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ブレグジットの勝者はEU その明るい未来像

ニューズウィーク日本版 2019年3月27日 11時25分

<もはやEUからの完全離脱はあり得ない――。イギリスの混乱劇で、加盟国内の離脱論は下火に。創設以来、自らの存在意義への疑念にさいなまれてきたEUは、団結して強力になった>



※4月2日号(3月26日発売)は「英国の悪夢」特集。EU離脱延期でも希望は見えず......。ハードブレグジット(合意なき離脱)がもたらす経済的損失は予測をはるかに超える。果たしてその規模は? そしてイギリス大迷走の本当の戦犯とは?

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超大国イギリスの時代が終焉を迎えたのは、一部の歴史家の説では1947年2月21日。英政府はこの日、米政府に打電した。もはやソ連に対抗してギリシャを支援することは不可能であり、共産主義の脅威にさらされるトルコからもわが国は手を引く、と。

リーダー交代の瞬間だった。西側世界の安定の要である支配的大国は、これ以降アメリカになったのだ。

ブレグジットをめぐる混乱の底無し沼から抜け出そうともがくテリーザ・メイ英首相が、3月29日が期限の離脱の延期をEUに求めた姿もまた、イギリスの相対的没落を印象付けた瞬間といえるかもしれない。今回の勝者はEUだ。機構としてのEUのみならず、概念としてのEUが勝利を収めている。

現状の意味は実に明瞭。EUはイギリスなしでも十分やっていけるが、イギリスはおそらくEUなしでは立ち行かない。イギリスには(多くの議員の虚勢はともかく)まともな離脱案も存在しない。主導権を握るのはEUだ。

創設以来、EUは自らの存在意義への疑念に慢性的にさいなまれてきた。アメリカには絵空事と笑われ、加盟国にとっては都合のいいスケープゴート。5月に欧州議会選を控えるなか、右派ポピュリスト勢力の台頭と分断の脅威にも再び直面している。

だがブレグジットの混乱劇で、構図は一変した。離脱交渉でのメイの失敗は英政権に大打撃を与える一方、ミシェル・バルニエ首席交渉官らEU側の責任者の評価を高めている。

バルニエは3月19日、イギリスの離脱の延期を認めるには、延長期間の使い方について英政府が「具体的計画」を示すことが必要だと発言。ブレグジットそのものを見直して、残留してはどうかと示唆した。

反旗を翻す側が結局は改心

EUの強硬姿勢を前にして、英議会は麻痺状態が続く。離脱協定案は既に2回否決され、ジョン・バーコウ下院議長が同内容の協定案は3度目の採決にかけられないと言いだしたため、大幅な変更点なしには新たに賛否を問えないかもしれない。

だが「大幅な変更」を実現したくても、メイがEUから譲歩を引き出す見込みは薄い。メイの信頼性は消えうせ、イギリスは「憲政上の危機」に陥っている。「(英二大政党の)保守党と労働党は根底から破綻している」と、プリンストン大学のハロルド・ジェームズ教授(ヨーロッパ史)は言う。



イギリスの屈辱は、EU内の最も先鋭的なポピュリストやナショナリストにも無視できない教訓になっている。もはやEUからの完全離脱はあり得ない選択肢で、政治的な自滅の道だ。

EUにとって大きな勝利に違いない今回の流れは、お決まりのパターンでもある。2010年のギリシャ財政危機以来、EUという核は大方の予想に反して持ちこたえ、EUに反抗した加盟国の政治家のほうが姿勢を修正してきた。

「一般的パターンとして、ヨーロッパは急進派政党さえも磁石のように中心に引き付け続ける」と、ジョージタウン大学のチャールズ・カプチャン教授(国際情勢)は語る。「なぜか。その市場、ルールに基づく秩序、政治的・地政学的影響力、安定感、開かれた国境のおかげだ」

経済面の理由もある。カプチャンら専門家は、ギリシャの与党・急進左派連合(SYRIZA)の変貌ぶりを例に挙げる。同党を率いるアレクシス・ツィプラスは2015年の首相就任後、反緊縮を掲げる左派のポピュリストから、あるジャーナリストいわく「財政危機以降のギリシャでEUの財政規律を最もよく守る指導者」へと変身した。

5月23~26日に予定される欧州議会選は親EU派とEU懐疑派の決戦になると予想されているが、懐疑派の間でも、完全離脱を主張する声はほとんど聞かれない。フランスの極右のリーダー、マリーヌ・ルペンは2017年の仏大統領選ではEU離脱を訴えたが、最近ではEUの内側からの改革が持論。イタリアの副首相兼内相で、極右政党「同盟」党首マッテオ・サルビニもEU懐疑を掲げつつ、離脱ではなく改革を目指している。

スペインのシンクタンク、エルカノ王立研究所のチャールズ・パウエル所長に言わせれば、離脱交渉でのイギリスの不手際とEUが見せた意外な団結力は、二流国になったイギリスとより強力で一体化したヨーロッパというイメージを固めた。ハンガリーやポーランドで強まる反発、南北の分断など域内に多くの問題を抱えるとはいえ、「ブレグジットはEUを団結させて(移民問題などの争点で)合意に達する可能性を高めた」と言う。

懐疑派の動きが懸念されるが

もっとも、懸念材料は相変わらず多い。ドイツでは、2021年に迫るアンゲラ・メルケル首相の退任で政治の行方が見通せず、ナショナリズム傾向はスペインでも強まっている。

EU懐疑派は「離脱を目指すのは完全に逆効果」と学び、「(欧州)議会で多数派、少なくとも議決を左右できるだけの議席の獲得を狙っている」と、プリンストン大学のジェームズは警告する。カプチャンも「改選後の欧州議会ではEU懐疑派のポピュリストが一定の割合を占めるだろう。この問題は早期には解決できない」と指摘した。



パウエルによれば、イギリスの「退場」で欧州のさらなる統合という夢が突如、現実になるわけでもない。最古参の加盟国のオランダでさえ、イギリス流の市場主義を目標とし、中央集権体制の強化には懐疑的。北欧やバルト3国などの加盟国をまとめて、独仏に対抗しようとしている。

こうした事情にもかかわらず、EUは団結してイギリスとの困難な「離婚」に臨み、かえって力を増したように見える。そこに映し出されているのは、ヨーロッパという存在をめぐるイギリスと欧州大陸部の考えの違いだ。

「ヨーロッパとは単に『市場』を意味するのではないという基本概念で大陸部はほぼ一致している」と、パウエルは語る。「だがイギリスでは、そう考える者は皆無に等しい」

19世紀以降、イギリスの対欧州政策は(ナポレオン時代のフランスのような)大国に対抗して、小国と同盟を形成する路線を取った。しかし今の欧州にはEUという大きな存在しかない。国家の主権を取り戻すという大言壮語として始まった政策が完全な屈服で終わりかねないブレグジットの経緯に、将来の歴史家は学ぶべきだ。

イギリスは「無風状態の中でマストも舵も失ったヨットだ」と、カプチャンは言う。「漂っているだけで、どこへ進むべきかも分かっていない」

対するEUに、より確かな方向性と未来像があることはたぶん間違いない。

From Foreign Policy Magazine

<2019年4月2日号掲載>

※この記事は本誌「英国の悪夢」特集より。詳しくは本誌をご覧ください。

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マイケル・ハーシュ

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