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イタリア、ウクライナ、グアテマラ......お笑い芸人が政治を支配する日

ニューズウィーク日本版 2019年3月13日 17時30分

<既成政治にうんざりした有権者は、閉塞感を笑いで吹き飛ばしてくれるテレビでおなじみの人気者に期待を託す>

リーダーになるには、リーダーのように振る舞え。この格言を地で行くような人物がいる。ウクライナのテレビドラマ『国民の公僕』で主役の高校教師を演じたコメディアンのウォロディミル・ゼレンスキーだ。

ドラマの中では、政府の腐敗をこき下ろす動画がネット上で拡散したことがきっかけで、この教師は政界に進出し、ついには大統領に上り詰める。

そして、実生活でのゼレンスキーは3月末に投票が行われるウクライナの本物の大統領選に、その名も「国民の公僕」党から出馬。混戦の選挙戦で堂々と有力候補の仲間入りをしている。

彼だけではない。世界各地でコメディアンが次々に政界入りを目指し、既に政府の要職に就いているケースも少なくない。

スロベニアでは昨年8月、コメディアン出身のマリヤン・シャレツが首相に就任。グアテマラのジミー・モラレス大統領もコメディー俳優からの転身組だ。アイスランドのスタンダップコメディアン、ヨン・ナールは14年まで首都レイキャビクの市長を務めていた。

イタリアのコメディアン、ベッペ・グリッロが仲間と結成した政党「五つ星運動」は昨年3月の総選挙で大躍進し、右派「同盟」と連立政権を樹立した。

世界中でポピュリズムの嵐が吹き荒れるなかで、コメディアンが続々と政界に打って出る理由は容易に推測できる。

彼らは右だろうが左だろうが、既成政治家の価値観や権威を笑い飛ばす。モラレスの大統領選でのスローガンは「腐敗政治家でも泥棒でもない」だ。汚職にまみれた歴代の政権にうんざりしている有権者には、この皮肉な言い回しが受けた。

ウクライナの「国民の公僕」党も、政治家と政権をコケにして圧倒的な支持をつかんでいる。スロベニアのシャレツも芸人時代に指導者たちの滑稽な物まねをして人気を得た。

トンデモ公約が受ける

PR会社エデルマンの最新の信頼度調査によれば、自国の政府またはメディアに対する人々の信頼度は調査対象の26カ国・地域の平均で47%にすぎなかった。政府を信じられなくなった有権者も、反権威を自任するコメディアンには耳を貸す。

心理学的に見ても、お笑い芸人は大衆に好かれやすい。技術の進歩で経済が大きく変わりつつある今、混乱が広がり、人々は不安に駆られている。そんな時代には、閉塞感を笑いで吹き飛ばし、バラ色の未来を約束する候補者が大衆の心をつかむ。

08年のアイスランドの金融危機後にナールが有権者の支持を得たのも、ずけずけと無遠慮な物言いや芸人らしい軽いトーンのおかげだ。彼の率いるベスト党はパンクロッカーや主婦など政治の素人の集まり。「市営プールに無料のタオルを置く」「レイキャビクの動物園でホッキョクグマを保護」といった公約を掲げて市議選で大躍進した。



アルメニアの首都エレバンでも、昨年9月の市議選を経て人気コメディアンのハイク・マルチアンが市長に就任。当初は、市内の観光名所「エレブニ要塞」での4Dライトショーの実施を公約に掲げていた。

好感度の高さだけがコメディアンの強みではない。敵をこき下ろすジョークには笑いを取るだけでなく、肝心な論点から有権者の目をそらす効果もある。ソーシャルメディアの台頭で、この効果は一層高まった。選挙戦中の面白い発言がどんどん拡散され、有権者の関心は政策よりもそちらに集まってしまう。

しかもネット時代にはメディアも視聴者や読者の注目を引こうと必死で、政治ニュースがエンターテインメント的な性格を帯びつつある。そうなると、派手な候補のほうが断然有利だ。

その典型が、16年米大統領選のドナルド・トランプだろう。対抗馬に無遠慮に個人攻撃を加え、おバカなコメントを連発。メディアは日々その動向を伝え、「トランプ旋風」をあおる結果になった。

リスクには注意が必要

筋金入りのEU懐疑派で、ロンドン市長を務めた後、昨夏に辞任するまで外相の座にあったボリス・ジョンソンも、おちゃめな親しみやすい政治家として知られる。差別発言などが問題になっても、人気が衰えないのはそのおかげだろう。

もともと認知度が高く、ソーシャルメディアでの自己PRにもたけたコメディアンは、既成政治に不満を持つ人々の支持をつかみやすい。そうは言っても政治経験の少ない候補者に希望を託すのは、不合理にも見える投票行動だ。

だがそれも、行動経済学の観点からは「確実な損失」を避ける行動として説明できる。既成政治家が居座れば、現状が続くのは目に見えている。政界のアウトサイダーに賭けたら、少なくとも何らかの変化が起きるだろうと、有権者は考える。

ただし、政権運営には実務能力や知識や経験が求められる。アウトサイダーは選挙戦では有権者を大いに沸かせても、有能なリーダーになるとは限らない。

コメディアンに未来を託す危うさは、グアテマラを見れば分かる。モラレス大統領は1月、国連との合意で設置された汚職調査委員会の廃止を一方的に通告した。

政治に対する無関心や将来への不安が社会を覆っている今、コメディアンが政治に果たす役割は無視できない。一方で忘れてはならないのは、どんな形であれポピュリズムにはリスクが伴うこと。有権者が冷静な判断をするために、ファクトチェックの重要性は増すばかりだ。

そもそも有権者は、なぜ既成政治に愛想を尽かしたのか。政治エリートは根本原因を見つめ、コメディアンがどうやって聴衆を沸かせ、聴衆の心を捉えるか、じっくり研究することだ。

From Foreign Plicy Magazine

<本誌2019年03月12日号掲載>



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テジ・パリク

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