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ロシア疑惑の捜査が「終結」しても、復讐に燃えるトランプ - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2019年3月28日 19時30分

<政治的な障害がクリアされた今、トランプは「オバマケア」の廃止に向けて動き出した>

ロシア疑惑の捜査終結を受けて、政界の中では様々な動きが続いています。共和党としては2020年の大統領選と議会選挙に向けて、まずは一安心というところです。一方の民主党は、発表に先がけて主流派が「大統領の弾劾は求めない」という方針を表明していましたし、「即時弾劾」を叫んでいた左派も今回の終結を受けて冷静になっています。

そんな中で、大統領の姿勢が注目されました。トランプ大統領が「普通の政治家」であれば、訴追すべき事項はないという決定に感謝しつつ、低姿勢になって「今後は疑惑を招かないようにする」といったお行儀の良いことを言って、選挙への体制固めをするはずです。また、これを機会に「激しい与野党対立」に終止符を打って、和解と協調の政治を目指すとすれば、中道票を固めることもできるでしょう。

ところが、ドナルド・トランプはそうではありません。「捜査終結」という転換を経ても、「ドナルド・トランプは、やっぱりドナルド・トランプ」なのです。

どういうことかと言うと、「炎のような怒り」とでもいうべき感情が一向に治まらないのです。「捜査終結で訴追はなくなった」という決定を受けて、もちろんホワイトハウスの内部的には安心したり、喜んだりしているようです。ですが、現在の大統領を突き動かしているのは「復讐心」です。

彼の論理からすると、ロシア疑惑の捜査全体が「フェイク」であり、「魔女狩り」であって全く認められない――だから政治的な障害の無くなった今、思いきり復讐してやるというのですが、そうかと言ってロシア問題を追及していた政治家を一人一人攻撃するというわけではありません。

この際だから、政敵の一番嫌がることをやろうと言うのです。具体的に言い始めたのは「オバマケア全廃」という政策です。つまり、オバマ大統領が開始した「民間企業による医療保険に対して、公的助成をして国民皆保険とする」という新制度、通称「オバマケア」を完全に廃止しようというのです。

この「オバマケア」ですが、大統領就任直後からトランプ大統領は、廃止案を何度も提示してきましたが、その都度、議会に阻まれてきました。有名なのは、故ジョン・マケイン上院議員が、闘病中のアリゾナからわざわざ議会に登院して「廃止案への反対票」を投じたというエピソードです。

この「反対票を投ずるマケイン」というシーンは、アメリカ政治史に残るような印象的なシーンで、故人の「超党派的な是々非々」の姿勢を象徴するものでした。ですが、執念深いトランプとしては、共和党政治家のくせに自分を認めなかった存在として、今でもそれが許せないのです。



最近でも「自分はマケインを尊敬しない」と故人を冒涜したり、マケインの娘であるメーガン・マケイン氏に対して激しい罵倒ツイートを浴びせたり、とにかく憎しみが続いているようです。仮に、「オバマケア全廃」に成功すれば、その故マケインのレガシーも消し去ることができるというわけです。

この「オバマケア全廃」ですが、もちろん、現在の議会では民主党が下院の過半数を握っているために、まず法案が通る見込みはありません。そこで、大統領としては、連邦最高裁の「オバマケア合憲判決」をひっくり返したいという思惑があるようです。ですが、そうなると保守派でありながら、現在は「スイング」つまり保守とリベラルの立場を入れ替えながら全体の判決のバランスを取る、つまり中道的な判断に傾いているロバーツ最高裁長官を名指しで批判するのに等しく、三権分立への重大な挑戦ということになりかねません。

せっかく「訴追なし」という結果を勝ち取ったにもかかわらず、大統領は相変わらず「怒りに燃える復讐の鬼」といった、国内における政治的メンツの獲得ゲームに興じるばかりです。

そんななか、中国との通商交渉は展望が開けていませんし、ロシアに至ってはアメリカに至近のベネズエラを舞台に「本格冷戦」を仕掛けようと、挑発を繰り返しています。そんなわけで、今後も「トランプ政局」は不安定なまま、2020年の大統領選になだれ込んでいく雲行きです。

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