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ボーイング最新鋭機はなぜ落ちたのか

ニューズウィーク日本版 2019年3月20日 19時15分

<ボーイング社の737MAX機が半年で2度目の墜落――機体制御システムに関するパイロットへの指導が不十分だったことが原因?>

昨年10月にインドネシアで墜落事故(乗客・乗員189人死亡)を起こした米ボーイングの最新鋭旅客機「737MAX8」が、わずか半年の間に2度目となる墜落事故をエチオピアで起こし、同社への信頼も地に落ちた。しかも、事故を受けて米連邦航空局(FAA)がソフトウエアの改善命令を4月までに出すと通告したにもかかわらず、同社は同型機の運航を止めなかった。

今年3月10日のエチオピア航空302便の墜落後、40カ国以上が次々に同型機の運航停止を決めるなか、製造国のアメリカだけが停止に慎重な姿勢を取っていた。だが3月13日にはついにドナルド・トランプ米大統領も運航停止の大統領令を出した。

その数時間前には、カナダが737MAX8と同MAX9の運航停止を発表。その際には衛星データを根拠に、今回の事故(乗客・乗員157人死亡)と、昨秋にインドネシアで起きたライオン・エアの事故には類似点が見られると指摘した。離陸直後に、操縦士たちが機体の制御に問題を抱えていたという。

トランプは「現場から新たに回収した証拠やデータに基づいて」運航停止を決定したとしている。だが、それならなぜボーイングとFAAはこれまで強気な態度を取っていたのか。737MAX8に関する重大な問題を軽視していたのではないか。

操縦士や航空専門家のうち同型機自体の安全性を信じている人でさえ、同社とFAAが「MCAS」と呼ばれる新しいソフトウエアが抱える欠陥に十分に対処してこなかったと指摘する。しかも、ボーイングはライオン・エアの事故が起きるまで、MCASについて操縦士に説明さえしていなかったという。

MCASは離陸後にトラブルを察知すると自動的に作動するのだが、それを知らずに乗務していた操縦士もいたことになる。

パイロットは蚊帳の外

「ライオン・エアの事故まで何の通知もなかった」と、アメリカン航空で旅客機パイロット協会の広報を担当するデニス・タヘル機長は言う。「ボーイングは、普通の操縦士に過度な情報を与えるとかえって混乱すると考え、あえて説明しなかったと言った。そこで、こちらからは『過度でもいいから知らせてくれ』と言っておいた」

タヘルによれば、昨年11月に開かれた会合で、操縦士からはセンサーの1つが誤作動を起こす危険性への懸念が示されていた。これはライオン・エアの事故の一因と考えられている問題だ。これに対してボーイングは「当社も調査中であり、数カ月以内に何らかの結果が出るはずだ」と答えたという。

エチオピア航空の事故翌日、FAAは同型機は「耐空性要件を満たし」安全だとする通知を出した。「外部」から「今回と昨年の事故の類似性が指摘されているが、結論を出すのに十分な証拠もデータも出ていない」。

ところが他方で、FAAは737MAX機に対する改善命令を4月までに出す方針だ。それは、操縦士の訓練などを軽減するために導入されたMCASなどの「制御システムを強化」するためだという。

「北米以外の多くの航空関係者が何の根拠もなしに『危ない、危ないと騒ぎ』、運航停止を決めたことに心底驚いている」とFAAの元安全検査官ジェフ・ガゼッティは、米USAトゥデー紙への寄稿で述べた。



米国家運輸安全委員会の元幹部のピーター・ゴールズは、FAAがエチオピア航空の事故の翌日に通知を出したのは「MCASの搭載に懸念を抱き、その仕組みや誤作動時の対処方法について、操縦士たちに確実に理解させるためだ。こうした情報は、納入時に配布されるマニュアルや運用ガイドでは強調されていなかった」と語る。

ゴールズによれば、必要な情報は当初「マニュアルの中に埋没」していたので、FAAは操縦士がしっかり理解できるように強調しているのだという。さらに、アメリカ人パイロットを含む多くの操縦士は、ライオン・エアの事故が起きるまでMCASの存在に気付いておらず、訓練生の理解となると、さらに遅れている国があるとも指摘した。「途上国などでは、アメリカの航空会社ほどには訓練が行われていないだろう」

エチオピア航空302便から回収されたブラックボックスには何が? Baz Ratiner-REUTERS

運航開始1年半の事故

昨秋、サウスウエスト航空パイロット組合のジョン・ウィークス委員長は、米シアトル・タイムズ紙に、同社の操縦士もMCASについて「何も知らされていなかった」と述べている。

インドネシア沖でライオン・エア機が墜落したのは、737MAXの商業運航が始まってから1年半もたたない頃のことだった。事故原因の調査はまだ終わっていないが、MCASが自動的に作動し、勝手に機首を押し下げた疑いがある。しかも操縦士あるいは副操縦士がMCASを遮断しようとした形跡はないという。つまり、遮断できることを2人とも知らなかった可能性がある。

エチオピア航空機の機長は総飛行時間8000時間のベテランだった。だが副操縦士は200時間にすぎなかったと思われ、欧米の主要航空会社が求める水準には遠く達していなかった。

ライオン・エアの事故機から回収されたブラックボックスに基づいて調査したインドネシア政府によると、事故機のパイロットたちは「いわば10分間の綱引きに苦しんだ。新しい失速防止装置(MCASのこと)は容赦なく26回も機首を押し下げ、機体は制御不能に陥った」とシアトル・タイムズは伝えている。「パイロットは機首が下がるたびに引っ張り上げた。しかしなぜか、前日に操縦したパイロットたちがしたように、単純にMCASを遮断しようとはしなかった」とも指摘している。

ボーイング社が11日に発表した声明によると、同社はライオン・エア機の事故後、「安全な737MAXをさらに安全にするため機体制御ソフトウエアの拡張機能を開発している」ところであり、「そのためにFAAと緊密に協力してきた。数週間後には737MAXシリーズに搭載する」予定だという。

ボーイングがライオン・エアの事故を受けてFAAと協力した内容を知る関係者によれば、ボーイングは緊急時の操作を単純化することで安全性を改善できるとみたようだ。それは4月予定の変更に含まれる。

ほかに予定される変更は、ソフトウエアによる自動制御を減らすことや緊急時に(装置でなく)操縦士が素早く対応できる態勢を強化することなどだ。

FAAの資料によると、米国内では737MAX8の制御について最近数カ月に少なくとも5回、操縦士から問題点の指摘があったと、ニュースサイトのポリティコが伝えている。その一部はMCAS関連のようだ。

ちなみにトランプも大統領令を出す前日にツイッターで「航空機の操縦は複雑になり過ぎている」と投稿していた。



名ばかりの新型機だった

専門家の間からは、世界最大の航空機メーカーとあろうものが前代未聞の信頼感の危機にさらされるとは一体なぜなのかと問う声もある。

答えは737MAX開発史に潜んでいるかもしれない。それが「夢の新型機」ではないことはボーイング社も認めている。

737の後継にはまったく新しい機種を開発する予定だったが、競争激化で急きょ改良型を導入することになったという。

11年に仇敵エアバス社がA320neoをアメリカン航空に260機注文させるという形で米市場に乗り込んでいた。だからボーイングも新型機で迎え撃つしかなかった。

737の改良には5年の月日を費やした。新式の大型エンジンを機首に近めの位置に搭載して揚力を増す。だがそれでは離陸直後に機首が上向きになり過ぎるかもしれない。失速する可能性もある。対策として作られたのがMCAS、すなわち自動的に機首を下げるシステムだ。

ところがボーイングは、737MAXが世界中で売れに売れても、このMCASのことをパイロットたちに十分に伝えようとしなかったようだ。

パイロットにとって離陸は最も難しい作業の1つだ。アメリカン航空のタヘルによれば、MCASは高度約300メートルで作動可能となる。そこで仮に機首が上がり過ぎと判定されたら、パイロットは余計に緊張を強いられる。「いろんなことに気を取られる。そこへシステムが介入する。10秒単位で、機首を下げて機体を水平にしようとする装置と闘うことになる」とタヘルは言う。またMCASが単一のセンサーに頼っていることも問題視している。

前出のゴールズが言う。「ボーイングは(737MAXの売り込みに当たり)旧型737機を操縦した経験者なら簡単な再研修で十分だと言っていた。何度もフライトシミュレーターで練習しなくていいと。だからパイロットの中には、あのシステムを理解せず、いざというときの対応も分かっていない人がいるようだ」

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年03月26日号掲載>



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マイケル・ハーシュ(フォーリン・ポリシー誌記者)

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