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72分間の無差別テロをワンカット撮影で見せる『ウトヤ島、7月22日』

ニューズウィーク日本版 2019年3月6日 17時10分

<多くの若者が犠牲になったノルウェーの惨劇を描く『ウトヤ島、7月22日』にエリック・ポッペ監督が託す思い>

2011年7月22日、ノルウェーで起きた連続テロ――1人の男が1日で77人もの命を奪った衝撃的な犯罪――を覚えているだろうか。犯人は極右の白人至上主義者アンネシュ・ブレイビク。首都オスロの政府庁舎を爆破して8人を殺害し、その後、40キロほど離れたウトヤ島で若者69人を無差別に銃殺した。

その恐怖を追うのが、ノルウェーのエリック・ポッペ監督の『ウトヤ島、7月22日』だ。ポッペが本作に着手したのは、前作『ヒトラーに屈しなかった国王』(16年)の制作中だった。「『ヒトラー』で描いたのは40年代のナチス侵攻だが、テーマは同じだと思っている。どちらもノルウェーの民主主義に対する攻撃だ」と、彼は本誌に語る。

ウトヤ島で犠牲になったのは、当時の与党「労働党」青年部のサマーキャンプの参加者、つまり政治活動に熱心な若者たち。犯人は、寛容な移民政策を取る労働党の「未来の民主主義の担い手」を標的にしたのだ。

制作に当たり、ポッペは生存者40人以上に取材した。多くの人々が口にしたのが、「銃撃の続いた72分間が永遠のように感じられた」ということ。「彼らにとって重要な意味を持つ『時間』をどう表現するか」と考え抜いた結果が、72分間をワンカットで撮影する手法だ。

カメラは主人公カヤ(アンドレア・バーンツェン)をひたすら追い掛ける。彼女は遠くに銃声を聞いて逃げ惑いながら、どこかにいるはずの妹を探し、時には負傷者に寄り添い、時には崖に身を隠してほかの若者とたわいない会話を交わす。

生存者の証言に基づく展開はまさにリアル(彼らは撮影現場でもアドバイスをした)。一方、事件について知識のない観客は、その全容や犯人像が描かれないことに物足りなさを感じるかもしれない。それは「加害者でなく、被害者の視点で映画を撮る」というポッペの意図ゆえだ。

「でもベルリン国際映画祭での初上映後、情報がなさ過ぎて戸惑う人がいると分かり、冒頭と最後に犯人に関するテロップを流すようにした。ただそれも、最低限の事実にとどめた」



言葉では伝え切れない

01年の米9.11テロを正面から扱う映画が事件から5年後に公開されたとき、「時期尚早では」との議論があった。こうした大きな悲劇をめぐっては、遺族や経験者の感情もさまざまだ。

ポッペもこの映画をなぜいま撮るのか自問したが、「なぜ」については、「世間の人々は私たちの体験を理解していないのではないか」という生存者の声に後押しされたという。事件について多くの記事や本が記されてきたが言葉では伝え切れないものがある、映画ならそれができるのではないかということだ。

「今」であることを確信させたのは、ここ10~15年ほどの欧米の政治状況だ。外国人への憎悪やヘイトスピーチが増え、それがインターネットを飛び出し、政界まで広がっている。「そうした状況を肯定してはならないと伝えるためにも、今すぐ撮らなければと考えた」。ウトヤ島のテロもヘイトスピーチに扇動された人間によるものだった。

ただし、憎悪の言論をまき散らす人間をはじき出すのでなく、対話をしてみることが大事ではないか? ブレイビクのような人間がなぜ生まれるのかを考えることは政府や指導者ではなく、私たち自身の責任ではないか? 『ウトヤ島、7月22日』をそんな議論のきっかけにしてほしいと、ポッペは考えている。

<本誌2019年03月05日号掲載>





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大橋希(本誌記者)

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