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習近平訪仏でわかった欧州の対中争奪戦

ニューズウィーク日本版 2019年4月4日 14時15分

<口では中国スパイを警戒しているなどと言っても金持ちの中国に背を向けることはできず、うまく利用しようというのが仏独の戦略>

中国の習近平国家主席は3月下旬、イタリア、モナコ、フランスを歴訪した。3月中には米中首脳会談が開かれ、米中貿易戦争にも終止符が打たれるといわれていたが、それは実現しなかった。

中国のパリでの宣伝攻勢はすさまじいものだった。3月24日~26日の訪問に際してフランスの主要新聞には軒並み数ページの全面記事広告が掲載された。費用は優に1億円は超えたといわれる。

中でも保守系で経済人の読者も多いル・フィガロ紙(3月25日付)では、それが6面にもわたった。しかもそのうち2面は巧妙に通常の紙面の間にはさんでいた。シリアの米軍の動向を伝える記事の対向ページには「中国フランス関係:より密接で持続的なグローバル戦略パートナー」と題する記事広告。めくると、ニース郊外での夕食前に外でマクロン大統領と習主席が横に立って何かを指し示す写真の下に「マクロン、中国とのバランスの取れたパートナーシップを勧奨」という見出しの本物の記事。その見開き右側の面は「パリと武漢:2つの都市の物語」という広告だ。また、23日付の同紙には、「中国とフランス 、一緒に共通の発展へ」と題する長文の習近平主席の署名記事もある。これは広告ではなく、オピニオン欄への寄稿である。

警戒しながら利益は享受

そして、爆買い。エアバス300機、EDF(フランス電力)による中国沿岸風力発電事業、コンテナ船建造用船舶10隻、牛に続く鶏肉の輸入解禁、原子力や宇宙分野での協力などのほか、中国の政府系ファンドCICはフランスの金融機関と1800億円規模の新しい投資ビークル開発に合意。フランスの大企業グループへの投資も約束した。

このうち3兆円以上の買い物といわれるエアバスは欧州各国協力の製品だ。国境を越えて欧州全体への強いメッセージでもある。

迎えるマクロン大統領は、26日朝のパリでの首脳会談にドイツのメルケル首相と欧州連合(EU)のユンケル委員長を招いた。

じつは、メルケル首相とユンケル委員長の2名の参加が決まったのは、習主席のイタリア訪問中。その際マクロン大統領はイタリアがEUと足並みをそろえずに「一帯一路」で協力する覚書に調印したことに不快感を隠せなかったという。

このところ、フランスでもドイツでも中国の投資についての警戒の声が上がっていた。3月12日にも欧州委員会が、中国の国営企業や国家補助の影響を排除し、戦略産業・技術分野の監視を強化するなどEU・中国関係を見直す10項目の行動計画を策定したところであった。同じ日には、欧州議会でも中国を意識した「EUサイバーセキュリティー法案」が採択されている。



であるから、独仏首脳とEU委員長はそろって中国に釘を刺した、といいたいところだが、そうでもない。

メルケルらとの首脳会談のあとでマクロンは、「国際的な平和と安全面において強力な多国間主義を構築する必要性」についてゲストたちの意見が一致したと強調した。「我々が共に構築したいのは、よりバランスの取れた、より新しい多国間枠組みである」と共和国大統領はつけ加えた(2019年3月27日付けのル・フィガロ)。

メルケル首相もまた新たな協力分野を示唆し、アフリカについて「西側の開発援助が貧困との闘いにおける中国の経験と結びつく可能性がある」と述べた(2019年3月27日付けのレゼコー紙)。発展途上国に対する中国支配が問題視されているが、欧州諸国はもともとアフリカの旧植民地で似たようなことをしている。自国内では軋轢が生じてしまうが、第3国なら平気ということだ。フランスも中国の資金とともに、汚水処理や通信整備などを拡大したいともくろんでいる。

トランプという共通の敵

独仏は、すでに大きく中国に進出しており、かなりの恩恵にも浴している。もっと中国の市場を開放せよ、マクロン大統領の言葉を借りれば「複線の新しい『絹の道』が欲しい」のであって、一帯一路を否定しているわけではない。

それに、いまはトランプのアメリカという中国と共通の敵がいる。

3月27日付けのルモンド紙社説はいう。「37点にわたる中仏共同声明は、気候変動からイラン核問題に至るまでアンチ・トランプの宣言だと読み取れる」

共同声明では、トランプ政権の出現によって弱体化させられた国連、世界貿易機関(WTO)、国際通貨基金(IMF)やG20のテコ入れも盛り込まれた。習主席の提案によるものだ。

アメリカとの距離感はEU全体としても言えることだ。アメリカとの包括的経済貿易協定の交渉は暗礁に乗り上げている。アメリカに進出したヨーロッパの大企業は様々な理由をつけてはアメリカ司法から莫大な罰金や損害賠償を払わされている。輸入自動車に追加関税を課すというトランプの脅しもある。

結局、25日の共同声明で釘を刺した相手は中国ではなく、間接的にイタリアだったといえよう。中国との対決ではなく欧州内における対中主導権争いの1ページに過ぎなかった。



この争いは、中国が煽った面もある。
 
中国は、2012年に旧東欧16カ国と「16+1」という枠組みを作った。今でも活発に毎年会議が行われている。このうち11カ国がEUに加盟しているが、一帯一路協定に調印していないのはルーマニアだけだ。この策を東欧諸国の側から見ると、中国を利用した独仏へのけん制である。それに国境を接するロシアの脅威への対抗という面もある。

中国と一帯一路の協定を結んでいるのは、この東欧10カ国とギリシャ、ポルトガルで、今回イタリアが加わる。

ギリシャやポルトガルは、2010年~2012年の欧州債務危機の時にEUに散々いじめられた。そもそも独仏の危機はギリシャ政府の腐敗もさることながら、独仏の金融機関の責任も大きかった。ギリシャ救済で出された補助金のほとんどは独仏の金融機関に還元された。その上、インフラや企業を買い叩いた。

アメリカも中東欧を暗躍

ベルリンの壁が崩れたあと、東欧やギリシャは、アメリカとEU(とくに独仏)の経済的影響力の争奪戦の場になった。EUが急速に拡大した理由でもある。近年はまたアメリカの手がのびてきている。2015年ポーランドは、バルト海・アドリア海・黒海の「スリーシーズ(三海)イニシアチブ」という中東欧の12のEU加盟国を結集した組織を作った。このうち11カ国は、16 + 1の加盟国で、12番目はオーストリアである。中国の投資への失望が設立の理由だとされていた。

しかし、トランプ大統領が2年前、7月14日のシャンゼリゼでの行進に招かれていたフランスに直接いかず、あえてポーランドを訪問してEUへの就任後初の一歩をしるしたときに、このイニシアチブの裏にはアメリカがいることがはっきりした。

アメリカはEUの解体を狙っているようだが、中国はどうなのだろうか? 新しい世界秩序の中でアメリカやロシアに対抗するためには、むしろEUが一体のままであることを望んでいるようだ。逆説的な話になるが仏独にとっても、中国と友好関係を深めることで、16+1は中国を通して東欧の離脱を抑える道具になる。また中国の影によって独仏支配が緩和され東欧諸国の発言力が増すことは、EUの結束を強化する役割を果たす。

合従連衡、権謀術策、遠交近攻......、欧州の天地には四文字熟語が渦巻いている。

[執筆者]
広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの』(新潮選書)、『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)他。



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広岡裕児(在仏ジャーナリスト)

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