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ネオナチと仮想通貨の意外な関係

ニューズウィーク日本版 2019年3月22日 18時19分

<通常の金融取引から締め出された極右勢力が、仮想通貨を資金源にしているのはよく知られているが、反ユダヤ的陰謀説を信じるなど思想的にも似通っている>

ニュージーランド中部の都市クライストチャーチにあるモスクで3月15日、ネオナチの男が銃を乱射し、50人を殺害する事件が起きた。容疑者のブレンドン・タラントは、犯行直前にネット上に長文の犯行声明を発表していた。そのなかに、仮想通貨で儲けていた、とくにビットコネクトというのちに破綻した詐欺コインで大金を稼いだ、という話があった。

犯行声明の他の部分もそうだが、仮想通貨についての話はほぼ間違いなくメディアを惑わせるために意図的に入れたでたらめだ。

こんなでたらめが本当らしく響く理由は、仮想通貨は極右勢力にとってお気に入りの資金源になっているからだ。運用にはそれほど成功していないのだが、白人至上主義者が仮想通貨に手を出していることは、2017年のビットコイン・バブルの時期から知られていた。

仮想通貨が新たな決済手段に

ビットコインは、独自のデジタル通貨を使用する分散型の決済システムだ。ビットコインの値段は変動し、リスクを伴う(ピークの2017年12月には1コインあたり2万ドル近くまで上昇したが、2019年3月現在は4000ドル前後になっている)。だが誰かにビットコインを送金するのは完全に自由で、第三者が妨害することはできない。

極右勢力がビットコインに興味を持ったのは、既存の金融機関が彼らと取引しなくなったからだ。2017年8月、バージニア州シャーロッツビルで白人至上主義者と人種差別反対派の大規模な衝突が発生、反対派の女性1人が死亡した。この事件をきっかけに、オンライン決済大手のペイパルやクレジットカード会社は、オルト・ライトの活動団体との取引を拒むようになった。

そこで極右勢力は決済の代替手段としてビットコインの利用を勧め始めた。目立ちたがりの白人至上主義者リチャード・スペンサーは、ビットコインは「オルト・ライトの通貨だ」とまで宣言した。その実彼自身は、ビットコインを買ったこともなかったのだ。

ネオナチがビットコインに惹かれたのは実用性だけでなく、イデオロギー的な接点があったからかもしれない(ただしビットコイン支持者の大半は、クライストチャーチのモスクを襲ったような憎悪とテロには憤り、ネオナチに対しては軽侮しかもたないような人々だ)。



ビットコインの思想はネオナチのイデオロギーと同じではない。だが、私的所有を重んじる右派リバタリアニズム(自由主義)と自由市場の自治を重視し、国家の廃止を提唱する「無政府主義資本主義」に基づくビットコインの理念は、極右の過激な思想とある程度共通する部分がある。どちらも「ユダヤ系銀行が世界を支配している」といった陰謀論を唱えているし、巨大掲示板の仮想通貨スレッドなど、両者が直接交流する社会的空間もある。

デービッド・ゴランビアは2016年の著書 『ビットコインの政治:右翼過激主義としてのソフトウェア』で、ユダヤ人銀行家たちの陰謀など昔からある反ユダヤ主義的陰謀論など、ビットコインを作ったさまざまな思想の歴史をまとめた。「純然たるファシストやナチスの思想にかぶれているのは、仮想通貨の利用者のうちごくごく一部だと思う」と、ゴランビアはフォーリン・ポリシー誌に語った。「だが一方で、仮想通貨の世界におけるファシストの比率は、一般よりも高いと思う。これは仮想通貨のコミュニティに陰謀論が広がっているからだ。仮想通貨の世界にいる多くの人が、明らかに事実に反するような理論を積極的に信奉する人間もいる」

差別主義の哲学者

ビットコインの支持者は、当然のことながら、仮想通貨と極右勢力の相性がいいという事実を否定している。友人や仲間が邪悪な考えをいだいていることなど、人は認めたくはないものだ。だがかなり早い時期から両者には接点があった。

無政府資本主義者で、暗号技術の利用を推進する活動家でもあったティモシー・メイは、1988年に非常に影響力のある「クリプト・アナーキスト・マニフェスト」を書いた。そこには20年後にサブカルチャーとしてのビットコインが体現する無政府資本主義に対する多くの希望と期待が描かれていた。メイは2018年に亡くなったが、それまでにビットコインの哲学者として崇敬の的となっていた。

だがメイはときおり、ユダヤ人、黒人、ヒスパニック系アメリカ人を差別するような文章を書いており、その点が世間から注目されてもいた。ビットコイン関連の友人たちは、メイがわざと炎上を誘う「釣り」として挑発的メッセージを送っているだけだと主張した。そうだとしたら、メイは30年以上にわたってネット上で「釣り」を続け、それ以外の素顔を見せることはなかったことになる。ネオナチもメイを称え、白人至上主義者のサイト「デイリーストーマー」はメイの死を悼む追悼記事を掲載した。



2017年のビットコイン・バブルの絶頂期には、ビットコインを購入したネオナチが金持ちになることを多くの人が心配していた。

しかし極右勢力が蓄えた富は、彼らが望むほど秘密にはできなかった。ビットコインの取引は匿名ではない。偽名で取引ができるが、すべての取引に公開元帳が存在する。だから極右勢力のメンバーのものと知られているビットコイン・アドレスへの決済は、複数のサイトに監視されている。コンピュータ・セキュリティ・サービス「スレートストップ(ThreatSTOP)」のジョン・バンベネックが運営するツィッター上の「ネオナチ BTCトラッカー」(@neonaziwallets)は、白人至上主義者の世界における仮想通貨資金の流れを記録している。

「ビットコインは、ネオナチのテロ集団が資金を調達し、使う能力を提供する。それをやめさせることは難しい」と、バンベネックはフォーリン・ポリシー誌に語った。「だが同時に、私のような情報分析アナリストが、ネオナチの動きを自由に調べる能力も提供してくれている。ビットコインの元帳は公開されているからだ。彼らはビットコインを使うことによって、プライバシーをすべて放棄することになる」

広がる極右を排除する動き

さらに、ビットコインの換金はそう簡単にはいかない。米ドルを引き出すことができる仮想通貨の交換所は数カ所しかなく、銀行は仮想通貨に基づく資金に手を出そうとしない。「ビットコインは、実際の通貨やものに変えることができて初めて意味がある」と、バンベネックは言う。「それができる場所は限られていて、そのうちの多くは極右勢力に対抗する動きを助けてくれている」

アメリカの大手仮想通貨取引所コインベースは、そのプラットフォームから暴力的な過激派を探しだし、積極的に排除する方針を打ち出している。過激派が利用するアカウントも削除している。2018年10 月27日にピッツバーグにあるシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝所)で銃乱射事件が起きた後には、容疑者のロバート・バワーズが大量殺戮の計画を投稿していた極右ソーシャルメディア「Gab」からツイッターやペイパルといった有力企業の撤退が相次いだ。

ネオナチには世の中に正体を明かさないようにするだけの自制心がなく、おかげでバンベネックの仕事がやりやすくなっている。たとえば、最近のある取引で、デイリーストーマーに0.001488ビットコイン(当時約5.93ドル)が送られた。「1488」はネオナチの間で合図として使われる数字だ。「14」は「われわれは白人の子供たちの存在と未来を守らなければならない(We must secure the existence of our people and a future for white children)」という14語からなる白人至上主義者のスローガンを意味し、「88」は「ハイル・ヒトラー(Heil Hitler)」を意味する。

「こういう連中は、自分を誇示することをやめられない」と、バンベネックは言う。「傲慢と無能が合体しているという、彼らの奇妙な特性には驚かされる」

クライストチャーチのテロリストにとって、仮想通貨で億万長者になる夢が笑えないジョークで終わったのも無理はない。

(翻訳:栗原紀子)

From Foreign Policy Magazine



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デービッド・ジェラルド

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