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ブレグジットを迷走させる、離脱強硬派の「メイ降ろし」と愚かな誤算

ニューズウィーク日本版 2019年3月26日 15時20分

<離脱強硬派をむしばむイヤイヤ病がかえってブレグジットを遠のかせる皮肉>

イギリス国民がEUからの離脱(ブレグジット)を選んだのは16年6月のこと。それから約2年半にわたり、英議会はすったもんだの大騒動を繰り広げてきた。だが、離脱発効までいよいよ残り17日に迫った3月12日夜、ついにその狂騒曲も終わりを迎える......はずだった。

英下院は12日、テリーザ・メイ英首相がEUとの間でまとめてきた離脱案を、賛成242票、反対391票と、150票近くの差をつけて否決した。合意なしの離脱は、パラシュートを着けずに飛行機から飛び降りるようなもの。それでもなお、英議会は離脱案を認めなかった。

一体、誰が反対しているのか。野党の労働党やスコットランド民族党、独立グループ、そして自由民主党の議員だけではない。メイ率いる保守党からも、離脱強硬派の極右勢力・欧州調査グループ(ERG)から80人以上が反対票を投じたのだ。

その一方で英議会は、13日に「合意なき離脱」を回避する決議案を可決。翌14日には6月末まで離脱を延期する案を可決した。それが現実になるかはEUの判断次第だが、離脱延期はメイ政権が退陣に追い込まれ、総選挙が実施され、場合によっては労働党が勝利し、国民投票のやり直しが決まるといった、新たな混乱の可能性が詰まったパンドラの箱を開けるに等しい。

一連の騒動でひどく奇妙なのは、ブレグジットを切望しているはずのERGら離脱強硬派が、実際にはブレグジットの実現を危うくする行動を繰り返してきたことだ。この2年半にいくつもの離脱案が否決され、ブレグジットの決断が遅れ、国民投票のやり直しの機運が高まる結果をもたらしてきたのは、まさに彼らの行動のせいだ。

ERGは強引なやり方で、英政治のバランスを自分たちに有利に傾け、自分たちだけが国民の声を代弁しているように装い、保守党のキングメーカーになった。そのくせ彼らは、そうやって得た影響力を、まともな政策を構築することに使ってこなかった。「まるで(ERGは)自分たちがずっと欲しいと言ってきたものを、本当は手に入れたくないようだ」と、ある閣僚は12日夜に語ったという。

単独プレーを好むメイ

今後の先行きは不透明だが、ただ1つはっきりしているのは、離脱強硬派がその自滅的な行動を通じて、保守党と英政治、そして自分たち自身の将来を極めて困難なものにしたことだ。もちらん彼らがそうしてきたのには、彼らなりの理由がある。

例えば、メイの離脱案をつぶすことは、彼女をつぶす助けになる。何しろメイの「次」を狙う政治家は着々と増え続けている。彼らは、メイは「党も議会も掌握できなくなった」と批判することによって、彼女に取って代わろうとしているのだ。



メイの側近らは、政権が5月28日まで持てば、一定の成功を収めた首相として歴史に名を残せると考えているようだ。この日を過ぎれば、労働党の最後の首相ゴードン・ブラウンの任期を超えることができるからだ。

しかしそこに至るまで、とりわけ今後2~3週間は、メイが政権を維持するのは非常に難しくなるだろう。ERGの中心的存在であるボリス・ジョンソン前外相は、首相の座を誰よりも虎視眈々と狙ってきた。ジョンソンは12日、メイの離脱案を厳しく批判して「メイ降ろし」に力を入れることこそが、後継者争いに勝利するカギだと考えていることを露呈した。

一方、こうした党内の権力争いに興味のない議員たちは、メイのやり方に純粋に政治的な疑問を感じている。

ブレグジットはEUに残留するか離脱するかという、比較的単純な白黒の問題であるにもかかわらず、メイは離脱にも「ハードブレグジット」と「ソフトブレグジット」があるとして、灰色の領域をつくり出した。そして党内の離脱強硬派につぶされると分かっているのに、ソフトブレグジットを推してきた。

さらにメイは単独プレーを好み、EUとの交渉にも1人で乗り込み、閣僚たちを遠ざけ、党内の一般議員を無視してきた。だから彼女は、自分がまとめてきた離脱案によって、イギリスは間違いなくEUから「解放される」ことを党内に説得できなかったのだ。

今やメイの支持率は30%以下に落ち込み、与党内の議員にとって、彼女への支持を表明することは自らの政治生命を危うくしかねなくなった。だから、メイ自身ブレグジットを支持しており、ブレグジットを成功させることに首相の座と名声が懸かっているにもかかわらず、ブレグジット支持者の間で彼女は正当性を失ってしまった。

実際、メイに対する非難(主にアイルランド国境問題に関する不十分な説明が原因だ)は極めて激しくなり、保守党内でさえ、彼女がまとめた離脱案に賛成票を投じることは、真のブレグジットに反対していると受け止められるようになった。

繰り返される読み間違い

だが、離脱強硬派が意図せずブレグジットを失敗させつつあるもう1つの、そしておそらく最も際立った理由は、単純な(しかし深刻な)政局の読み違いだ。実のところイギリスの政治は過去3年間、同じような愚かな誤算に振り回されてきた。

デービッド・キャメロン前首相が、国民はEU残留を選ぶに違いないと根拠のない自信を抱いたために、16年の国民投票が実施されることになった。そして17年には、保守党は地滑り的な勝利を収めるに違いないと、メイが奇妙な確信を抱いたために、解散・総選挙が行われた。結果的に保守党は労働党に30以上の議席を奪われ、議会における圧倒的過半数を手放した。



そして今、離脱強硬派はブレグジットを遅らせて失敗させることが、将来の自分たちの政治的成功のカギだと考えているようだ。だがその確信は、過去の例と同様に、読み間違いだったと判明する可能性が高い。

10日夜、メイが土壇場でEUと離脱案に合意したというニュースが広がると、英議会にはかすかな楽観論が広がった。11日深夜、保守党のニック・ボールズ議員は、翌日の採決で離脱案に賛成票を投じるよう、ツイッターで与党議員たちに呼び掛けた。「ここで勝利を手にしよう。離脱案に賛成するんだ」

だが翌日、離脱強硬派は相変わらず「ノー」を突き付けた。彼らはボールズのツイートを最後まで読まなかったのかもしれない。「もし(賛成票を)投じないなら、君たちは何にも満足しないのだと私は判断する」と、ボールズは警告している。「そして君たちが嫌がることを何だってしてやる」

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年03月26日号掲載>



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スティーブン・パドゥアノ(ジャーナリスト)

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