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アルメニア語でツイートしたトルコ大統領の胸算用

ニューズウィーク日本版 2019年3月23日 16時30分

<真の狙いはトルコ国内のアルメニア系住民の懐柔で、隣国アルメニアとの関係改善は望み薄>

第一次大戦中の1915年、オスマン帝国が領内のアルメニア人約150万人を殺害したとされる事件から100年余り。トルコのエルドアン大統領が隣国アルメニアの言語でツイートし、注目を集めている。

「私はトルコのアルメニア教会総主教、高潔なるメスロブ・ムタフィアンの死を深く悼んでいる。遺族とアルメニア系市民に心より弔意を表したい」

このツイートは、3月8日にムタフィアンが死去したことを受け、トルコ国内の推定5万~7万人のアルメニア系住民に哀悼の意を表したものだ。

ムタフィアンは長期にわたり闘病中で、アルメニア系住民は数年前からムタフィアンの退任と新たな総主教選出のための選挙実施を求めていた。トルコ当局は「総主教は終身制である」として拒否していたが、ムタフィアンの死により、後継者が選出されることになる。

エルドアンが1350万人のフォロワーを誇る自身のツイッターアカウントでアルメニア語でメッセージを発したのはこれが初めて。隣国アルメニアのパシニャン首相がトルコとの関係正常化に意欲的なこともあり、長くにらみ合いを続けてきた両国に雪解けが訪れると期待する向きもある。

だが専門家の間では、エルドアンのメッセージは和解のサインどころか、政治的打算の産物だとの見方が多い。隣国との関係を変える気はなく、少数派ながら一定の影響力を持つ国内のアルメニア系住民を懐柔しようとしている、というのだ。

ジェノサイドは認めず

「エルドアンはポピュリストで、なおかつ絶大な支配権を握りたがっている」と、政治アナリストのビッケン・シェテリアンは本誌に語る。「特に近年は国内のアルメニア系住民におもねる一方で、彼らに大きな影響力を持つ総主教を自らの支配下に置こうとしている」

中東史の専門家ベドロス・デルマトシアンも同意見だ。エルドアンのツイートは新しい総主教の選出に影響を与えることを狙ったものだと、彼は言う。アルメニア系住民は、トルコ当局による総主教選出への介入を認めるかどうかで、今や真っ二つに分断されていると、デルマトシアンは解説する。



エルドアンは1915年の事件はジェノサイド(集団虐殺)ではないと主張してきたが、昨年に発表した声明ではアルメニア人の犠牲者に哀悼の意を表している。「トルコはその良心と道義的責任に鑑み、アルメニア系市民の歴史的な苦痛に共感を寄せる」

これについても懐疑的な見方がある。「トルコのキリスト教徒に最大の影響力を持つアルメニア教会を味方に付ければ、国内外で自分に対する評価が変わると思っている」と、アルメニア人のトルコ研究者バルジャン・ゲガミアンは手厳しい。「しかもエルドアンはオスマン帝国の皇帝に自分をなぞらえたがる。イスラム教徒だけではなく、キリスト教徒をはじめ多様な臣民の支配者を気取りたいのだろう」

トルコとアルメニアは今も正式な国交を結んでいない。両国の国境は封鎖され、主にロシア兵が警備に当たっている。

1915年の事件はとげのように両国間に突き刺さったままだ。アルメニアはジェノサイドと認めるようトルコに要求しているが、トルコは「根拠なし」と突っぱねている。エルドアンが国内のアルメニア系の懐柔をもくろんでも、アルメニアとの真の和解はまだまだ遠そうだ。

<本誌2019年03月26日号掲載>



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クリスティナ・マザ

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