2019 Reproduced by permission of Houghton Mifflin Harcourt. All rights reserved

<本誌2019年03月05日号掲載>



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レオナルド・トラサンデ(ニューヨーク大学医学大学院教授)

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