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「囚人式」コンディショニングが、ビジネスパーソンに必要な理由

ニューズウィーク日本版 2019年3月22日 18時30分

<年齢すら関係ないと『プリズナートレーニング』著者のポール・ウェイドは言う。超初心者でも始められ、コストも掛からない「囚人筋トレ」をやらない理由はあるか。筋トレには健康維持に役立つという「副作用」もある>

筋トレは、アスリートやボディビルダーがやるもの、あるいは、夏を前にした若者が上腕二頭筋を大きくしたり腹筋を割ったりするためにやるものだと思っていないだろうか?

だとしたら、筋トレがもたらす大切な「副作用」を見逃していることになる。1週間に1〜2回、計1時間未満の筋トレをやると、メタボリックシンドロームになるリスクを29%(*)、心筋梗塞や脳卒中になるリスクを40〜70%低くできる(**)ことが期待できるからだ。

健康維持というと、ジョギングやウォーキングなどが頭に浮かぶかもしれない。もちろん、それらも健康に寄与はするだろう。しかし、体全体に及ぼす影響を考えると、筋トレがもたらすものはそれ以上になる。

筋トレによるこういった効果が「コンディショニング」という用語とともに、最近注目されるようになっている。コンディショニングとは、筋トレをやりながら、そこに睡眠や食事、心の持ち方といった要素を加味することで、心身の状態をよくし、それを維持するための技術を指す。筋トレを定期的にやることで気分がいい毎日にしていこうとする考え方だ。

そのコンディショニング技術を学べる本として、現代ビジネスパーソンに最適なのが『プリズナートレーニング』(山田雅久訳、CCCメディアハウス)である。

著者は、アメリカで凶悪犯を収監する刑務所を20年以上渡り歩いたポール・ウェイド。元囚人だ。この本の原書の書名は『Convict Conditioning(コンビクト・コンディショニング)』で、「囚人のためのコンディショニング技術」という意味になる。

監獄にいるわけではないから、そんな「コンディショニング」は自分には無縁だと思う人もいるかもしれない。しかしコンビクト・コンディショニングは、どんな環境にいる、どんな人にも応用できるものになっている。

誰にでも始められ、監獄でも筋肉がつけられるシステム

この本の成立背景を知るとそれがなぜかを理解できる。弱肉強食が支配する監獄の中では、大きくてパワフルな体躯を手に入れることがサバイバルにつながる。健康を維持することも大切だ。

理由は簡単。弱い、あるいは弱く見られれば、捕食者=他の囚人たちの標的になるからだ。餌食や慰み者にならないためには、できるだけ早く、しかも着実に筋肉をつけるコンディショニング技術が必要になる。

コンディショニングという用語には、自分が置かれた環境を把握し、それを受け入れ適応していく技術という意味も含まれているのだが、監獄という環境に適応するために著者のウェイドが選んだのが「キャリステニクス」だった。

キャリステニクスとは、紀元前にまで遡る歴史を持つ自重力トレーニング(自分の体重だけを使って行う筋力トレーニングのこと)だ。



スパルタ軍、ローマ時代のグラディエーター、大道芸人やストロングマン(怪力男)などを通じて伝承されてきたその技術は、ウエイトもマシンもない監獄の中でかろうじて生き延びていた。囚人の先輩からキャリステニクスを学んだウェイドは、その技術を自らの体で実践し、関連する書物を読み漁ることで極めていった。

いつしかウェイドは監獄で一目置かれる存在になっていき、入獄してくる新米たちにそのコンディショニング技術を伝授するようになる。ついたあだ名が「エントレナード」(スペイン語でコーチを意味する)だ。

彼のもとには、さまざまな身体タイプと筋力を持つ男たちが集まってきた。エントレナードとして必要になったのが、誰にでも始められ、監房という狭いスペース内でも強い筋肉がつけられるシステムだった。試行錯誤した結果できたのが、コンビクト・コンディショニングなのだ。

週2〜3回の筋トレで、何歳であっても筋肉が増えていく

ウェイドが編み出したシステムの秀逸なところは、筋トレの超初心者でも始められるところにある。それぞれのエクササイズが10のステップに段階分けされており、ステップ1はケガを負った後のリハビリに使えるほど負荷が軽い。相手にするのは、自分の体だけ。器具もほとんど必要としないのでコストも掛からない。

「監獄の中で通用したやり方だ。外の世界で通用しないはずがない」とウェイドは言う。コンディショニングを始めたい人にとって、これ以上のシステムはないだろう。

コストが掛からず、超初心者でも始められる――。そこまで聞いても、まだ躊躇する人がいるかもしれない。例えば、年齢を言い訳に......。

ウェイドは『プリズナートレーニング』の中で、何歳であっても筋トレを始めるべきだと繰り返し述べている。「古い時代のストロングマンたちは80 代になっても見事な体をもっていた。それを考えれば、50、60はヒヨッ子みたいなもの」らしい。

その言葉を裏付けるように、週2〜3回筋トレをやれば、何歳であっても筋肉が増えていくことが分かっている。90代になっても、負荷さえ加えれば、私たちの体は筋肉をつけることで応えてくれる。

筋肉は負荷をかけないと退縮していく。40歳前後からその減少傾向が見られるようになり、そこからの10年で8%ほどを失い、その減少が年々加速化していくと言われる。加齢による筋肉の喪失が、血圧や血糖値の上昇の一因になっていることが、近年指摘されるようになった。



腕立て伏せは胸や腕の筋肉を使ってやるものではない

それでも、学校を卒業して以来、体をまともに動かしたことがない、あるいは、今さら筋トレで苦しみたくないなどと考える人は多いだろう。心配はいらない。先に述べたように、コンビクト・コンディショニングは体力ゼロに近くても始められるからだ。

例として、『プリズナートレーニング』に紹介されているプッシュアップ(腕立て伏せ)のやり方を見てみよう。壁に手のひらを置き、腕を曲げるウォール・プッシュアップがステップ1だ(下の写真)。

プッシュアップのステップ1、ウォール・プッシュアップ(『プリズナートレーニング』73ページ)

そのごく軽い負荷を利用して、肘、手首、肩をおだやかに刺激して血流をよくし、徐々に筋肉をつけていく。多くの人が思い描く腕立て伏せ(フルプッシュアップ)はステップ5。マスターステップであるステップ10は、片腕だけでやる(!)腕立て伏せになる。その気にさえなれば、筋肉の離れ業とも言えるその境地まで登っていくやり方が懇切丁寧に説明されている。

実際にやるエクササイズは計4種類だ(筋力的な条件がととのったところで、そこに、もう2種類が加わる)。しかし、数が少ないからと侮ってはならない。キャリステニクスはとてつもなく奥が深いのだ。

プッシュアップを例に取ると、腕立て伏せは胸や腕の筋肉を使ってやるものという先入観がある。ところが、キャリステニクス式のプッシュアップは、頭からつま先までの体全体を1枚の鉄板のように緊張させてやる全身運動だ。たくさんの筋肉を対象にするので、腹筋や大腿四頭筋にも筋肉がついていく。1種類でも、効率的に全身に筋肉がつくエクササイズになる。

『外伝』には「監獄式ボディビルダーになるための十戒」を記載

このトレーニング法は関節も強くしてくれる。それに特化したトレーニングを記したのが、続編となる『プリズナートレーニング 超絶!!グリップ&関節編』(ポール・ウェイド著、山田雅久訳、CCCメディアハウス)だ。

その続編の中に、こんな記述がある。

関節が弱いと強くなれない。なれたとしても、その強さは長続きしないし、関節に痛みが堆積していくことになる。機能性が高い強い筋肉をつくるには何年もかかるが、関節も同じように強くしてこそ、それは本物になる。

関節を、こう動くものという摂理に則ったかたちで鍛える。使う抵抗(重量)も体重なので、無理がない。漸進的に大きくしていく負荷を使って徐々に慣らしていくので、強くなっていく筋肉システムに比例するように関節も強くなっていく。

骨密度も上がる。筋肉は、腱や靭帯を通して骨につながっている。筋肉を動かすと、腱や靭帯を通して骨が引っ張られる。すると、破骨細胞によって古い骨が除去され、骨芽細胞によって新しく健康的な骨が再生される。筋肉に負荷をかければ、骨粗しょう症になるリスクを減らすことができるのだ。

【参考記事】ジム不要の「囚人筋トレ」なら、ケガなく身体を鍛えられる!



さらに、最新作『プリズナートレーニング外伝 監獄式ボディビルディング』(ポール・ウェイド著、山田雅久訳、CCCメディアハウス)では、今までのコンディショニング技術に加え、自重力トレーニングのみでボディビルダーのような巨大な筋肉をつくり上げるエクササイズを惜しげもなく紹介している。

『外伝』ではまた、休息や食事法、さらにトレーニングに臨む心構えを「監獄式ボディビルダーになるための十戒」と定め、筋肉を「最大」かつ「最強」にする最良のメソッドとして提示。巨大で力強い雄牛(ブル)とアスリートのように俊敏なガゼル、両方の筋肉(作中では両者の名称を合わせて「ブルゼル」と表記されている)を手に入れたい人には必見の内容になっている。

◇ ◇ ◇

『プリズナートレーニング』の3冊は単なるトレーニング本ではない。キャリステニクスという何千年もの歴史を持つトレーニング法を、場所や時間に制約されないかたちで学ぶことができる本だ。

狭い監房内でやることを前提にしたトレーニング法だからこそ、寝転がるほどのスペースがあれば実践できる。出勤前や就寝前の自分の部屋、休み時間の公園、オフィスにあるちょっとしたスペース、出張先のホテル内もトレーニングジムにできる。入門者用の「新入り」というプログラムなら、週2日、それぞれ20〜30分もあれば終了する。

決して囚人だけのものではないのだ。多忙な現代ビジネスパーソンにとっても、未来のための悪くない投資になるだろう。

【参考記事】全否定の「囚人筋トレ」が普通の自重筋トレと違う3つの理由


『プリズナートレーニング
 ――圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ』
 ポール・ウェイド 著
 山田雅久 訳
 CCCメディアハウス



『プリズナートレーニング外伝 監獄式ボディビルディング』
 ポール・ウェイド 著
 山田雅久 訳
 CCCメディアハウス



『永遠の強さを手に入れる最凶の自重筋トレ
 プリズナートレーニング 超絶!!グリップ&関節編』
 ポール・ウェイド 著
 山田雅久 訳
 CCCメディアハウス


[資料]
*Association of Resistance Exercise, Independent of and Combined With Aerobic Exercise, With the Incidence of Metabolic Syndrome. Bakker EA, Lee DC, Sui X, Artero EG, Ruiz JR, Eijsvogels TMH, Lavie CJ, Blair SN. Mayo Clin Proc. 2017 Aug;92(8):1214-1222. doi: 10.1016/j.mayocp.2017.02.018. Epub 2017 Jun 13. 

**Associations of Resistance Exercise with Cardiovascular Disease Morbidity and Mortality. Yanghui Liu, Duck-Chul Lee, Yehua Li, Weicheng Zhu, Riquan Zhang, Xuemei Sui, Carl J Lavie, Steven N Blair. Medicine and science in sports and exercise. 2019 Mar;51(3);499-508. doi: 10.1249/MSS.0000000000001822.


ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

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