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『万引き家族』のアメリカでの高評価をどう考える? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2019年3月12日 19時10分

<米映画批評サイトから著名批評家までかなり高い評価を得ているが、あくまでもそれは外国の文芸作品に関心がある限定された客層>

カンヌ映画祭のパルムドール(作品賞)、そしてアカデミー賞の外国映画賞ノミネートという評価を受けて、映画『万引き家族(是枝裕和監督、2018年、英語タイトルは "Shoplifters")』は、昨年11月以来アメリカで公開され、高い評価を受けています。

私の住むニュージャージーの中部では、なかなか鑑賞の機会がありませんでしたが、3月に入ってプリンストン大学前の「ガーデンシアター」という名画座で見ることができました。場内は満員で、観客は最初から最後まで猛烈に集中して見ており、終了後に聞こえてきた会話からすると、多くの人がとても満足していたようでした。

実際にアメリカにおけるこの作品への評価は極めて高いものがあります。例えば、現在、多くの人が映画選びの参考にしている映画批評のポータルサイト「ロッテントマト」では、批評家の99%が「赤トマト」つまり好評価としていますし、一般ユーザーの評価も90%が「好き」と答えています。

このスコアは極めて例外的と言っていいでしょう。特に批評家の99%というのは、196という多数のレビューが集まった中での数字ですから、大したものです。また、オバマ前大統領が毎年公開している有名な「昨年のベスト映画」にも選ばれています。批評家の中では、例えば亡くなったロジャー・エバートの弟子筋にあたる、ジェームズ・ベラルディネリは、『万引き家族』を2018年のトップ10の「1位」、つまり最優秀作品だとしているのです。

その批評の中身を見てみると、懸念された「オリエンタリズム(アジアの文化への偏見や、エキゾチシズムとしての興味関心)の視点」というのは、ほぼ皆無でした。また、日本の貧困問題などを知ったかぶりして書いている批評もありませんでした。

その多くは、是枝監督が追いかけてきた「疑似家族」という仕掛けを使って「家族とは何か」という命題に向かい合う方法論、そして演出の技術、役者さんたちの技術について緻密に論評したものでした。

また、エンディングにおいて、ハッキリと結末を明示せず、登場人物の今後については観客の想像力に参加を促す姿勢も好評で、様々な解釈が紹介されていますが、その多くは正鵠を得たものでした。こうした傾向は、プロの批評家だけでなく、一般の映画ファンの批評でも同じでした。

一方で、日本での批評サイトを見ますと、かなりの割合で「犯罪を肯定している」とか「こんな不道徳な映画を輸出するのは日本を貶めることになる」などといった拒絶反応が見られます。



これは、アメリカの観客が素直で良質である一方で、日本の観客には偏見があったり抽象的なテーマへの無理解があるのでしょうか?

それは違うと思います。アメリカでの評価は、「文学的な外国語映画を字幕付きで見る」という極めて限られた人「しか」この作品を見ていない中で起きたものです。もちろん作品の評価として高いというのは立派なことですが、限定された観客層の中での高評価であることは明らかです。

一方で、日本の場合は、自分の国の自分の言語による作品という要素も大きいわけですが、これに加えて、カンヌ受賞への関心や、著名な俳優が出演している話題性などの理由で、文芸映画を見慣れていない人々も含めて幅広い層が映画館に足を運んだのだと思います。拒絶反応があるのは、そのためでしょう。

また、日本の場合は家族、規範意識、セクシャリティーといった問題に関する価値の多様化が進んでいます。アメリカでも進んでいますが、軸となる価値観は残っています。ですが、日本の場合は各人のホンネの部分における価値観や感性というのは、見事なまでに多様化しています。ですから、文芸映画を見慣れていて、抽象的なテーマを扱うのに慣れている人の中でも、この映画に対する評価には幅があるようです。

ですから、この作品は「国内よりも海外で評価された」というのは、正確な理解ではないと思います。そもそも鑑賞している母数が違いますし、その観客の属性も、日本の場合は非常に多岐にわたっているからです。

こうした違いは、是枝監督にとって不幸なのでしょうか? あるいは、国内からの拒絶反応を避けて今後は国際的な舞台での作品作りにシフトしていったら良いのでしょうか?

私はそれは違うと思います。日本国内における様々な雑音、それこそ「犯罪映画だ」という非難や「国の恥」という中傷、あるいは「本当に傷付いている人には通用しない作りモノ」といった種類の批判が、監督を鍛え、作品の作り込みを後押しているように思えるからです。

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