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斎藤工&松田聖子『家族のレシピ』のエリック・クー監督に聞く

ニューズウィーク日本版 2019年3月15日 16時30分

<ラーメンとバクテーがつなぐ日本とシンガポールの家族3世代の物語>

日本のラーメンとシンガポールのバクテー(肉骨茶=骨付き豚肉とニンニクやスパイスなどを入れて煮込んだスープ)という庶民に愛される2つの食を横糸、2カ国3世代にわたる家族の絆を縦糸に織りなす『家族のレシピ』が日本で公開中だ。監督はシンガポール映画界を代表するエリック・クー(『TATSUMI マンガに革命を起こした男』)で、主演は斎藤工。シンガポール・日本・フランスの合作映画だ。

物語は、群馬県高崎市にあるラーメン店から始まる。カウンターの奥で黙々とラーメンを作るのは店主・和男(伊原剛)とその弟の明男(別所哲也)、和夫の息子の真人(斎藤工)。ある日、和男が急死し、真人は父の遺品にシンガポール人の母メイリアンの日記や手紙を発見する。真人が10歳のときに亡くなった母について、生前の父は何も語らずにいた。真人はシンガポールを訪れ、以前からネットで交流のあったフードブロガー、美樹(松田聖子)の助けの下で母の弟を見つけ出すが――。

第二次大戦中の占領の歴史も背景に、心にしみる家族の物語を完成させたクーに本誌記者・大橋希が話を聞いた。

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――食べ物をテーマにしようと思ったのは?

私には食への並々ならぬ情熱があり、これまでも食がテーマのテレビ番組などを製作してきた。だから、プロデューサーの橘豊が日本とシンガポールの合作を持ちかけてくれたとき、食についての映画がベストだろうと自然に思った。そして、家族についての物語にしよう、と。なぜなら、私にとって食事は家族を再会させたり結びつけたり、みんなで人生を祝ったりする場だから。

――今回の日本食の代表がラーメン。そして、日本側の舞台は高崎だが......。

寿司からカツ丼まで日本食はなんでも好きだが、ラーメンは特に好きなんです。屋台のシンプルな食事として長い歴史があり、労働者が安く食べられて、腹持ちがいいところもシンガポールのバクテーに似ている。お酒を飲んだあとに食べたりするのも同じだね。

高崎市は橘さんから勧められて、ネットで検索してみた。忙しい大都会とは違う居心地のよい印象を受けたし、巨大観音像にも魅了された。私も子供の頃に母に連れられてお寺に行き、観音様を拝んだ記憶がある。この映画は母へのオマージュであると同時に、「寛容」や「許し」「和解」がテーマ。観音の慈悲の心に通じるものがあり、ぴったりだと思った。

――戦時中のシンガポールの話も出てくる。改めて日本のシンガポール侵略の歴史を知る観客も多いと思う。

確かに、今回仕事をしたフランスの配給会社の人々は、シンガポールが日本に占領されていたことを知らなかったと言っていた。特に第三者の立場では、知らない人が多いと思う。

この映画のテーマの1つは「許し」だから、歴史を省略することはできなかった。私の友人たちからも、家族が日本軍に殺された、レイプされた人がいるという話は聞いてきた。そうした歴史を糸の1つとしてエンディングにかけて編み上げていくと、物語に深みが出ると思った。

――今はそうした記憶が語られることはほとんどない?

ないですね。初代首相の故リー・クアンユーが60年代に日本を訪れ、大ファンになった。シンガポールは緑あふれる「ガーデンシティ」と呼ばれるが、その街並みをデザインするのに日本から景観専門家や建築家を呼び寄せたんです。HDBという公共住宅は日本の団地をモデルにしている。日本人の礼儀正しさや、相手に敬意をもって温かく接する、そうしたところにもリー・クアンユーは魅せられた。

同じように、今も多くのシンガポール人が日本に魅了されている。その大きな要素は日本食だが、両国を行き来する人数では不均衡なほど多くのシンガポール人が日本を訪れている。

私の世代でいえば、日本のポップカルチャーに大きな影響を受けた。私も仮面ライダーで遊び、テレビで松田聖子を見て、YMOを聴いた。でも今の世代なら、それはKポップだろうね。



――斎藤工さんとは以前から交流があった?

『TATSUMI』を東京国際映画祭でお披露目したとき、別所さんがパーティーを開いてくれた。そのとき工とは挨拶を交わした程度だったが、一昨年の始め、具体的に話を持ち掛けてスカイプで話したところ、真人の役にパーフェクトだなと思った。

真人の叔父役のマーク・リーはシンガポールの有名コメディアンですごく面白い人。彼と工の掛け合いはほぼアドリブでやっている。マークにはシングリッシュ(シンガポール独特の英語)の話し方をしてほしいと頼んだので、工はあまりよく分かっていないみたいだったが(笑)。マークが工をシンガポールのいろんな場所に連れ出してくれて、その仲のいい感じが現れていると思う。

今回の脚本は英語で書かれたものを日本語に訳したが、別所さん、伊原さん、聖子、工はみんな英語を理解するので、読み合わせのときに「このセリフはぴんとこない」とか「こう言ったほうがいい」とかアイデアを出してくれたのがとても良かった。

(c) Wild Orange Artists/Zhao Wei Films/Comme des Cinemas/Version Originale

――これからも日本との合作は予定している?

イエス。長年日本で撮りたいという気持ちはあったが、橘さんがこの話を持ちかけてくれるまで実現するとは思わなかった。でも『家族のレシピ』で日本のクルーや役者と仕事をして、本当にうまくいった感覚があったので、次回作も日本で撮ろうと思っている。

――松田聖子さんが、特に最後の場面など主役を食うほどの存在感があった。監督の愛情ゆえ?

僕は今でも彼女のレコードを持っているし、今回、サインもしてもらった(笑)。

彼女とは一昨年の5月頃にスカイプで話をしたが、憧れのアイドルと話をするのは「ワーオ」って感じだった。7月の撮影開始の2日前に初めて東京で会った。「これはインディペンデント作品なので、専用のバンを用意したりといったVIP対応はできません。たぶん箱の上に座って、みんなと一緒にケータリングのランチを食べたりすることになる。シンガポールは暑いし、蚊もいたりする」と説明したが、彼女は一言、「ノー、プロブレム(問題ない)」と。

聖子はスター気取りのところが全くなくて、仕事のやり方も本当にプロ。撮影期間は18日間しかなかったが、多くても3テイク、ほとんど1、2回で決めてくれた。マークも彼女の大ファンで、一緒に写真撮りたいんだけど......と周囲に頼んでいた。彼女とは今夜会うんですよ(笑)!




大橋 希(本誌記者)

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