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人材採用に悩む中小企業が、P&Gの「儲かる人事」を真似るべき理由

ニューズウィーク日本版 2019年3月20日 18時25分

<巨大外資系企業の人事戦略を日本の中小企業が採用できるわけがない? 同社出身の人材育成エキスパートが、人事部もなく、人事など「無用の長物」と思っている中小企業にこそP&G方式を薦めるのはなぜか>

雇用市場では「売り手市場」が続いている。2019年1月の有効求人倍率は1.63倍で、1974年1月以来となる高水準を3カ月連続で維持した。また、2019年3月大卒予定者の就職内定率は77%と、1997年3月卒を対象に調査が開始されてからの過去最高を記録している。

だが、従業員規模が5000人以上の大企業では、求人倍率は1倍を下回っており、およそ1枠に3人が応募している状況だという調査結果もある。買い手として厳しい立場にあるのは、中小企業だ。求人倍率は約10倍にも上り、業種によっては12倍以上になっている場合もあるという。

新規採用が難しい上、転職が当たり前となった現代では、優秀な従業員を引き留めておく方策も欠かせない。にもかかわらず、多くの中小企業経営者が、「人事」とは大会社に必要なものであって、自分たちのような中小企業にとっては「無用の長物」だと思っているように見える――。

そう嘆くのは、人材・組織開発コンサルタントの松井義治氏だ。著書『P&Gで学んだ 経営戦略としての「儲かる人事」』(CCCメディアハウス)で、従業員満足度を上げ、なおかつ会社の組織力向上と業績アップの切り札となる人事システムの本質と、その構築方法について説いている。

グローバル企業の現地法人は中小企業レベル

松井義治氏は、もともと日本ヴイックス社でマーケティングを担当していたが、同社が世界最大の消費財メーカーであるプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)と合併した後に人事統括部に異動し、そこで教育・採用担当のシニアマネジャーを務めた。

同社のグローバルリーダーを育成する「P&G大学」の創設とプログラム開発に貢献したほか、台湾P&G人事部長、北東アジア採用・教育・組織開発部長などを歴任。グローバルカンパニーであるP&Gの人事戦略を知り尽くした人材育成のエキスパートだ。

P&Gのような大企業の人事戦略など、日本の中小企業が採用できるわけがない、と思うかもしれない。確かにP&G本社は超がつくほどの巨大企業だが、実はその日本法人は中小企業並みの規模だという。そして、P&G方式の人事というのは、原則としてラインのリーダーやマネージャーの判断で完結する。

例えば、マーケティング部門における評価や教育、昇進の決定は、ラインのリーダーが果たすべき仕事であって、人事部の役割ではない。人事部としてやるべきことは、リーダーによって偏りが出ないように、組織としての不動の評価軸や枠組みを示すことにある。

人事と言えば、総務などと並んで、直接的には利益を生まない部門(いわゆる間接部門、コストセンター)の代表格のように捉えられる。だが、このようにして収益を上げる部門を支援するシステムを作ることで、人事は、会社の業績向上を支援する部門に生まれ変わることができる。

だからこそ、P&G方式の人事システムは、人を割いて人事の専任を置けない中小企業にこそ有効なのだと松井氏は言う。



人事の仕組みを作ることこそ社長の仕事

中小企業であっても、効果的で生産的な人事はできる。そのために必要なのは、各部署のリーダーがもう少し目配りと気配りをすることだ。そう聞いて、「わが社の部課長にできるだろうか」と不安に思うかもしれない。だが松井氏が指摘するように、「できない最大の原因はやらないこと」だ。

それは経営者にも言える。人事施策や人事戦略というのは、トップの決断があれば全て実行可能だ。優秀なスタッフがいなければできないわけではないし、松井氏によれば、人事部という組織も必ずしも不可欠ではない。それよりも、まずはトップ自身が人事について正しく理解することが重要だ。

特に「人事」と聞くと、人員の確保や適材適所の配置、あるいは昇進や昇格の評価といった信賞必罰・論功行賞のことだと考える人が多い。もちろん、そうした「後処理」も重要ではあるが、これだけでは「手段と目的を混同している」ことになり、正しい理解とは言えない。

人事の目的とは、会社のミッション(経営理念)を達成するために従業員の意欲を高め、最も生産性高く働けるようにすることだ。言い換えると、会社を儲けさせる人、組織に貢献する人を作ることが、人事本来の目的ということになる。評価や処遇は、そのための手段に過ぎない。

儲かる会社を作ることが社長の仕事なのだから、その意味において、人事こそが社長の仕事だ。ただし、社長がやるべきは「仕組み」を作ること。中小企業では、特に評価は社長の価値観によるものとなるため、ラインのリーダーたちが理解・共感し、それに従って評価できる仕組み作りが必要となる。

このように人事の基軸は、会社の経営理念にある。では、その経営理念とはどこから出てくるのかと言えば、それはやはり経営者自身だ。トップが人事に関心を持たないということは、会社を儲けさせることに関心を向けていないと言っても過言ではない。

「人事なくして人材なし」企業経営は人事そのもの

「マネジメントの権威」と称されるピーター・ドラッカーは「経営とは人を通じて成果を出す」ことだと言い、「経営の神様」松下幸之助は「企業は人なり」と述べた。まさに、企業は人によって成り立っているのであり、企業経営とは人事そのものだと言える。だからこそ、「人事の力とは社長の力」なのだと松井氏は訴える。

人事戦略・人事施策は、会社が儲かるための経営ツールのひとつだ。本書のタイトルには『経営戦略としての「儲かる人事」』とあるが、人事とは本来、「儲かる(会社にするための)人事」なのだ。



中小企業経営者が、業績を上げたい、優秀な人材が口では欲しいと言いながら、人事戦略・人事施策を無用の長物と見なすのは、収穫は欲しいが農地は耕さないと言っている農家と同じで、ひどく矛盾した話です。(5ページ)

「人材なくして企業なし」とよく言われるが、松井氏によれば「人事なくして人材なし」ということになる。「ヒト」という経営資源を最も効果的に活用できる経営者、つまり、従業員に最大限の能力を発揮させることのできる人こそ、経営手腕のある経営者だ。

人事「権」ばかり意識して、人事「戦略」となると「ヒトゴト」になってしまっている中小企業の経営者は、この機会にP&G方式の「儲かる人事」とはどんなものかを知ってみるといいだろう。

採用を成功させるシステム作りから、新人を定着させ育てていく原則、社員が自発的に動き始める人事システム作りまで、導入するための具体的なヒントが本書にはつまっている。


『P&Gで学んだ 経営戦略としての「儲かる人事」』
 松井義治
 CCCメディアハウス



ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

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