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米欧、そしてロシアも「共通の脅威」中国に立ち向かうべき

ニューズウィーク日本版 2019年4月1日 14時0分

<ロシアをめぐる米欧対立はどちらの得にもならない。ロシアにも、欧米の陣営に加わるか、中国と対峙するかの選択肢を与えなければならない>

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は2月20日の年次教書演説で、ワシントンを一瞬で壊滅させると脅してみせた。最近のプーチンは自慢の新型ミサイルを盛んに誇示するようになった。そして必要なら、新兵器の使用をためらわない姿勢も。

プーチンは、アメリカが中距離弾道ミサイルを欧州に配備すればモスクワに5~7分で到達すると指摘。ロシアが先に新しい中距離ミサイルを欧州に配備することはないが、アメリカが1987年の中距離核戦力(INF)全廃条約以前の核配備体制に回帰すれば、すぐに報復すると警告した。当時は旧西ドイツにパーシングIIミサイルが配備されていた。

プーチンは一連の新型ミサイル兵器を誇らしげに披露した。核搭載可能な極超音速空対地ミサイル「キンジャール」、大型ICBM(大陸間弾道ミサイル)「サルマート」、原子力巡航ミサイル「ブレベストニク」、極超音速滑空弾頭「アバンガルド」......。性能が宣伝どおりなら、いずれも迎撃は困難だ。

さらにプーチンは新型水中ドローン(無人機)「ポセイドン」も自画自賛した。全長約20メートル、100メガトンの弾頭を搭載可能とされる自律式原子力魚雷で、ニューヨーク州などのアメリカの沿岸州を丸ごと壊滅させる性能を持つという。

これまでと同様、プーチンは「主敵」アメリカとその同盟国に激しい非難を浴びせ、「母なるロシア」が攻撃されれば「意思決定の中枢」、つまりワシントン、ブリュッセル、ロンドン、ワルシャワなどの各国首都をたたくと宣言した。

プーチンの怒りの原因は、トランプ政権によるINF条約の破棄決定だ。同条約で禁止された射程のミサイルを配備したロシアの明白な違反行為を受けての措置だった。

旧西ドイツにも配備されていたパーシングミサイル UNDERWOOD ARCHIVES/GETTY IMAGES

中国の台頭を許した甘さ

プーチン演説の数日前、ドイツのアンゲラ・メルケル首相はミュンヘン安全保障会議の演説で、同条約の破棄を支持すると発言した。メルケルが米政府の政策に賛成するのは珍しい。

だが、残りの外交政策には激しい批判を浴びせた。イラン核合意からの離脱を決め、ドイツ製自動車に関税をかけると脅し、突然アフガニスタンとシリアから撤退すると発表したトランプをメルケルは非難した。

アメリカの元政策担当者の間では、こんな臆測が広がった。トランプはNATO条約の第5条にある集団防衛の約束を守る気がないのではないか、あるいはNATOそのものから脱するつもりではないか......。



ミュンヘン安全保障会議の直前にワルシャワで開催されたアメリカ主導の中東会議では、米欧間の亀裂はさらに明確だった。フランス、ドイツ、イタリアの「古いヨーロッパ」は閣僚の派遣を見送り、アメリカのマイク・ペンス副大統領とマイク・ポンペオ国務長官ばかりが目立つ結果に。会議の狙いはイランの孤立化だったが、孤立したのはアメリカのようだった。

米欧の対立が表面化した時期もよくない。ロシアはアメリカを核兵器で脅迫するだけでなく、国内の反対勢力をアメリカの「手先」として攻撃している。プーチンは、インターネットを利用してスパイ行為をしていると欧米を非難。ロシア下院は国内と国外のインターネット通信を遮断する法案を議論している。

その一方で、欧米とロシアにとって共通の長期的・戦略的懸念が浮上してきた。中国の台頭だ。2月末の米朝首脳会談が決裂した背景には、中国の動きがあった可能性もある。中国は伝統的に(もっともらしく否定しながら)北朝鮮を対米用の「破壊工具」として利用してきた。

中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は2018年中に金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と複数回会う一方、経済力を北朝鮮へのアメとムチのように使い、「君主」としての地位を示唆している。米中関係の現状を考えると、北朝鮮と満足のいく合意に達する可能性があると判断したトランプは甘過ぎた。このアメリカの甘さ故に、中国はさしたる反発もなく勢力圏を拡大し続けている。

訪中したプーチンと習近平 SPUTNIK PHOTO AGENCY-REUTERS

ロシアにとっても悪夢

筆者は2月、国立シンガポール大学中東研究所の学術会議で報告を行ったが、この会議では何人もの専門家が、ミャンマーからジブチ、ドバイに至る広大な地域で戦略的地位を確立しようとする中国の計画を分析した。

中国の大規模港湾・鉄道プロジェクトは、パキスタンの港町グワダルだけでなく、エジプト、イスラエル、ギリシャ、チェコまでも標的にしている。巨大経済圏構想「一帯一路」が世界秩序の再編を目指していることは周知の事実だ。

中国は既にアフリカの主要な貿易相手国だ。中東の石油と天然ガスに対するアメリカの関心が低下するのを尻目に、エネルギー需要旺盛な中国はその地位を奪おうとしている。

中国が戦おうとしているのは、直線的で戦術的なチェスでなく、より複雑で忍耐力の必要な囲碁だ。中国は貿易、投資、金融、安全保障、インフラ、観光を外交にフル活用している。中国が50年の時間軸で動いているのに対し、アメリカは日本、オーストラリア、台湾(ことによるとインドも)という異質な同盟を急いでまとめ上げようとするか、軍事的反応を見せるだけ。これでは中国をいら立たせる程度の効果しかない。



オマーン産原油を積んで中国・浙江省の舟山港に到着したタンカー TPG/GETTY IMAGES

ミュンヘン安全保障会議で、ヨーロッパはアメリカ側に付くか反米に回るかを決めなければならないことが明白になった。欧米は中国の挑戦に敢然と立ち向かい、協力のレベルを一段階上げる必要がある。

ロシアには、欧米の陣営に加わるか、1国だけで中国と対峙するかの選択肢を与えなければならない。人口で9倍、GDPで10倍、しかも4000キロ以上の国境を接する相手に単独で立ち向かうのは、ロシアにとって悪夢のシナリオだろう。プーチンはアメリカへの嫌悪感が強過ぎて正常な判断力を失い、資源に飢えた隣人に自国を差し出そうとしているように見える。

大西洋の両岸の国々が脅威の評価、戦略的連携、政治的・軍事的関与で足並みをそろえなければ、21世紀後半には中国が世界の覇権を握ることになる。欧米の当局者は知らなかったでは済まされない。

<2019年4月2日号掲載>



※4月2日号(3月26日発売)は「英国の悪夢」特集。EU離脱延期でも希望は見えず......。ハードブレグジット(合意なき離脱)がもたらす経済的損失は予測をはるかに超える。果たしてその規模は? そしてイギリス大迷走の本当の戦犯とは?


アリエル・コーエン(米アトランティック・カウンシル上級研究員)

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