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ブレグジット大混迷の戦犯はメイだけではない

ニューズウィーク日本版 2019年4月9日 15時40分

<英保守党内のライバルや野党の責任も大きい――メイ首相のEU離脱案は最初から頓挫する運命にあった>

ブレグジット(イギリスのEU離脱)が今後どう進むかという問題はあまりに複雑だが、イギリスが今のような泥沼に足を突っ込んだ理由は実にシンプルだ。テリーザ・メイ首相が成し遂げようとしているブレグジットは、保守党内の対立の産物であり、最初からうまくいかない運命にあった。

ブレグジットの是非を問う2016年の国民投票後に就任したメイは、その後のあらゆる失敗の原因となる決断を下した。ブレグジットをめぐる議論で片方の意見だけに肩入れし、それを全ての指針としたことだ。

首相に就任した瞬間に、メイは最悪の足かせを自分にはめたことになる。保守党党首選への立候補を表明した演説では、その後の彼女の代名詞となる信念を掲げた。「ブレグジットはブレグジットだ」

恐らくは「ほかに選択肢はない」という意味のこの言葉で、メイはEU離脱後のイギリスには主権国家として明るい未来が待っていると示唆した。

首相就任から半年後の演説で、メイは欧州司法裁判所の管轄を離脱する意向を表明した。これは実質的に、EU単一市場と関税同盟からの離脱も意味した。

一連の演説でメイが語った言葉は、その後多くの政治家を悩ませることになる。国民投票の「敗者」は、投票結果を「民意」として尊重しなければならないというものだ。

その後メイは、ブレグジットのためという名目で17年6月に解散総選挙を実施し、ブレグジット反対派を「政治をもてあそんでいる」と批判した。「反対派」には、国民投票で残留を支持した約1614万人の有権者も含まれることになるのだが。

首相就任に当たって保守党内の離脱強硬派に借りがあったメイは、この100人程度のグループを喜ばせる形でブレグジットを推し進めた。1614万人の国民の意思は、すっかり脇に追いやられた。

この決断を軽んじてはいけない。これによって世論が真っ二つに分かれ、国民投票後に生じた溝が深まっただけではなく、ブレグジットをめぐるEUとの交渉がうまくいかないことが始まる前から決定的になったのだ。

イギリスが目下の泥沼に陥ったあらゆる原因の中心は、メイ自身がブレグジットの構想全体を誤ったことだろう。しかし、メイのミスをさらに大きくした勢力もあった。

大半の国会議員にとって、ブレグジットをめぐる国民投票の結果は予想外だった。彼らはすぐさま「民意」に屈した。そのいい例が17年2月、EU離脱の手続きを定めるリスボン条約第50条の発動を議会が圧倒的多数で支持したことだ。

彼らにとっては「ゲーム」

関税同盟からの離脱など、メイが最低限クリアしようとしていたハードルを、さらに高くしようとする連中もいる。

その1つが、保守党内の離脱強硬派「欧州調査グループ(ERG)」だ。ハードブレグジット(合意なしの離脱)を支持するイアン・ダンカンスミスやジェイコブ・リースモッグといった議員がメイ政権への圧力を強めてきた。ただしハードブレグジット案は、議会で過半数の支持を獲得できる見通しを一度も得ていない。

さらには、ブレグジットを1つの壮大な政治ゲームと考えているようにみえる政治家もいる。その筆頭格が、ボリス・ジョンソン前外相だ。彼がメイの離脱案に対して示す立場の基準にしているのは、保守党党首(さらには首相)になれるかどうかという、自らの野心だけだ。

イギリス独立党(UKIP)の元党首ナイジェル・ファラージュも「同罪」だ。国民投票前にEU離脱を訴える運動で主要な役割を果たした彼は、ブレグジットをめぐる混乱から多大な恩恵を受けてきた。今ではメディアに引っ張りだこで、プライベートジェットで移動するまでになっている。

しかしブレグジットをめぐる道のりで、メイを悲しい幕切れに向かわせている最も大きな存在は、野党かもしれない。EU残留を求めてきた労働党は国民投票で、支持基盤である選挙区の多くがEU離脱を支持するという予想外の結果に直面した。加えて党首のジェレミー・コービンは、EU懐疑派として知られていた。

そのため3年近くにわたって労働党は、離脱を支持した選挙区の反応を恐れ、メイのブレグジット案にもブレグジット全般にも明確な反対の意思を表明しなかった。EU離脱をめぐる政府の立法プログラムに強く反対することもなかった。有権者の声に耳を傾けない政府を向こうに回して、労働党は国民がこれまで以上に必要としていた反対姿勢を示すのを放棄した。

ここまで書いてきたことは、特別に目新しい話ではない。隠蔽されてきたことでもなければ、曖昧だった話だというわけでもない。あらゆる事実が歴史に刻まれ、私たちの眼前にさらされてきた。

私たちは、その事実を直視すべきだ。メイがブレグジットで犯した失敗を断ち切って前進するために、イギリスは政治家たちの過ちを教訓にしなくてはならない。信じ難いほど無防備だった彼らのことを肝に銘じるべきだ。今すぐに。



Andy Price, Head of Politics, Sheffield Hallam University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

<本誌2019年04月16日号掲載>



※4月16日号(4月9日発売)は「世界が見た『令和』」特集。新たな日本の針路を、世界はこう予測する。令和ニッポンに寄せられる期待と不安は――。寄稿:キャロル・グラック(コロンビア大学教授)、パックン(芸人)、ミンシン・ペイ(在米中国人学者)、ピーター・タスカ(評論家)、グレン・カール(元CIA工作員)。


アンディ・プライス(英シェフィールド・ハラム大学政治学科長)

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